第11話:友人関係
マリーンと知り合った日から二か月ほどが経った。
日常生活の面については特に変わった部分はない。
朝は『安らぎ亭』でリップちゃんとともに親父さんのおいしいかどうかはよくわからない朝食を食べ、そのままギルドに行って依頼を受けたらついででランページファングを狩り、たまに解体屋に肉だけもらって持ち帰ってリップちゃんに喜ばれる。
ただ日常生活以外……主に冒険者の活動については大きく変わった部分がある。
「ん。どの依頼を受ける?」
「そうだな……これだな。ランページファングの討伐依頼」
「むぅ。トーリの実力なら、ボクがいなくてももっと上を受けられるはず」
「まだ星2つなんだから無茶を言うなよ。それに、肉はお土産にもなるから狩るならこいつが一番なんだし」
一つ。なんだかんだでギルド内でマリーンからよく声を掛けられるようになった。
できるだけ関わり合いになりたくないのが本音であったが、表立ってこの有名人を邪険に扱うのは気が引けるし、そうでなくても年下の女の子を無視するというのも憚られる。
その結果、今のようにギルドで会えば話し、時折何故か俺の依頼についてくるという謎現象が起きていた。
星6つの冒険者が、星2つの冒険者の依頼についてくる理由を聞いてみたのだが、たった一言だけ「興味」という言葉をいただいた。
本当にコミュニケーションを何とかしてほしい。
「そういえば、お仲間さんはもうすぐ治療が終わるんだろ?」
「ん。この間、杖を新調した。見てほしい」
「話を聞けい」
何とかしてほしい(懇願)
酒場の同じテーブルで、一人モゴモゴとパンを頬張るマリーンに突っ込みを入れながら、俺もリンゴによく似た果実であるアッポゥのジュースをグイと呷る。
酒はまだ飲まない。それは以前に決めたことだ。
「そう言えば、サランが復帰する」
「そうだな。今俺はその話をしてたんだよ」
そして思い出したかのように先ほどの話題を繰り返すマリーンに、思わずため息を吐いた俺は悪くないはずだ。
「よかったじゃないか。また仲間と冒険できるんだし」
「ん。ボクも嬉しい。でもトーリとは一緒に依頼できなくなる」
心なしか、食べる速度が落ちたように見える。
相変わらず表情の変化は乏しいが、その分行動に感情が出ているのはこいつの癖なのかねぇ。
「気にすんなよ。そもそも、星2つの俺に星6つのマリーンが一緒だったのが夢みたいな話だったんだからな」
「ん。存分に褒めてジュースを奢ることを許す」
「調子に乗らんでよろしい」
おおよそ、星2つが6つに向けて言う言葉ではないのだが、パンでいっぱいになっている頬を見るに機嫌は良いのだろう。
最初は俺も気を使って一人称なり話し方を変えたりで対応していたが、うっかり『俺』と言ってるのがバレて以来、気を使わなくてもいいと言われてしまった。
最初はそれも無理だと断ったんだが、そうしたら機嫌が悪いのなんの。友人に遠慮されるのは悲しいと無表情で言われてしまった。
あと、彼女は今年で18歳らしい。マジか。
……しかし、友達ねぇ。
「ま、俺は俺で依頼をやるよ。そこまでの才能はないだろうし、マリーンみたいに大成はしないだろうけどな」
星3つくらいで止まるんじゃねぇかなぁ、と酒場の店員さんにジュースのお替りを頼むついでに、もう一杯追加でジュースを注文する。
そして割とすぐに注文したジュースが届くと、店員さんが俺とマリーンの前にコップを置いて下がっていった。
「? ジュース……」
「大したことはないだろうが、奢りだよ。友人のパーティメンバーが復帰するんだ。少しくらい祝ってもいいだろ」
「……うん。ありがと」
どういたしまして、とマリーンと一緒にジュースを呷った。
俺のことを友達だと言ってくれているのは、彼女自身の本心なのだろう。実際、こいつはそんなところで嘘を吐くような奴ではないし、そもそも嘘が苦手なタイプだ。天然ボケではあるが。
もちろん、異世界での初めての友人認定だ。嬉しくないはずがないし、俺自身も冒険者としてこいつと関わることが多くなったため、情がないと言えば嘘になる。
だがそれは、俺自身の目的から少し遠ざかることと同義だ。
俺は酒場の片隅で噂を聞く程度のモブでいいのだ。こっちの俺が表舞台に上がるのは本意ではない。
だからこそ、俺自身が表舞台にいるであろう彼女と関わりすぎるのは、本当なら遠慮するべきことなのだろう。
「(ただ、まぁ……)」
目的はあれども、それを理由にして友人を蔑ろにするほど俺も狂人ではない。
それにスピンオフか何かで、物語と関係のないどこかの誰かと仲がいい様子が描かれてもいいだろう。
「それで? 確か今日はパーティメンバーと久しぶりに集まるんだろ?」
「ん。『白亜の剣』のハウス」
「宿暮らしの俺とは無縁の世界だな」
街の中央広場付近にあるという『白亜の剣』のパーティハウス。
一度マリーンの用事とやらで近くまで寄ったことがあるが、それはもう『安らぎ亭』がかわいそうに思えるくらいの立派な建物だった。
白亜の名の通り真っ白の豪邸のような家は、流石リーダーが貴族なだけはあった。
なお、中に連れられそうになったときは全力で抵抗したが。
「……そろそろ時間」
「お、そうか。なら俺も依頼を受けて来るか」
「ん。トーリも、友達は頼る」
「あいよ。ほれ、さっさと行ってこい。さっきから俺のことすっごい見てるやつがいるんだわ」
ほれあそこ、と指で指し示せば、そこにはギルドの柱の影からこちらの様子を見守っていた茶髪の少女。
『火妖精』のウィーネと呼ばれる、マリーンと同じ『白亜の剣』所属の魔法使いだ。
ここ最近になってから、ああして監視している様子を目撃するようになったのだが……それにしてもすんごい睨まれてるな、俺。マリーンに対して変なことをするなよ、という圧を感じる。
安心しろ、しないから。
「ん。それじゃあ行ってくる」
「おう、またな」
立ち上がって酒場から立ち去っていくマリーンは、その途中でウィーネと合流してそのままギルドから出ていった。
残された俺は、コップに残ったジュースを一気に呷る。
「さて、と。どうしたもんかねぇ」
マリーンたちが去ってから、露骨にこちらを見て陰口をたたき出す周りの冒険者たち。
まぁ気持ちはわかるさ。
何せマリーンは星6つの選ばれた冒険者だ。本来なら話すどころか、関わる事さえできない雲の上の存在でもある。
しかもあの見た目だ。彼女を好く冒険者も多いだろう。
そんな人と、ああして話す上に食事を共にしているのだ。やっかみを受けて当然である。
「(星2つの『
おまけに数回とは言え、俺の依頼にマリーンが同行するのも見られている。
当然ながら、最初以外は俺の依頼だからと言って同行は許しても手を出すことは控えてもらっている。手を借りるのはどうしても人手が必要な時くらいなものだ。
だがそれを説明したところで理解してくれるような奴はいない。
最近では、マリーンに依頼をやらせて楽をしているという、少し考えればおかしいとわかる噂が広がっているとエリーゼさんから教えてもらった。
そんなわけで、以前までは同ランクの冒険者に嫌われていた俺であるが、この二か月の間ですっかりギルドの冒険者ほぼ全員から嫌われてしまったわけだ。
味方と呼べるのは、受付のエリーゼさんとマリーンくらいなものだろう。
ちなみに、『白亜の剣』以外にも女性冒険者は少ないながら在籍しているのだが、そんな彼女らからしてもマリーンにやらせているという話を本気にしているらしい。
ついこの間、一人の時に「最低男」という呼ばれ方を耳にした。
「(仕方ないか。交流もろくにないんだし)」
それに逆に考えれば非常に楽しいともいえる状況だ。
何せ、そんな男がここにいる誰よりも強い魔法使いであるのだから。
ギルド一の嫌われ者が、実は最強の魔法使いなんて、最高に盛り上がるじゃないか。
「(そんなわけで、嫌いたいならどうぞご勝手に。俺はソロで活動するし、ここぞというときに活躍するからよぉ!)」
そうやって内心で自身を鼓舞するように盛り立てながら、誰にもバレないようニヤリと笑うのだった。
◇
「えっと、トーリさん。星3つへの昇格試験なのですが……パーティでの護衛依頼となりますので、どこかのパーティと組んでいただかないと……」
俺はまた頭を抱えた。
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