第12話:嫌われ者(謎)
「どうしたもんかねぇ……」
依頼をこなして『安らぎ亭』へと戻った俺は、親父さんの微妙な料理を食べて部屋に籠ると頭を抱えて項垂れた。
「まさかここにきて、周りからよく思われていない状況が仇になるとは……」
ギルドにおける冒険者のランクを表す星は、その冒険者のギルドや街、国に対する貢献度で定められている。
そのため依頼を達成すればその分だけ貢献度は上がっていくのだが、星3つ以上へのランク昇格には貢献度だけではなく、昇格試験と言うものが発生するらしい。
ただ依頼をこなすだけでいいなら、星1つの依頼を大量に達成してしまえば昇格の条件を満たしてしまう。
特に星3つからは魔物の討伐や隊商の護衛が主となるため、実力の伴わない冒険者に依頼を受けられるのはギルドも依頼主側も困るのだ。
そのための昇格試験。
エリーゼさん曰く、星3つへの昇格試験内容は実際の隊商に見立てた試験官役のギルド職員を護衛し、帰還することである。
せいぜい一週間程度の試験ではあるが、その中で野営や護衛の立ち回りなどを見るのだとか。
まぁ基本は試験官のギルド職員の指示に従い、夜番や周囲警戒などを行えばいいとのこと。
ただ問題として挙げられるのは、この試験は複数人で行う必要があるということだ。
「そりゃ一人で護衛依頼なんて、できるわけないもんな……」
そもそもの話、護衛依頼なんて星3つになっても受けるつもりは毛頭ないのだが、昇格すればいろいろと便利なためできれば昇格しておきたい。
まずは受けられる依頼の幅と範囲が広がる事。
星2つの状態だと、『帰らずの森』の浅い部分での魔物討伐が主な依頼内容であるが、星3つにもなれば森の更に奥の魔物の討伐依頼が受けられるようになる。
もちろん、自己責任で星2つでも奥に進めることは確かだが、そこで星3つの依頼に当たるオークを討伐したとしても素材買取の稼ぎのみとなる。
逆に星3つであれば、事前に依頼を受注しておけばその分の報酬が上乗せされることになる。
またほかにも、星3つになることで近隣の農村部等への遠征依頼を受注できることも利点だろう。
星3つへの昇格試験は、言ってしまえば「この冒険者は数日かかる依頼でも道中は問題ない」と判断できる指標となる。
そのため、今迄はボーリスから日帰りの距離までの依頼しか受注できなかったが、星3つとなればそれもなくなり、自身の足で遠出で依頼を受けることも可能なのだ。
俺としては、これが一番の利点である。
「空間魔法の『転移』を最大限生かすには、まず最初に自らの足でその場所に赴く必要があるが……依頼として一度行けば不自然でもないし、次からはすぐに移動ができる。生かさない手はないだろうさ」
それにこの世界におけるもっとも速い移動手段は、プロプトホーフと呼ばれる馬に似た魔物に曳かせた荷車である。要は馬車だ。
まだ生物を移動手段として用いているこの世界において、俺の『転移』がどれほど便利なのかは言うまでもないことだろう。
「わざわざ大変な思いをせずとも国中のあちこちに移動できるんだ。そのうち『ば、馬鹿な……!? あいつはつい先日まで○○にいると報告が……!』みたいな感じにできるかもだし」
ちょっとその場面を想像してにやけてしまった。
やはりほしい。星3つの冒険者の称号を。
「でも難しそうなんだよなぁ……!」
そして現実を思い返してまた頭を抱える。
昇格試験は同ランクの冒険者が集まって受けることがほとんどだ。
そのため俺も昇格試験を受けようとするなら、同じ星2つの冒険者たちと試験を受けることになる。
だがそこで問題となるのが俺のこれまでの実績である。
要は早すぎたのだ。星3つへの昇格が可能な貢献度を貯める速度が……!
「まさか俺以外に、昇格試験を受けられる星2つの冒険者が集まっていないとは」
エリーゼさんに聞けば、俺以外にもっとも星3つに近い冒険者は以前俺に絡んできた二人組だという。
昇格試験を受けるには最低でも4人必要なため、その二人を入れてもあと一人必要となる。エリーゼさんの見立てでは4人揃うのはおよそ二か月後とのことだ。
他と比べて比較的冒険者が多いはずの街でこれなら仕方ないだろう。
だがしかし、こうした待ちの時間が発生してしまう問題点があるため、ギルドでは大変ありがたい制度が導入されている。
それが星3つ以上の冒険者に参加してもらう、というものだ。
謂わば助っ人である。
昇格試験を受けるために、他の冒険者が揃うのを待つのにはいろいろと問題点が多い。
例えば、昇格目前だった冒険者が突然死したりするのも一つの例だ。
そうなると、さらに昇格試験を受けるのに待つ時間が長引いてしまう。
そんな問題を何とかするのがこれだ。
これは星3つ以上の冒険者を足りていないメンバーとして参加してもらう制度のことで、少ないながらもギルドから報酬が出ることになっている。
だが、助っ人はギルドが集めるのではなく、試験に参加する冒険者自らが誘わなければならない。
そのため、この制度を利用する冒険者は多くの場合、仲良くしている冒険者に助っ人として入ってもらうのだとか。
報酬の割に一週間も行動を制限されるため、仲が良くても断られることがあるという。
つまり、現状悪い噂が立ちまくっている俺には難しい話であるということだ。
「いや……いや、まだわからないぞ……! あんな噂を、心のどこかで信じていない人がいるかもしれない……!」
幸い、噂が立っているだけで俺自身は周りの冒険者たちに偉そうな態度も、失礼な態度も取ったことはない。
ちゃんと向き合って頼み込めば、きっと心が通じて助っ人を引き受けてくれる冒険者が現れるはずだ。
「そう! まだ俺の希望は終わっていないんだ! 大丈夫だ、俺ならできる……!」
「おにーさんうるさーい! もうねるじかんだよ!」
「はい! ごめんね!」
◇
「お断りだ。なんで俺が『
「いや、待ってくれ話を……」
「ケッ、いけ好かねぇ奴め。いつも通り一人でやるか、『白亜の剣』でも頼るんだな」
そう言って舌打ちして立ち去っていく男の冒険者の背中を見送った俺は、小さくため息をついて酒場へと向かった。
空いてる席に座って店員さんにアッポゥのジュースを注文する。
「(まぁ、頼んでも断られるくらいは考えてたさ。俺の今の評判を考えれば、当然のことだろう)」
目の前に置かれたいつものコップを一気に呷る。
「(でも全滅ってどういうことだよ……!? 一人くらい話聞けよこの野郎……! 俺は最強の……は、明かせないんだった。はぁ……)」
誰もかれも、まともに話す前に断られる。あるいは、さっきのように悪態を吐かれておさらばだ。どうやら、俺が考えている以上に俺の評判は最悪だったようだ。
「おい、あれ見ろよ」
「ああ、なっさけねぇ」
くすくすと、こちらを遠巻きにしている冒険者たちの嘲笑が漏れ聞こえてくる。
なるほど、そこまでして俺を笑いものにしたいのか。
「(出る杭は打たれるってやつか。そこまで出しゃばったつもりはないんだが……やっぱり、マリーンと行動を共にしていたのがよく思われなかったかねぇ)」
ジュースのおかわりを頼みながら、ぐるりとギルド内を見回した。
主にこちらを見て笑っているのは、同ランクの星2つの木版を付けた冒険者たち。それと、一部の星3つの冒険者といったところか。
ここ数日でできる限りの冒険者……それも星3つより上の4つの冒険者にまで話しかけてみたが、反応はどれもこれも同じだった。
みんな、俺を見るなり顔を顰めるのだ。
「(予想だが、こりゃ意図して悪い噂を広められてるな)」
チラと先ほどの笑っていた冒険者たちを見れば、いい気味だとばかりに星2つの依頼書を手にして受付へ向かうところだった。
助っ人が望めない以上、俺に残された手段はあの星2つの冒険者たちが試験を受ける日まで待つことだろう。
「(……待ったところで、邪魔されそうな気がするんだよなぁ)」
夜番の時とかは時に。荷物の紛失まで目に浮かぶ。
新たに運ばれてきたジュースを再び呷った。
「マジでどうしようか……」
はぁ、とため息を吐きながらテーブルに突っ伏した。
周りは見ない。笑われているような気がするから。
……いや、実際笑われてるんだけどさ!
「……ん?」
しばらくそのままの状態でいると、先程よりもギルド内が騒がしくなった。
何事かと思って見上げてみれば、ギルドの中心にものすごく目立つ集団がいた。
金髪の騎士に、巨大な槍を背負った褐色の女性。緑のショートローブを身に纏い、弓と矢筒を背にしたフードの女性に、青い髪に白いローブの魔法使い。そしてその魔法使いの後ろに引っ付くように並ぶ茶髪に白ローブの魔法使い。
5人組の女性冒険者だ。
「……あ」
そのうちの、青い髪の魔法使いと目が合った。
「行ってくる」
「え? 何を……ちょ、先輩!?」
タタタと軽快な音の割にジト目を辞めないその顔は、仲間と一緒にいたところで変わりがないらしい。
そいつは俺が突っ伏しているテーブルの前までやってくると、断りもなく俺の向かいの席に着いた。
「元気?」
「ぼちぼちだよ。久しぶり、マリーン」
そう言うと、目の前の魔法使いは「ん」といつも通りの短い返事を返すのだった。
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