第13話:『白亜の剣』
「……? 元気ない。何かあった?」
「お、そうか? いやなに、飲んでたジュースがぬるくてな。辛気臭い顔してて悪い」
コップに残ったジュースをゆらゆらと振りながら言ってみれば、目の前の少女は「そう」と一言だけ零して黙ってしまった。
挨拶だけなら早く立ち去ればいいものを、何故黙ったまま居座るのだろうか。
「ほれ、お仲間さん待ってるだろ? 俺のことは心配しなくていいから、早いところあっちに合流してきなよ」
「……」
茶髪の魔法使いがとてつもない顔で俺を見ているのだ。マリーンには是非ともあちらに戻ってほしいところではある。
それに、だ。
マリーンに気付かれないように周り見回してみれば、先程俺を笑っていた冒険者たちがこちらを見て睨んでいた。
「(……こりゃさらに面倒くさいことになるなぁ)」
あまり望ましいとは言えない状況に、内心で溜息を吐く。
恐らくだが、これで俺が昇格試験を受けられる可能性は限りなく0になっただろう。
なんてこったい。
「……ごめん」
「おん? 何でマリーンが謝るんだ?」
急に目の前の少女が呟いたその言葉に首を傾げた。
どこか申し訳なさそうに俯くマリーンは、「噂」とだけ一言告げて続けた。
「ウィーネから……仲間から聞いた。その、トーリの……」
「……あー、なるほど」
どうやら、ギルド内における俺の評判について耳にしてしまったらしい。
その中で、マリーンと行動を共にしていたことについて何か言われていることを知ったのだろう。
「別にマリーンのせいだけってわけじゃないぞ? もともと俺の評判が悪かっただけだしな。むしろ、俺がマリーンの評判を下げてないか心配なくらいだ」
「……ん。それはない」
「ならお互い様だよ。ほれ、この話はこれで終わりだ」
「むぅ……トーリはずるい」
「何とでも言え」
いつものジト目でブーブー文句を垂れるマリーンに対して、ジュースを呷りながら笑って見せる。
恐らくだが、こうして俺のところに寄ってきたのも、その件について謝ろうとしたからなのだろう。
確かに、さっき俺が言った通りマリーンと関りを持ったことは原因の一端ではあるだろうが、すべてがすべて彼女が悪いわけではない。というか、そもそもの発端は俺の年齢という、まったく意味の分からない部分が原因である。
謝られたところで意味はない。
なんなら『
二十代は十分若いんだよ……!
そんなことより、できるだけ速やかに俺は彼女にこの場から去ってほしいのだ。
チラと見れば、マリーンの仲間……『白亜の剣』の面々がこちらを興味深そうに見ている。
「(マリーン、何でもいいからはやくあっちに戻ってくれ……! 下手したら、他の『白亜の剣』の人がこっちに来る……!!)」
それは避けたい。
ものすごく遠慮したい。
マリーンは俺が知らなかったため、関りを持ってしまったことについては仕方ないと諦めよう。結果的に友人関係に慣れたとはいえ、本来なら縁を持つつもりはなかったのだ。
だがここで新たに関りを持つことになってみろ。俺も全力で隠し通すつもりではあるが、何が原因で身バレするかわかったものではない
内心でシッシと手で追い払うが、そんな俺の気持ちには全くと言って気づいていないらしい。
調子を取り戻したマリーンは、店員さんを呼びつけると注文を――
「待て待て待て待て! 仲間を待たせてるのに、何自然な流れで注文しようとしてんだよ!?」
「……あ、そうだった」
「つい」と立ち上がった俺を見上げた彼女は少し顎に手を当てて考えると、ごく自然な流れでスゥッと手を挙げた。
「ランページファングのステーキ」
「理解したんじゃなかったのかっ……!!」
いつもの調子に戻ってくれたことについては嬉しいが、それはそれだ。この場所に居座ろうとするんじゃない……! お前がいればいるほど、俺がピンチになるんだよ……!
「ずいぶんと楽しそうですわね、マリーン」
はよいけ、となおも諦めずに店員を呼ぼうとするマリーンを止めていると、いつの間にそこにいたのか、俺たちのテーブルの横に立つ人影があった。
視界の端に映るのは、ミスリルと呼ばれる希少金属でできた鎧。
見なくてもわかる。俺、大ピンチ。
「ん。アイシャも食べる?」
「あなたのマイペースっぷりには敵いませんわ。言ったでしょう? 今日は
「……ギルドに来るまでは覚えてた」
「つまり忘れていましたのね……」
まったくもう、と肩を落としてため息を吐く、特徴的な口調の女性。
顔を合わせることができず、未だテーブルへと視界が固定されたままではあるが、顔を見なくてもわかる。
アイシャ・ガーデン。
『白亜の剣』のリーダーであり、貴族。そしてあの日、魔法使いである俺と唯一対面した女性冒険者だ。
「……それで? こちらの殿方は、マリーンの知り合いですの?」
「っ」
明らかに俺を示すその言葉に、思わずピクリと体が反応した。
「(落ち着け、俺……大丈夫だ。あの時は声も変えてたし顔も見られていないんだ。バレる可能性なんて万に一つもないはずだ……! それどころか、ここでビクビクしてる方が怪しいと思われる可能性がある……!)」
「ん。トーリ。友達」
「へぇ……あなたがそうですのね。マリーンからお話は伺っていますわ」
いったい何を伺ったのかは甚だ疑問であるが、マリーンの奴俺のを事を仲間に話していたらしい。何やってくれてんだこいつぅ……!
「ア、アハハハ……ソレハ、ドウモ……恐縮です」
できるだけ不快感を与えないように、そして自然な感じで言葉を返したつもりだがどうにもうまく話せている気がしない。
テーブルに向けていた視線がスゥーッと自然に動き、彼女とは真逆のギルドの壁が視界に映った。
「聞いていますわよ。ここ最近まで、よくうちのマリーンとよく一緒にいたと。依頼もご一緒していたそうですわね?」
「あー……まぁ、そうですねぇ……」
マリーンが俺のことを話していたということは、当然そういったことも共有されているのだろう。
となるとだ、俺が四属性持っていること、ソロで活動していること、そしてギルド内での噂についても把握されているとみていいはずだ。
「この
「む。アイシャ、失礼」
「ならせめて、依頼中ももう少し周りに気を配ってくださいまし」
少しばかり不服そうな雰囲気のマリーンが抗議の声をあげると、呆れたような声でアイシャさんが言葉を零した。
そしてアイシャさんは、マリーンの肩をポンと叩くと未だに彼女を待っている『白亜の剣』の面々を指さした。
「とりあえず、マリーンは早く戻ってきなさい。ウィーネが待っていますのよ」
「……ん。わかった」
アイシャさんの言葉で漸く立ち上がったマリーンは、一度俺を見て手を振り、そのまま仲間たちの元へと駆けていった。
よかった。これで俺にも安寧が――
「……あの、何で対面へ?」
「あら、いけなかったかしら?」
マリーンが抜けたことで空いた対面の席。
そこに何を思ったのか、先ほどまで隣にいたアイシャさんが腰を下ろすと、真っ直ぐに俺の目を見て笑った。
金髪碧眼の、髪をシニヨンスタイルにした女性だった。
「まずはお礼を。私たちの活動がなかった間、マリーンの面倒を見ていてくれたそうで。比較的軽傷だった私も別件でこの街を離れていましたの。感謝いたしますわ」
「え……あ、いや。面倒を見るなんて、そんなたいそうなことはしていませんよ。ただ仲良くなって、何となくそうなっただけですし」
「それでも、ですわ。あの娘、暇を持て余すとどこかへ飛んでいきそうで……」
「……心中お察しします」
蝶々でも追いかけて迷子になる様子が容易に目に浮かんでしまった。
「魔法の腕は確かでも、それ以外の部分がどうしても……抜けているというか、常識をあまり知らないというか。ですので、どこの誰とも知れない誰かに騙されていそうでとても心配ですのよ?」
ブワッ、と彼女から向けられている圧が増した気がした。
いや、圧と言う曖昧なものではない。この気配を俺はよく知っている。
魔力だ。
彼女の体から発せられた魔力が、指向性を持って俺へと向けられている。
俺以外に周りで反応している者がいないということは、きっとそうなのだろう。
なるほど、魔力にはこんな使い方もあるのか。
「……私がマリーンさんをだましている、と?」
「あら、無理に口調を取り繕わなくても構いませんわよ? それに、あなたの噂についても聞いていますわ。真実かどうかはわかりませんが、噂がある以上、仲間を心配するのは当然のことではなくて? 『
「……そりゃそうだわな。で? 疑わしいからと言って罰するつもりか?」
俺の言葉に、アイシャさんは不気味に笑って見せた。
「そんな野蛮なことは致しませんわ。私も貴族の端くれ。まずは会話をもって判断するつもりです」
「そりゃよかった。ただの星2つじゃ星6つにボコボコにされるのがオチだしな。それで、今ここで話でもするのか?」
その仲間を待たせたまま、今この場で話し合いでもするのかと思ったが、アイシャさんは首を横に振ると「おあつらえ向きなのがありますわ」と立ち上がった。
「あなた、昇格試験が受けられず困っているのでしょう?」
「は? あ、ああ。それはそうだが……っ、おい、まさか」
気づいた俺の顔を見て、彼女は再びにっこりと笑って見せた。
「私達『白亜の剣』があなたの昇格試験に参加いたしますわ。逃げる場もない夜空の下で、ゆっくりと、話を聞かせていただきますので覚悟してくださいまし?」
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