第14話:やるしかなかった昇格試験

 星3つへの昇格試験はボーリスの街の西門から隣町のトルキーまでは、プロプトホーフを使っておよそ三日ほどかかるとされている。

 もちろん、単騎駆けで飛ばせばそれよりも速いのだろうが、今回はあくまでも隊商護衛に見立てた試験だ。


 往復で六日、一日は休みと準備になるため計一週間の試験になる。


 商人役のリーダーである元冒険者のギルド職員とともに、試験参加者の冒険者が護衛しながらトルキーまで向かう。


「(一応、護衛に必要そうなものは集めたが……抜け漏れとかない、よな……?)」


 試験に当たって参加者には2日の準備期間が設けられている。

 本格的に護衛依頼を受けるとなれば商人側が準備してくれることもあるが、基本的には野営に必要な道具は自身で用意する必要がある。あまりないらしいが、場合によっては食料を提供してくれない隊商があるのだとか。


 そのため、こうした事前準備から問題ないかどうかも試験としてみられるポイントになっている。

 今回は食料自体はギルド側が用意してくれるとのことなので、道具のみ調達してきた。


 幸い、試験当日の朝に準備したものを職員にチェックされたが、特に指摘されることもなかったので大丈夫だと思いたい。


 だがしかし、そんな荷物の心配など今俺が抱えている問題の前では塵芥にも等しい些事である。


「はぁ……憂鬱だ……」


「トーリ、元気ない。乗ってく?」


「お前の荷車じゃねぇだろ……大丈夫だ、問題ない」


 プロプトホーフに曳かれた荷車から顔を覗かせたマリーンが、クイクイと荷車の中を指し示すのを断って歩く。

 相変わらず表情は変わらないが、少し残念そうに目を伏せたマリーンはそのまま荷車の中へと引き下がっていく。


 そりゃ、歩くよりは荷車に乗って楽をしたいが、それでは確実に俺が試験に落ちるのだ。


 大変不本意な形であるとはいえ、試験を受けられるこのチャンスは無駄にしたくない。


「(無駄にしたくはない。無駄にはしたくないが……このメンツで受けたくはなかったなぁ……!!)」


 チラと前を見れば、俺と同じように辺りを警戒しながらも試験官役のギルド職員と話している星6つの冒険者、『斬姫』アイシャ・ガーデン。

 更に荷車を挟んだ向こう側には、明らかに人には持てなさそうな巨大な槍を背負う星5つの冒険者、『剛槍』リリタン。


 姿は見えないが、恐らく最低限のレベルで周囲を探索しているであろう星5つの冒険者、『獣狩り』サラン。


 更に荷車の中にはボーリスどころか、国でも名高い魔法の使い手である星6つの冒険者、『魔女』マリーン。

 あと、先程から恨み節のように俺への呪詛が漏れ聞こえている星4つの冒険者、『火妖精』ウィーネ。


 ……最後だけどうしたんだ本当に。


 ともかく、だ。

 ボーリスだけではなく、国中でも注目度の高いトップレベルの冒険者パーティ『白亜の剣』が俺の昇格試験における助っ人枠である。


 ……


 …………


 何でこうなった!?


「(マジで……! マジで意味がわからねぇ……!!)」


 いったいどこから選択肢を間違えたのかと考えれば、当然あの日マリーンと知り合った時なのだろう。

 今では間違っていた、などとは言いたくはないが、それでも少しくらい文句を言わせてほしい。


 おのれマリーン……!!


「なーにしけた面してんだお前」


 気を付けているつもりだったが、どうやら顔に出ていたらしい。

 後ろから近付いていたリリタンさんが俺の肩をバンッ、と勢いよく叩いてきた。


 気づいてはいたが、思っていた以上に強い衝撃に思わず「ウッ!?」と息が漏れた。


「もっとしゃっきりしとけよぉ~。『新人遅れオールドルーキー』さん」


 後ろを振り返って彼女の顔を見てみれば、快活な笑みを浮かべてケラケラと笑っていた。


 学生時代のクラスにいた運動部の女子に雰囲気は似通っているが、元傭兵だという話を聞いている。それを感じさせない明るい性格をしている女性だ。

 だが雰囲気がそうであるだけで、彼女の露出の多い肌の創傷を見れば、戦場を多く経験してきたのだと想像に容易い。


「ゲホッ……それ、蔑称ってわかってます?」


「べっしょう……? んだそりゃ」


「……馬鹿にしたあだ名みたいなもんですよ」


「ゲッ!? そ、そうなのか……? すまねぇ、ギルドの奴らがそう呼んでたからよ」


 反応からして本当に知らず、悪気もなかったのだろう。

 一言、「大丈夫ですよ」と告げると、あからさまにほっとした様子で持ち場へと戻っていった。


 どうやら、予想していた以上にいい人ではあるようだ。

 是非そのまま俺とは距離を取っておいてほしい。


「よし、今日はここで野営します。トーリさんは準備を進めてください。『白亜の剣』の皆さんは、手伝うにしても最低限でお願いします」


「わかりました」


「手伝う」


「最低限で頼む。俺の試験だしな」


 試験官の職員の合図でプロプトホーフが足を止める。

 既にボーリスの街を発ってから時間が経ち、歩き続けて今は陽が落ちる手前だ。


 前世の現代日本とは違い、街と街を繋ぐ道には街灯なんてものはないため、陽が落ちれば辺り一面真っ暗な世界だ。

 晴れた日であれば月明りなどで視界は確保できるだろうが、やむを得ない場合以外はどんな隊商でも足を止めて朝を待つ。


 試験はそんな朝までの過ごし方も見られることになるのだ。


 そして陽もどっぷりと暮れ、皆が寝静まった夜。

 当然夜番をする必要があるため、最初は俺がやることになった。


 一応一人で朝まではこの一週間の試験においてはリスクしかないため、途中でリリタンさんが交代してくれることになっている。

 それまでは、辺りを警戒しながらこの場で待つしかない、のだが……


「さ、色々と聞かせていただきますわよ」


 現れたのは、幾分かラフな格好になったアイシャさん。

 まぁ、あの鎧は流石に寝れないだろうから当然だが、それでも腰には剣が携えられていた。


 それが逆に怖い。


「と言ってもねぇ……何から話す?」


「最初から、ですわね。わたくしもマリーンからある程度は聞いていますが、あなたからも話を聞いて確認した方がよろしいでしょう?」


「そりゃそうだ」


 そうして、俺は焚火を挟んでアイシャさんに語り聞かせる。

 俺がマリーンと出会った日のこと、そしてそこから今日までの彼女との経緯を。


 マリーンが『白亜の剣』の面々に対して何を語ったのかは定かではないが、ここは俺なりに正直に話すべきだろう。

 いろいろと彼女たちに含むところはあるがそれはそれ。誠意は示す。


「……そう、わかったわ」


 俺がマリーンとの話を語り終えると、アイシャさんは焚火を見つめたまま小さく呟いて笑って見せた。


「マリーンが友人だと言った理由が、何となくわかりましたわ」


「……まぁ、実際友人だからな。ありがたいことに」


「ええ。あれだけ楽しそうに話すのですもの。少なくとも、あなたにはマリーンを害そうとする気はないと判断いたしますわ」


 その言葉に、俺はどう反応していいかわからず手前にあった枯れ木を焚火にくべた。


「そんな簡単に信用していいのか? 所詮は星2つの言葉だ。その場凌ぎの嘘かもしれないぞ?」


「あら、あまり見くびらないでくださいまし。これでもわたくしは貴族ですの。人を見る目はあるつもりですわ」


 それに、と彼女は続ける。


「自分を下げる発言はおやめなさい。それはあなたを友人と認めたマリーンにも失礼ですわよ」


「……そうだな。すまない」


「ええ。非を認められることは良いことですわ」


 ニコニコと笑みを浮かべているアイシャさんに言いくるめられたような気がして黙り込む。

 そしてそのまま無言の時間が過ぎ、時折枯れ木をくべていると、アイシャさんが「よかったですわ」と呟いた。


「何がだ?」


「あなたもギルドでの自身の噂は知っているのでしょう? 噂の人物がマリーンの友人だと知った時は心配でしたが……噂なんて、やはり信じるものではありませんわね。『新人遅れオールドルーキー』と言ったこと、この場で謝らせていただきますわ。申し訳ございません」


「気にするなよ……実際、この年齢で登録したのは事実だ。周りからしちゃ、色々と思うところがあるんだろうさ」


「何故か聞いてもよろしくて?」


「別に、冒険者になる前に色々とやることがあっただけだよ。魔法も、才能はみそっかすだったが、使えるようにはなったしな」


 そう言うと、彼女は納得したようにああ、と頷いていた。


「確か、四属性でしたわね。威力はともかく、それだけの属性を持って生まれたのは才能ですのよ?」


「だがその威力がなければ魔法使いにはなれないだろ? 宝の持ち腐れってやつだ」


「ですが、魔力の使い方は相当うまいですわよ? 今日の護衛でも、あなたずっと周囲に魔力を飛ばしていましたわね? あれ、この辺りを探知してたのではなくて?」


「……よくお気づきで」


 マリーンから教わった方法で、自身の魔力をソナーのように放出することで周囲の魔力反応を探るのだ。

 魔力を持たないものに反応しないのが難点だが、それでも何もしないよりはマシだろう。それを護衛中はずっと使用していたのだが、彼女には気づかれているようだった。


 ちなみのこの魔力ソナー。マリーンは簡単に使ってるし、常識みたいなこと言ってたため俺も習得したんだが……実際には魔法使いでもそう簡単にはできないということを後で知った。おのれマリーンまたしても……!!


 どうってことありませんわ、と胸を張るアイシャさん。

 鎧姿ではないゆったりとした服装だが、とても目立つモノが二つ、服を押し上げているのを見て目を逸らした。

 あれは、でかい。


「でもあなた、それだけ魔力の扱いはうまいのに『纏い』はできませんのね」


「……『纏い』? 何だそれ」


「あら、知りませんの? 魔力を武器や鎧に纏わせる技術ですわ。耐久性能や斬撃の威力向上が見込めますわよ」


「……もしかして、体に使えば身体能力が上がったり?」


「よくお分かりで。知っていましたの?」


「……いや、その技術については初耳だ」


 俺の持つ知識にはない言葉だ。

 アイシャさん曰く、この『纏い』というのは魔力は持っているが属性に変換する才能がない人がよく使う物なんだとか。

 これがあるのとないのとでは、個人の戦闘能力は大きく変わるという。


 魔力ソナーとは違って、これは魔力を持っているなら大体の人が使える技術らしい。


 なるほど、魔法が使えなくても魔力が扱えれば星6つになれる、と言うのはこういう理由か。


「……トーリさん、だったかしら?」


「ん? あ、ああ。トーリだ」


 突然俺の名を確認するアイシャさんに首を傾げる。

 すると彼女は、急に立ち上がるとその手に持った枯れ木を俺に突き付けてこういった。


「マリーンの件についてのお礼と、疑ったことに対するお詫びです。この私が特別に『纏い』を伝授して差し上げますわ! 光栄に思いなさい!」


「……はい?」


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