第17話:剣と紳士と大胆と
手始めに、なんてことはしない。
最初の一振りから全力で踏み込み、自身が出せる最高の一撃をお見舞いしようと一足でアイシャさんの眼前へと飛び込んだ俺は、その胴を狙って横一閃に木剣を薙いだ。
「いい踏み込みですわ」
「どうも……!!」
だが、俺以上の速度で反応して見せたアイシャさんは俺の振りに合わせるように木剣で受け止め、そして片足を引くことで俺ごと受け流して見せた。
「ただ動きが直線的過ぎますわ。それでは格上相手には通用しませんわよ」
「そうかよ……!」
受け流された勢いをそのまま利用し、片腕に持った木剣を背後へと振るう。
だがその攻撃も容易く木剣で受けてみせた彼女は、器用に木剣を操り、受け止めていた俺の木剣を上に向けて跳ね除けた。
がら空きになった胴を警戒し、慌てて大きく下がる。
「(やっぱ剣術は向こうが上だよなぁ……!!)」
距離ができたところで再び剣を構えて対峙する。
計二回俺の方から攻めてみたが、アイシャさんがその場から動く気配は感じられなかった。
動かなくても、俺相手であれば十分だということだろうか。
まぁ相手は星6つの剣士。(中)程度の才能ではどう抗おうとしても勝てるはずはないのかもしれない。
その証拠に、だ。
「(この人、『纏い』とやらを使っている様子がねぇ……)」
この世界に来て二か月以上もあったうえに、マリーンとの知己まで得ているのだ。俺も魔力を持っているため、相手が魔力を使っているかどうかくらいは感覚的にわかるようになっている。
その感覚からしてみれば、今の彼女からは一切感じられない。
つまり、これは全部アイシャさんの技術によるものなのだろう。
「やっぱ剣の腕が俺と段違いだわ……」
「うふふ……物心ついた時から、
「……どうりで。まぁ、俺のは我流の雑草剣術だ。使える手札は全部切ってくぞ……!」
木剣を中断に構えたまま、再びアイシャさんに向かって踏み込む。
先ほどと同じように受け止めて流すつもりなのか、アイシャさんは両手で握った剣を斜めに構えて待ちの構えをとった。
其れに構わず片手で握りしめた木剣を叩きつける。
「同じことの繰り返しでは、何も変わりませんわよ?」
「同じならそうだろうさ……!」
「っ、魔法……!」
空いた片手に生み出していた土を至近距離で放り上げ、さらに風の魔法でアイシャさんに向けて土を飛ばし、続けて目に向けて剣先から水を放射。
うまくいけば目潰しになると思っての思い付きだが、土を出した瞬間に魔法を使用したことを感づかれてしまったらしい。
土が舞い散る範囲からたった一歩で離脱されてしまった。
剣に集中していることと、突然魔法を使うことの奇襲で気づかれない可能性にかけてはみたがそう簡単にはいかないらしい。
流石星6つと言ったところか。
頭上から「卑怯者ぉ!」という姦しい声が聞こえるが気にしない。
「やりますわね。少しびっくりいたしましたわ」
「目潰しくらいはできると思ったんだがなぁ……そううまくはいかねぇか」
「でも有効ではありますわよ? 少なくとも、あの場面の奇襲としては上出来ですわ」
「そう言ってもらえるなら、こっちとしても自信に……あ」
「? どうされましたの?」
俺の反応を訝しげに思ったのか、木剣を構えたままキョトンとした顔のアイシャさん。
そんなアイシャさんの言葉に、「あー、えー」とはっきりとしない言葉を垂れ流しながらとりあえず木剣を下ろして後ろを向いた。
紳士としては当然の行動だろう。
「何故後ろを向きましたの?」
「いや、その……見ないほうが賢明だと思って」
「はい?」
「おーい、アイシャー」
首を傾げるアイシャさんだったが、上から見ていたらしいリリタンさんがアイシャさんの名前を呼んだ。
「リリタン、どうしましたの?」
「服を見た方がいいぜー。透けてっからよぉー」
「え?」
俺からは言いづらいことをリリタンさんが言ってくれた。
一瞬何を言われたか理解できていなかったらしいアイシャさんであったが、間をおいて俺の背後に響いた叫び声を聞くに、気づいてくれたらしい。
大胆なのをつけてるんですね、とは口が裂けても言えなかった。
◇
「クスン……もう、お嫁にいけませんわ……」
「まぁそう落ち込むなって、アイシャ。下着の一つや二つ、見られたってどうってことないだろ」
「あ、あなたと同じにしないでくださいまし!?」
落ち着いたアイシャさんが着替えから戻ったのと同時に、上で観戦していた面々も中庭へと降りてきた。
用意されていたイスに座ってテーブルに顔を伏せているアイシャさんと、そんな彼女を慰めているのかフォローとは言えないフォローをしているリリタンさん。
そんな彼女たちを遠巻きにする俺と、その隣でジィ~っとジト目を向けてくるマリーン。
「ガルルルルルル……!!」
あとよくわからない茶髪。
「……なんで俺を見る」
茶髪は無視して俺を見上げているマリーンに話しかける。
「深い意味はない」
「ならその目を辞めてくれ。あれは事故だっての」
そう言ってもなおもやめないマリーンの圧に、俺はそっと目を逸らす。
いや、だってさ。二段構えの目潰しを仕掛けたつもりだったんだよこっちは。
動いた影響で狙いがずれたとはいえ、まさか水が服にかかったうえに下着が透けて見えるようになるなんて誰が予想できるというのか。
はぁ、とため息を吐く。
「ちょっと行ってくる」
「ん」
マリーンに一言告げてから遠巻きにしていたアイシャさんの元へと歩み寄る。
いつの間にかリリタンさんへ文句を言うくらいには元気になっていたらしく、俺が近づいても気づいていないようだった。
「だいたいリリタン! あなたはもう少し女性としての恥じらいと言うものを――」
「アイシャさん、今大丈夫か?」
そんな彼女に声を掛けると、リリタンさんへの勢いはどこへやら。先ほどのことを思い出してか、気まずそうに俺から目を逸らし、「ど、どうされましたの……?」と目を合わせずに言う。
「偶然とはいえ、見てしまったことに変わりはない。すまなかった」
「……べ、別にき、気にしてませんわ。この私を相手に、あなたが全力で抗おうとした結果ですもの。むしろ、躱しきれなかった私の落ち度ですわ」
「恩に着る。それと、今日の目的でもあった『纏い』なんだが、もし気が乗らないというのであれば……」
「あ、あまりみくびらないでくださいまし!? あ、あの程度のことで動揺して私があなたに『纏い』を教えられなくなるとでも!? ま、まぁ確かに殿方相手にあのような姿をさらしてしまったのは初めてですが、冒険者として、剣士としてここに立つ私があの程度のことで恥ずかしがるとでも!?」
バッ、と立ち上がったアイシャさんは、腕を組み、視線をあちらこちらに彷徨わせながら早口でまくし立てる。
その勢いは話すだけでは収まらなかったらしく、話している最中に一歩、また一歩と俺へと詰め寄り、終には目と鼻の先に彼女の顔があった。
思わず体が仰け反る。
「にしては、大胆な下着だったよなぁ。真っ赤な――」
「リリタァァァァン!!!!」
頭の後ろで手を組んで笑っていたリリタンさんに向かって、まるで獣のごとく身をひるがえして襲い掛かっていったアイシャさん。
随分と愉快なことで、と仰け反らせていた体を元に戻す。
「ハァッ……ハァッ……もう! もう! 歓楽街に逃げるなんて……! 後で覚えておきなさい!!」
暫くするとリリタンさんを取り逃したアイシャさんが戻ってきた。
どうやら、リリタンさんはそういうところに行ってしまったようだ。風の噂で『剛槍』とは別の方の名も聞いていたので少し納得してしまった。
「トーリさん!」
「? どうした」
「これから『纏い』を教えますわよ! 今日だけで基本を習得していただきますので、厳しくいきますわ!」
「なら、改めて。星3つのトーリだ。今日はよろしく頼む」
「あら……コホン、なら私も。ガーデン家の次女にして、『白亜の剣』のリーダーも務める星6つの冒険者、アイシャ・ガーデンとは私のことですわ!」
敬ってもよろしくてよ! と口に手の甲を添えて高飛車に笑って見せるアイシャさん。
そしてそんな彼女の背後からヌルッと現れた青い髪の魔法使い。
「同じく。マリーン。星6つ。イエイ」
「いつの間に湧いた」
「あの
「聞けよ」
そして他の紹介。2/3はここにいねぇじゃねぇか。
唯一の残りも、未だに「ガルル」と人語を話してくれないようだし。
「……さぁ! 始めますわよ!」
「この状況でよく始めようと思ったなあんた……」
「は じ め ま す わ よ !」
「力押しじゃん……」
締まらない中、アイシャ・ガーデンによる『纏い』についての講座が始まるのだった。
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