第16話:パーティハウスへのご招待
親父さんが何か言いたそうに「おまっ……おまっ……!」と百面相している隣をマリーンと共に通り過ぎ、ボーリスの中央部に居を構えるマリーンたち『白亜の剣』のパーティハウスへと向かう。
その道中、街往く人々の視線がマリーン見て、さらにその隣に並ぶ俺を見てとなかなかに注目を集めていた。
どうやらマリーンのやつ、冒険者の間だけではなく街の住民らにも広く顔が知られている有名人であるようだ。
流石最高位である星6つの冒険者といったところか。
「そう。ボクはすごい」
「すごいのはわかったからさっさと行くぞ」
周りからの視線を気にしてキョロキョロしている俺に気付いたマリーンが、いつものジト目のまま胸を張る。
「それより、随分と早く迎えに来たな。もうちょっと後に向かう予定だったんだが……アイシャさんからの指示か?」
「ん。今度王都に行く。お土産何がいい? ボクはお菓子が好き」
「聞けや話を」
聞いてもないことを話すマリーンを呆れた目で見ていると、不意にこちらを見た青い目と視線が重なった。
あまり真正面から見ることはないのだが、やはりこうしてみると顔立ちが整った美少女なんだと実感させられる。
「わかった。トーリの分のお菓子、ボクが食べて来る」
「何をわかったんだお前は」
ペシン、と目の前にあったマリーンの額を軽く指で弾く。
「……いたい」
「はいはい。それで? お前が迎えに来たのはアイシャさんからの指示か?」
額を押さえたマリーンがジト目をさらに細めながら一歩下がったことを確認し、再び同じ質問を投げかける。
するとマリーンはフルフルと首を横に振った。
「指示はない」
「……つまりあれか? マリーンの独断で俺のところに来たと?」
「気づいたらトーリの宿にいた」
「どんな状況だそれは……」
一応二か月間たまに話しては依頼に赴く間柄だっただけに、俺が寝泊まりする『安らぎ亭』の場所も把握はしていたのだろう。
自分で何故なのかもわからないようなのでこの話題は終わらせることにした俺は、「ほらいくぞ」とマリーンを促して前を歩く。
マリーンのせいで予定が早まったとはいえ、もう宿から出てしまったのだ。腹を括っていくしかないだろう。
「(一応一週間の試験期間でも何度か二人で話す機会はあった。それでもバレなかったんだ、案ずるな俺)」
内心で言い聞かせる。
それでも、万が一を考えてしまうのは性分なのだろうか。
「ついた」
暫く歩いていると、いつの間にか並んで歩いていたマリーンが前に出る。
ボーリスの街は中央部が大きな広場になっており、祭事の際にはこの場所に数多くの屋台や人が集まるのだという。
そんな大広場から少し外れた場所に、彼女ら『白亜の剣』のパーティハウスがあった。
「……やっぱ、すごい豪邸だな。流石、国でもトップレベルのパーティなだけある」
「はやく来る」
「何故お前が急かす」
立ち止まって見上げる2階建ての建物。
階数で言えば俺がよく知る『安らぎ亭』もそうなのだが、比べることすらかわいそうなほどだ。
『安らぎ亭』は全部木造なのだが、ここは石造り。おまけに俺の背よりも高い塀に囲まれたその敷地は、広々とした庭も含めれば『安らぎ亭』何個分になるのかとつい目算してしまうほどだ。
……本当に、基準にしてすみません親父さん。
ちょいちょい、とこれまた立派な門の前で手招きするマリーンに歩み寄る。
「それで? 来たのはいいが、もうこれお邪魔しても大丈夫なのか?」
「問題ない。すぐ来る」
マリーンの言葉に、「何が?」と答える前に、カチャン、と門から音が響く。
見ればゆっくりと門が開き、その向こう側からピシッとしたメイド服を身に纏った黒髪の女性が現れたのだった。
「お帰りなさいませ、マリーン様」
「ん。連れてきた」
「はい、承りました。トーリ様ですね? アイシャ様がお待ちですので、しばし中庭でお待ちください」
「……あ、はい」
突然メイドが現れたことにちょっと頭が追い付かなかった俺は、そんな彼女の言葉に対してただただ頷いていた。
そうしてメイドに案内されるのだが、その道中こっそりとマリーンに問いかける。
「おいマリーン。お前のハウス、メイドも雇ってんのか?」
「違う」
「はい。私はガーデン家に仕えるアイシャお嬢様専属のメイドでございます。普段のお世話はもちろん、依頼や遠征で『白亜の剣』の皆様が留守の間、この屋敷の管理を任されています」
「……あ、あははは……ご、ご説明どうも……」
けっこう小さい声で話しかけたはずだったのだが、ばっちり聞こえていたらしい。
笑ってごまかしながら門からハウスの入り口へと続くアプローチを進んでいると、その途中でメイドさんが立ち止まってマリーンへと話しかける。
「マリーン様。私はトーリ様を中庭まで案内いたしますので、ハウスまではまっすぐにお一人でお戻りください」
「わかってる」
「ありがとうございます。以前もそう言ってくださいましたが、屋根の上で転寝していらっしゃったので今回はお気を付けください」
「ん。任せて」
「今の聞いて信用ゼロだぞマリーン」
自信満々にピースしているマリーンの言葉に、では、と一礼してアプローチから外れるメイドさん。
恐らく俺が待つことになる中庭へと向かうのだろうとその背中について行くのだが、ふと気になって後ろを振り向いた。
「おー……」
庭の隅っこにしゃがみ込んで何かを観察している様子のマリーンがいた。
任せて、とはいったい何だったのだろうか。
「ここでしばらくお待ちください。準備が整い次第、アイシャお嬢様もこちらに来られます」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ。では失礼いたします」
中庭に用意されていた二脚のイスと丸テーブル。
そのうちの一つに腰を下ろすと、メイドさんが頭を下げて去っていった。
「……やっぱりここ、すげぇわ」
人の目を気にする必要のない高い塀に、誰もが憧れそうな広々とした庭。サッカーのミニゲームくらいならできそうだ。
「……お」
庭を見回していると、壁際に自立した丸太があった。
それもただの丸太ではなく、斬った跡や抉られたことがよくわかるボロボロの丸太。
この広い中庭は、彼女らの鍛錬場所にもなっているのだろう。
「お待たせいたしましたわ。中庭で待ってもらってごめんなさいね?」
暫くボーッとしながら待っていると、二振りの木剣を手にしたアイシャさんが現れた。
中庭とは言え、一応敷地内だからだろうか。鎧姿ではなく、品と動きやすさを兼ね備えた服に身を包み、ゆるく髪を縛った彼女の姿は新鮮に思えた。
「いや、大丈夫だ。むしろ教わる立場なんだし、門の外で待たされてもよかったぐらいだからな」
「招いた客人に対して、この
あまりみくびらないでくださいまし、と腕を組むアイシャさんは、手にしていた木剣のうちの一振りをこちらに投げて渡す。
イスから立ち上がってそれを掴めば、「構えなさい」と一言告げて彼女は俺と対峙した。
「まずは実力を見て差し上げますわ! 全力でかかってきてくださいまし!」
「……え、『纏い』を教えるという話では?」
「もちろん、後で教えますわよ? ただ、せっかく私が教える相手ですもの。実力くらい見せていただきますわ!」
何故かやる気満々のアイシャさんは、「さぁ! さぁ!」とどこか楽しそうな様子だった。
それに対して、俺はどうなのかと言えば当然のごとく。
「(め……めんどくせぇ……! 教えてもらう立場とは言え、この人めんどくせぇぇ……!)」
木剣を手にしたまま立ち竦む俺と嬉々として木剣の剣先を向けてくるアイシャさん。
どうしたものかと思っていると、ふと頭上から視線を感じた。
「おーやってんなぁ。頑張れよー
「トーリは、私が鍛えた。強い」
「え、先輩嘘ですよね……!? 先輩の弟子は私だけですよね……!?」
バルコニーから中庭の俺たちを見下ろしていたのは、先程俺と別れたマリーンと、昇格試験で多少話したリリタンさん。そして何故か話してもいないのに俺のことを目の敵にしているウィーネと呼ばれていた魔法使いの少女だった。
つーかマリーン。少し魔力ソナーの方法を教えてもらっただけで鍛えられた覚えはねぇよ。
「ふふ、皆さんもあなたには興味がありましてよ? サランはともかく、私達の『魔女』が初めて興味を持った冒険者ですもの。昇格試験は魔物も出ず平和に済みましたし、剣の腕を見ることは叶いませんでしたから」
「だからここで見たい、と」
「安心してくださいまし。これでも私は星6つの冒険者ですもの。あなたが全力を出したところで、全く問題ありませんわ」
「……まぁ、そりゃそうだわな」
彼女からすれば当たり前のことを言っただけなのだろう。
いかにも自信満々! といった様子はまさに星6つの冒険者だ。
だがあくまでも俺の目的は、この場を穏便に切り抜けて『白亜の剣』の面々に期待するほどではない普通の男、と認識させることだ。
マリーンはもうどうしようもないかもしれないが、それ以外に関してはここで興味を引くようなことをしなければ、今後は絡まれたりなどの問題はないはず。
空間魔法は絶対に使用しない。使うのは、もらった才能とここまで独学と魔物相手に実戦で試してきた剣術。そして属性の数しか取り柄のないカス魔法。
この手札では、どう考えても彼女に敵わないだろう。
「(何合か剣を打ち合わせて、しょうもなくやられたらそれで――)」
「トーリ、ファイト」
むんっ、といつものジト目で、しかし何かを期待するような目で俺を見下ろしているマリーン。
その隣の茶髪の魔法使いからものすごい目で見られているが気にしないでおこう。
「……まぁ、友人を裏切らない程度にはな」
剣を構える。
目の前の相手と比べれば、きっととんでもなくお粗末な構えだろう。
「(最高峰の実力を体感できるんだ……と、そう思うことにしよう)」
そう内心で考えながら、俺は一歩踏み込んだのだった。
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