第19話:うざったるい監視

 『白亜の剣』が王都に向けて出発してからすでに数日が経った。

 そういえば、何の用で王都へ行くのかを聞いていなかったためエリーゼさんに聞いてみたところ、王都で行われる緊急会議のためアイシャさんの実家でもあるガーデン家が王都へ向かうらしい。


 『白亜の剣』はその護衛として、ガーデン辺境伯……つまりアイシャさんのお父さんの護衛として雇われたのだとか。


「辺境伯のご令嬢だったんですね……どおりで」


「結構有名な話ですが、トーリさんは最近ボーリスに来られましたからね。噂では、王女様とも仲がよろしいのだとか」


「それはすごい」


 流石貴族と言うべきか、王族と仲がいいなんて相当なものだろう。


「っと、話し込んでは悪いですね。オーク3体、討伐してきました」


「はい、ありがとうございます。討伐の証明部位はこちらにお願いします」


 業務モードに入ったエリーゼさんの指示に従い、証明部位の入った使い捨て用の巾着袋を籠に入れる。

 オークとは2m以上もあり、豚のような顔をした二足歩行する魔物だ。

 縦にも横にもでかいその体躯は見た目通りのパワー型ではあるが、ゴブリンと同じくある程度の知能があるため木を削って作った巨大なこん棒などを主な武器としている。


 ゴブリンと同じく、群れとなって巣を作るため、放置しすぎると大量繁殖して面倒になる相手だ。

 そのため、ゴブリン討伐と同じく、オークの討伐もまたギルドの常設依頼となっているのだ。


「ではお預かりします。少々お待ちください」


 籠を持って後ろの扉から出ていくエリーゼさんの表情は笑っているようで目が笑っていない。

 流石プロだというべきだろう。何せ、俺が持ってきた証明部位はオークの睾丸。


 オークの繁殖力はゴブリンには劣るが、それでも一度に数匹単位で生まれ、そして周囲を徘徊して獲物を探せるようになるまで成長するのが早い魔物だ。

 そして彼らは雑食。肉でも植物でもなんでも食べる。もちろん、その捕食対象には人間だって含まれる。


 なお、性的なR18なんてこの世界のオークに求めてはいけない。捕まれば、みんなもれなくお腹の中だ。


 話が逸れた(逸らした)。

 ともかく、そんな繁殖力の強いオークの雄の睾丸は精力剤の材料となるらしく、一部貴族にとっての御用達なんだとか。

 なお、メスは巣に引きこもっているため基本徘徊していることはないが、もし討伐できればゴブリンと同じように右耳の一部が証明部位である。


 なら雄も右耳にしろよ!! 依頼で睾丸を指定しろよ!!

 証明部位に設定するんじゃねぇ!!


「(そんでその部位を、今はこの手で直接触れて切り落とさないといけないのがまた腹が立つ……!!)」


 エリーゼさんを待つ間にそっと後ろを振り向けば、数人の冒険者がさりげない様子で俺を見張っている。

 今日ギルドで依頼を受けてからずっとだ。


 ずっと、それこそオークを探して討伐している間でさえ、距離を取って木の影に身を隠しながら見張り続けているのだ。


「(『白亜の剣』がボーリスにいない今なら、『帰らずの森』で気兼ねなく空間魔法が使えると思ったが……ああして見られてたら迂闊に使えないしなぁ……)」


 いつもなら隠れて使用していた『転移』も、証明部位を斬り落とすのに使用していた『断裂』も見られていては使えない。

 今では空間魔法の練習は『安らぎ亭』の部屋の中でしかできない状態だ。


 『白亜の剣』がいないというのに、以前よりも空間魔法を使える頻度が減ったとはこれ如何に。


 せっかく新しく覚えた魔法を魔物相手に試し打ちしようとしていたのにそれもできなかった。

 あわよくば、他のピンチな冒険者でも見つけて謎の魔法使いムーブをしたかったというのに……!

 おかげでこの数日間、俺のストレスはたまっていく一方だ!


「お待たせしました。こちらオークの討伐報酬です」


「ありがとうございます」


 エリーゼさんが戻ってきたため、内心は顔に出さずに報酬を受け取った。

 そして報酬を受け取る際にこっそりとエリーゼさんに顔を寄せ、「ちょっと質問いいですか?」と周りに聞こえないよう小声で質問する。


「? はい、どうされましたか?」


「星5つの冒険者、『王蛇』イーケンス……って知ってますか?」


「っ……はい。ここボーリスを拠点にしている冒険者ですね。ですが、あまり関わらないほうが身のためかと」


「……ギルドは、やはり確定的な証拠がないと罰せられない、と?」


「……申し訳ありません。一職員でしかない私からは何とも」


「……わかりました。すみません、ありがとうございます」


 申し訳なさそうに頭を下げるエリーゼさんに礼を言い、ギルドを後にする。

 その際、俺を監視している冒険者たちは意外にも邪魔することはなく、にやけ面を向けたままだった。


 それが逆に気持ち悪い。


「(……いや、何もしないってのは違うな)」


 陽が落ちるまではまだ時間はある。

 そう思ってメインストリートの出店を見て回ろうとしたのだが、俺から少し距離を取った背後につけてきている奴らがいる。


「おじさん、これちょっとみてもいいかい?」


「おう! うちの店の商品に目をつけるとはお目が高いねぇ!」


 適当に立ち寄った果物屋の店で、店頭に並んだ商品を手に取りながら魔法を発動させる。

 使用する魔法は新しく習得した空間魔法『探知』


 マリーンから教わった魔力をソナーのようにして魔力を探るのとは別で、こちらは周囲一帯の空間を把握し、その範囲内における物体の動きを形として認識、リアルタイムで把握する魔法だ。


 『帰らずの森』の鬱蒼とする森の中でつけている奴らを発見できたのはこの魔法のおかげだったりする。


 見た目ではバレない魔法だし、たとえ魔法の発動がバレたとしても魔力ソナーだと言い張れるため使用についても問題はない。


「(出店の店主たちは除外。後ろの通行人たちも除外。不自然なのは、建物の影で立ち止まっている三人組)」


 こいつらか、と当たりをつける。


「おじさん、これ買うよ」


「毎度あり!」


 おじさんに銅貨を渡し、手に取った果物にそのままかぶりつく。


 その間も、『探知』を発動させているのだが、俺が動き出すのと同時に当たりをつけていた三人組が動き出し、ピタリと俺の数メートル背後についた。


 恐らくだが、このまま帰ればこいつらは『安らぎ亭』までついてくるだろう。


「(流石に、それはできないな)」


 どんな顔をしているのかは確認していないが、こんなことをしている奴らだ。ろくな面構えではないだろう。


 そんなのを『安らぎ亭』の天使様(親父談)に見せるわけにはいかない。


「(誘い込むなら……あそこか)」


 ちょうどよく見つけたメインストリートから少し外れた路地裏。

 どうやらその先は何かの建物らしく、行き止まりとなっている。

 『探知』で調べた限り人影はない。暴れられても他人に被害は出ないだろう。


 タイミングを見計らっていっきにその路地裏へと駆け出せば、「あ! まてっ!」という焦った声と共に『探知』していた三人の動きが慌ただしくなった。


 そんな三人組を行き止まりの壁を背にして待ち構えると、現れたのは俺よりも背の高いゴロツキのような男たちだった。


「へへっ……残念だったな。そこから先は行き止まりだぜ?」


「何か私に用でも?」


 努めて冷静に、男たちに話しかける。

 もしかしたら、万が一、たぶんないかもしれないけど、暴力ではなく話し合いで解決する内容かもしれない。


 そう思ってのことだったが、残念ながら彼らの懐から飛びだしたナイフで否定されてしまった。


「用ってほどじゃないんだがよ? 有り金と身包み、全部ここに置いて行ってくれや」


「それだと裸で帰らなきゃならないんだが?」


「そう言ってんだよ! 痛い目見たくないなら、さっさということ聞けや!」


「そうそう。こんな狭い路地じゃ、その剣も使えないだろ? 無駄な抵抗はするだけ損だぜ?」


「……なるほど。確かに、この剣は抜けないな」


 確かに、この路地裏の幅は大の男二人並んでギリギリと言ったところだ。剣を振り回すには狭すぎる。

 ただ、こんな街中で人斬りをするつもりもない。


「へへっ、だろう? わかったなら大人し――ブッ!?」


「ちょうどいいわ。最近ストレスがマッハでさ……ちょっとだけ発散させてもらうぞ……!」


 口を開いた男目掛けて一足で懐まで踏み込み、『纏い』で強化した拳を全力で鳩尾に食らわせる。

 それだけで男は白目をむき、口から泡を吹きながら崩れ落ちた。


 なるほど、それほど強い相手ではなさそうだ。


「なっ、てめぇ!!」


「ぶっ殺してやる!!」


「やれるもんならなぁ!!」


 小ぶりではあるが、それでも刃渡りは目算20センチ近くはありそうだ。刺されれば、とても無事では済まないだろう。

 両脇から迫るナイフの位置を継続して発動させていた『探知』で位置を把握し、拳でナイフの腹を叩く。


 『纏い』で強化された一撃を耐えきれなかったのか、半ばからパキンと折れたナイフを見たゴロツキの二人は、一瞬折られたナイフを呆然と見る。


 そして俺と折れたナイフを見比べた後、短い悲鳴を上げて白目をむいて気絶した男を担いで逃げてしまった。


「……ふぅっ」


 息を吐いて、拳の構えを解く。

 あれで終わり、なんてことはないんだろうなぁと屋根上から去っていく人型を『探知』で把握しながら大きなため息を吐くのだった。





「で? どうだったよ」


 とある一室で、男は傍に控えた眼鏡の男に尋ねた。


「数日間監視していますが、それなりに剣術を使えることと、カスみたいな魔法が使えることはオーク討伐の依頼で確認しています。また、路地裏にてナラズオンたちに襲わせましたが、これを一蹴。恐らく、『纏い』は習得していると考えられます」


「ナラズオン? ……ああ、あいつか。だがあいつら、元冒険者でも星3つじゃなかったか? なに? 負けたの?」


「魔力もない冒険者では、『纏い』を使った冒険者には勝てないかと。見ていた限り、恐らく星4つ相当の実力はあるかと思います」


「へぇ、調子づくだけのことはあるってことだな。……チッ、反応がないとつまらねぇな。おい、代わりの女をつれてこい。そうだな……次は趣向を変えて子供がいいな。どんな声で泣き叫ぶか楽しみだぜ」


 男が投げ捨てたのは意識のない女性。

 生きてはいる。が、それも時間の問題だろう。あちこちを斬られ、血を流しすぎている。


 そんな彼女の姿を見ても、眼鏡の男は眉一つ動かさなかった。


「かしこまりました」


「やっぱ活きのいい女じゃねぇと、斬った時の叫び声が物足りねぇよ。……それで? お前なら勝てるのか?」


 男の問いかけに、眼鏡の男は薄く笑みを浮かべる。


「問題なく。策もありますので」


「へぇ、なら計画を進めろ。それと、これも使え」


「これは?」


 男が投げ渡したのは小さな木箱。

 眼鏡の男が何かを尋ねて中を覗き込もうとすると、「やめとけ」と声がかかった。


「ここで使うなよ? 途端に魔物どもが光につられてワラワラ寄ってきやがるからよ」


「っ!? まさか、『魔暴走の灯スタンピードランタン』!? あの魔物の大暴走スタンピードを意図的に引き起こすという……」


 その言葉に、男はにやりと笑って見せる。

 『魔暴走の灯スタンピードランタン』と呼ばれるそれは、魔力を込めることで魔物のみに効果を表す明かりを周囲にまき散らす違法魔道具。


 その効果とは、魔物の凶暴化。


 過去敵国を攻め滅ぼすために使用されたとも言われるそれは、現在においてどの国においても禁止とされている。

 そんなものが木箱に入っている。


「もし仕留めきれねぇなら、それを使って殺せ。いくら強くても、疲弊してからじゃ魔物に嬲り殺しにされるだけだろうしな」


「や、やりすぎなのでは? それに、万が一にでもその魔物が街に向かえば……」


「ああ? 構いやしねぇよ。それに、魔力を込める量にさえ気を付ければ、星3つ相当の魔物くらいしかこねぇよ。何匹群れたところで、俺がいれば問題はない。それに『帰らずの森』じゃ過去にも魔物の大暴走スタンピードは起きてんだ。今起きたところで不思議じゃねぇ。むしろ俺たちで掃討すりゃ、魔物の大暴走スタンピードを治めた英雄だぜ?」


 男はそう言って、愉快そうに笑うのだった。


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