第18話:取り巻く現状

「……驚きましたわ。わたくしも今日だけで習得させる心づもりでしたが、まさか本当に使えるようになるなんて。本当に、魔法使いでないことが惜しいですわね」


「いや、まぁ……どうも」


「この私が褒めてますのよ? もっと自信を持ちなさい」


「えへん」


「あなたじゃありませんわよ?」


 謙遜も過ぎれば失礼ですわ、と呆れたようにため息を吐くアイシャさん。

 そんなアイシャさんの隣では、どうだ凄いだろうと言わんばかりの雰囲気を醸し出すマリーンがドヤ顔を決めながらクッキーを摘まんでいた。


「しっかし、こんなに違うもんなんだな……そりゃ、実力差があるわけだ」


 『纏い』で強化した木剣を同じく『纏い』で強化した体で振るう。

 それだけで、本来は斬れないであろう丸太を容易く切断してしまった。


 この『纏い』と呼ばれる魔力を扱う技術。正確には魔力を物質や肉体表面に纏うものではなく、その内部構造を魔力で強化するものであった。


 例えば、今使用している木剣は文字通り木でできているわけだが、その木も分子レベルの何かが結ばれてできている。

 『纏い』は物質内部に魔力を通すことで、そう言った繋がりをさらに強く結びつけ、武器や防具の耐久性能を向上させているのだ。


 また、肉体に関しては魔力を体中に通すことで、内部に通した魔力が追加の筋肉のような役割を果たしてくれているからだろう。魔力に依って筋密度が上がっている、と考えればいい。


 ただ、この世界にはそれらの知識は一般的ではないため、この理解感覚は前世の知識を持つ俺特有の物だな。


 『纏い』というよりは『魔力浸透』などの方がイメージに合うが……まぁ郷に入っては郷に従え、だ。今後は『纏い』と呼ぶことにしておこう。


「普通は魔力を扱う感覚を覚えるのに時間がかかるはずですのに」


「ん。トーリはもともと魔法も使える。魔力を使う感覚はバッチリ」


「……それもそうですわね。思えば『纏い』は、魔力はあっても魔法の才に恵まれなかった者が使う技術。魔法を使える彼にとっては、魔力の扱いはできて当たり前のものでしたわ」


「ん。トーリは属性はすごくても魔法は雑魚」


「おいこらマリーン、聞こえてんだぞ」


 そりゃそう振舞ってるけど。

 だからと言って、俺以外の奴に直球ドストレートに言われるのはそれはそれで思うところはある。


 抗議するように目を向けるが、当の本人は気にした様子はない。

 気にしろこっちを見ろ。


「……食べる?」


 何故今俺がそのクッキーを欲していると思ったのか。

 何度か視線を俺とクッキーの間で往復させたあと、プルプル震える手を片手で押さえつけようとしながら差し出される食べかけのクッキー。


 せめて渡すなら食べてないのを渡せ。


「いいよいらないよ。だからそんなしぶしぶ差し出してくんじゃねぇよ」


「ホッ」


 あからさまにホッとした様子のマリーンは、また黙ってクッキーを口に頬張っている。

 そんな彼女の様子に、いつも通りだなぁと呆れていると「ちょっとよろしくて?」とアイシャさんが歩み寄ってきた。


「どうしたんだ?」


「少し、二人で話をさせてくださいまし。こちらへ」


 先ほどまでとは違う、少し真剣な様子の彼女に首を傾げながらもその後について行く。


 マリーンがクッキーを頬張っているとこらから少し離れた塀の壁際。

 そこで立ち止まったアイシャさんは、徐に「仲がいいですわね」と口にした。


「マリーンとか? ……まぁ二か月ちょっととはいえ、もう慣れたよ。ただの星3つの俺を友人だと言ってくれてるしな」


「ふふっ、いいことですわ。あの、あまり私達以外に関わろうとしなかったのだけど、いい友人ができたようで私も嬉しいですわ」


 本当に嬉しそうに話すアイシャさんだったが、「でも」と口にしたとたんにその表情は真剣なものへと変貌した。


「それをよく思わない者がいることも、また事実ですの」


「……それは、俺もよくわかってる。ギルドの連中のことだろ?」


「……ええ。ごめんなさい、マリーンはあなたと仲よくしたいと思っているだけですのに……」


「それもわかってる。アイシャさんが謝る事じゃない。マリーンは自分のやりたいことを優先する身勝手さはあるが、そこに悪意はないしな。全部周りの奴が勝手に妄想掻き立てて、勝手にやっかんでるだけだ」


 むしろ、ああいう輩はこちらから何かアクションを起こせばもっと面倒なことになる。

 一番良いのは、何を言われても無視することだろう。そうすれば、いつかは飽きて反応しないようにもなるはずだ。


 そうアイシャさんに伝えるのだが、彼女はふるふると首を横に振る。


「確かにそうなる可能性もありますわ。ただ、今回はそう簡単にはいかないと思っていた方がよろしいですわよ」


「……どういうことだ?」


「良くも悪くも、冒険者の多くは自尊心の高い乱暴者が多いですわ。そんな彼らが、ついこの間まで『新人遅れオールドルーキー』とバカにしていた冒険者にランクで並ばれた。それも自分たちが昇格した以上の速さで。もしかしたら次の昇格も……なんて、考える者は大勢いますの」


 今の冒険者は、その多くが星3つであることが多い。

 それは星3つは仲間を集めて一週間問題なく護衛を務めれば簡単に昇格できることに対して、星4つから上への昇格は指定された魔物の討伐が条件となってくるからだ。


 純粋に強さを求められるのが星4つ以上の冒険者となる。


 このボーリスの街は『帰らずの森』という危険地帯が目の前にあるためか、他の街と比べても星4つ以上の冒険者が多く在籍している。だが、やはり冒険者の多くを占めるのは星3つ。


 うだつの上がらない、しかし自尊心はある。

 そんな彼らからすれば、俺と言う存在は面白くないはずだ。


「迷惑な話だな、本当に」


「そうですわね。加えて、あなたはマリーンを通じて私達『白亜の剣』と近しいことも原因の一つですわね」


「まぁ第三者からすれば、ぽっと出の奴が憧れのアイドルと親し気になってる、みたいなもんだしな」


「あい……どる……?」


「すまん、こっちの話だ。それで? 俺もよく知ってることをわざわざ伝えるために呼んだんじゃないんだろ?」


 その言葉に、アイシャさんは「もちろん」と頷いた。


「冒険者の中で、あなたを排そうとする動きがありますわ。マリーンの害になるか、あなたを調べさせている時に掴んだ情報ですの。サランが療養中でしたから詳細までは不明ですが」


「……勝手に身元の調査をされていたことに驚いたが、そんなことになってんのか」


「ええ。ただ、中心になっている動いている者はわかっていますわ。星5つの冒険者、『王蛇』イーケンス。ご存じでして?」


「……いや、まったく。それどころか、『白亜の剣』以外の冒険者はまったく知らないと言っても過言じゃねぇしな」


 実際最初からよく思われていないことはわかっていたし、そんな奴らと仲よくしようとも思っていなかったのだ。

 だから、冒険者に誰がいて、どんな奴なのか。その辺の事情は全く調べずに今まで過ごしてきた。


「……少しは周りに興味を持った方がよろしくてよ?」


「歓迎していない奴に興味を持つ程暇じゃないんでな」


「……それもそうですわね。それとイーケンスですが、十分注意してくださいまし。星5つですが、魔力さえ持っていれば星6つは確実と言われる実力者ですわ。彼に付き従う冒険者も相当数……ほとんどは星2つ、3つですが、星4つの冒険者もいます。おまけに、これまで数多くの冒険者が潰されたという噂もありましてよ」


「おいおい……ギルドはそれに対して何も言わねぇのかよ」


 ギルドは冒険者たちの依頼で発生する報酬の一部や、冒険者が討伐した魔物の素材を国や商人に売ることで収益を得ているはずだ。

 そんな冒険者を減らすようなことをしている輩に対して、何もしないというのは明らかにおかしいだろう。


「噂だけではギルドも対処できませんわ。それに腐っても星5つの冒険者。簡単にはいきませんもの」


「やっかいだな……そんなのが俺を狙うって、暇なら魔物でも狩ってろよな……」


 星5つ、といえば『白亜の剣』のリリタンさんやちゃんと顔を合わせていないサランさんと同じランクだ。そのランクから見ても実力者であることは間違いないだろう。


 そのうえ、ギルドにもばれないように裏で立ち回っているのならそうとう姑息なうえ、手下みたいな冒険者もいると。


 なんなんだ、その明らかに相手したら面倒事しかなさそうな奴は。


「私達がこの街にいる間は下手に手を出しては来ないとは思いますが、問題は……」


「今度『白亜の剣』が王都遠征に行ったタイミング、だろ?」


「……ええ、そうですわね。彼らが動くならそこですわ」


 頷くアイシャさんに、そりゃそうかと思わずため息が出る。

 つまりあれだ。周りから見れば俺に手を出せば、懇意にしている『白亜の剣』が出てくると思われているのだろう。


 だからこそ、『白亜の剣』がボーリスにいない間しか俺に手出しができないと考えているわけだ。


「とにかく、私達の遠征中は十分気を付けてくださいまし。念のためにと『纏い』も教えましたが……危なくなったら撤退も選択にいれるんですわよ?」


「わかったよ。……にしても、『纏い』を教えてくれたのはそう言うのも理由か?」


 俺の問いかけに、アイシャさんは「ふふっ」と笑う。


「原因の一端は私達にもありますわ。昇格試験であなたの為人ひととなりもわかりましたし……何よりマリーンのお願いを無下にはできませんもの」


「マリーンが? あいつからお願い?」


「ええ。マリーンから、ですわ。そもそも私たちが昇格試験を請け負ったのも、マリーンのお願いがあったからですのよ?」


「……そうか。なら、後でお礼を言っとかないとだな」


「そうしてあげてくださいまし」


 話は以上ですわ、とアイシャさんが片手をあげて去っていく。


 とりあえず、『纏い』もそうだがそれ以上に意義のある話を聞けた。今後はもう少し、周りの冒険者たちにも注視することにしよう。


 そう内心で決めた俺は、とりあえずマリーンの元へ向かってお礼を言うことにするのだった。


 無言で背中をバシバシ叩かれた。


 解せぬ。



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