第15話:休んで考える時間をくれ

「試験お疲れさまでした。審査の結果、トーリさんは星3つへの昇格が認められました。こちらをお受け取りください」


「ありがとうございます」


 一週間の行程を終えてボーリスの街へと帰還した俺と『白亜の剣』の面々。到着早々に彼女らは自分たちのパーティハウスへと向かったため、ギルドには俺一人で向かったのだった。

 なお、マリーンの奴は俺について来ようとしたのだがウィーネという茶髪の魔法使いに連れていかれた。


 いいぞ、もっとやれ。


「ふふっ、おめでとうございます。私が思っていた以上に早い昇格でしたね」


「まぁ、もともとの地力もありましたからね。歳食ってる分これくらいはやらないとですし」


 なお、その地力はチートともいう。そこは少しばかり申し訳ないとは思うが、今は無事星3つまで上がれたことを喜んでおこう。


 エリーゼさんから鉄製の小さな板を渡される。

 首紐がつけられたそれを見れば、3つの星が描かれていた。


 なるほど、星3つからは金属板になるようだ。


「ちなみに、星4つになれば銅、5つは銀、6つは金の証明版になりますよ?」


「知ってますよ。この一週間で見慣れましたから」


「そう言えばそうでしたね。でも本当に良かったです。一時はどうなるかと思いましたけど、特にトラブルも問題もなく昇格してくれましたから」


「……ハハッ、そうですね」


 エリーゼさんの言葉に思わず顔が引きつった。

 確かに、第三者から見ればそうなるのだろう。それどころか、他の冒険者からすれば俺を殺してでも代わりたいと思う奴さえ出てくるかもしれない。


 この後の予定が頭を過り、思わず肩を落とした。


「トーリさんの実力なら、そう遠くないうちに星4つに上がりそうですね。期待して待っていますよ」


「ここまで順調すぎるんですよ。もしかしたら、こっからは上がれないかもですから」


 またまた御冗談を、と笑うエリーゼさん。


 確か、星3つから4つへの昇格、および4つから5つへの昇格には今回のような試験ではなく純粋な強さを測る試験だとマリーンから聞いている。

 内容もそれなりに難しいため、多くの冒険者は星3つで留まることが多いのだとか。


 まぁそもそもの話として、上がれたとしても俺自身にその気はないため、これ以降エリーゼさんから昇格を祝われることはないだろうが。


 ゆっくり休んでください、と頭を下げるエリーゼさんに礼を言った俺は、一度『安らぎ亭』へと戻るために出口へと向かった。


「……チッ、『新人遅れオールドルーキー』が調子づいてんじゃねぇぞ」


「……ん?」


 その道中、すれ違った冒険者の一団の一人がささやいたその言葉が妙に耳に残った。

 振り返ってみたが、その一団はすでに受付で依頼の受注に入っており、誰が言ったのかまではわからなかった。


「(いや、誰か、じゃないなこりゃ)」


 全員が俺を見ている、というのは自意識過剰になるのだろうか。

 だがそう感じるほど、ギルドの冒険者たちの目が俺に向けられている。


 これが羨望やら尊敬の目であればよかったのだが、そう言ったものは一つもないように見える。

 特に酷いのは、2つ星が描かれた木版を提げた冒険者たちだった。


「(早く出よう)」


 いつまでもここで見渡していても仕方がない。

 元から彼らにとって俺は敵なのだ。いくら説いても意味はない。

 願わくば、自分には関係ないことだと思って何もせずに距離を取っておいてほしい。


「すみません、部屋は空いていますか?」


「んお? ……おお! 誰かと思えばトーリじゃねぇか。帰ってきたんだな」


「ついさっき到着したばかりですよ、親父おやじさん」


「俺をお父さんと呼ぶんじゃねぇ!」


「呼んでねぇよ」


 『安らぎ亭』に戻ると、ちょうど仕込みをしていたらしい。厨房から顔を出した人相の悪い顔が俺を出迎えてくれた。

 一週間程度ではあったが、随分と懐かしく感じる。


「どうだ、昇格試験を受けに行ってたんだろ? 結果は?」


「この通り、無事に昇格しましたよ」


 そう言って首に提げた金属板を見せると、親父さんはまるで自分のことのように「やるじゃねぇか!」と喜んでくれた。


「おとうさん、どうしたの?」


 すると、部屋の掃除でもしていたのだろうか。

 階段から顔を覗かせたリップちゃんが厨房にいる親父さんに声をかける。


「お、リップか。今ちょうどトーリのやつが――」


「あ、おにいさんだー!」


 親父さんが言い切る前にばっちりと目が合うと、嬉しそうに階段を駆け下りてきてくれたリップちゃん。

 そのまま俺の前までやってくると、彼女は「おかえりなさい!」と7歳ながらも恭しくピョコリと一礼した。


「うん、ただいま。いつも偉いね」


「えへへー。リップえらい?」


 「そりゃもちろん」と、ニパーっと笑う彼女の頭を撫でつける。

 厨房で仕込みの途中である親父さんの眼光が、俺を射殺そうとするくらいに鋭くなっているのを無視していると、ふと違和感を感じた。


「……そういえば、俺帰ってくる日は伝えてなかったと思うんですが……なんで親父さん、仕込みしてたんです?」


「お? それ聞くか? ふふん……なら聞いて驚くといい。実はな? うちの――」


「あのね! うちのやどにね! おきゃくさんきたの!」


「……その通り! リップ、言えて偉いねぇ~!」


 親父さん言葉に、照れくさそうに笑うリップちゃん。

 なるほど、なら仕込みをしていることにも納得だ。


「おお……! ついに俺以外にも客が入ったんですね」


「おう! まぁ、まだお前さん入れて二人だがな。この調子でどんどん客を確保だ!」


「かくほだー!」


 えい、えい、おー! と親子仲良く腕を突き上げる親父さんとリップちゃん。

 どんな客なのかを聞いてみれば、俺と同じように最近やってきた冒険者であるらしい。


「(最近……なら、俺のことはあまり知らないか)」


 これが俺のことをよく知る冒険者であったなら、気まずいどころの話ではない。

 全員ではないと信じたいが、俺はギルドでの評判が悪い。


 そんな俺と同じ宿だと知れば、この宿を出ていかれるどころか『安らぎ亭』の親父さんやリップちゃんにまで迷惑をかけてしまう可能性がある。

 俺のせいで悪評なんて流されたらたまったものではない。


「っと、そうだった。親父さん、また部屋を借りたいんですが大丈夫ですか?」


「前と同じ部屋を開けてある。リップ、案内してやりな」


「はーい! おにいさんこっちだよー!」


 ルンルン気分のリップちゃんの後に並んで階段を上る。

 その途中、前までは客がおらず開けっ放しになっていた部屋の内の一つが閉じられているのを見た。


 恐らくだが、あの部屋に俺以外にここに宿を取ろうと思った変わり者がいるのだろう。


「はい、おそうじはしてたからきれーだよ!」


「ありがとう。仕事熱心ですごいじゃないか」


「えへへ……うん! リップ、おそうじとくい!」


 以前使用していた部屋へと案内され、荷物を置く。

 お駄賃代わりにこっそりとトルキーで購入していた甘味をあげると、目を輝かせて口に放り込んだリップちゃん。


 ほっぺを落っことしそうな顔のまま階段を下りていった。


「さて、それでこのあとなんだが……行きたくねぇなぁ~!!」


 ああ~! と以前に購入した布によって随分と柔らかくなった(それでも固い)寝具に寝転がる。

 なんてことはない。『白亜の剣』のリーダーであるアイシャ・ガーデン直々に御呼ばれしているのである。


「『纏い』を教える、ねぇ……」


 曰く、魔力を持つものであれば使える技術であり、魔法が使えない魔力持ちにとっては必須とも呼べるものだそう。

 彼女らが別件の対応でボーリスから離れていた間、マリーンの面倒を見ていたことの感謝として教えてくれるのだとか。


「断りたかった……けど! 強さを求める俺としては学びたい……!」


 そしてあわよくば、その辺の木で相手の武器を断ち切り、「なん、だと……!?」とか言われてみたい……!

 魔法使い相手に「近接戦ならば……!」って希望を見出した敵に「これができないとでも?」とか言いたい……!


 だってそれがかっこいいから……!!


「(でもこれ以上『白亜の剣』と関わりたくねぇ……!)」


 それも相手はアイシャ・ガーデン。

 魔法使いとしての俺が唯一対面した相手だ。


 何がきっかけで感づかれるか、わかったものではない。


「……いいや。少し休憩してから向かうことにしよう。ちょっと先の未来の俺、頑張ってく――」


「おにいさーん。おきゃくさんきたよ」


 静かに目を閉じようとしたところで、扉の向こうからリップちゃんの声が響いた。

 流石に狸寝入りで無視するわけにはいかないため寝具から降りる。


 しっかし誰が来たのだろうか。まだ宿についてすぐなんだぞ。


「はいはーい、誰が来たんだいリップちゃ――」


「ぶい。迎えに来た」


「えっとねー、おとうさんがおおあわてで、『まじょ』がきたぞーっていってた!」


 扉を開けた先には、いつも通りのリップちゃんといつも通りのジト目でピースしている青い髪の魔法使い。


「……せめて、休むくらいはさせてほしかった」


 はぁ、と俺はため息を吐くのだった。


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