第10話:三属性の魔女と四属性のカス

「巣は基本洞窟。鼻がいいから風向きには注意」


「なるほど」


 依頼書にはコボルトの集団が見つかった大まかなポイントがいくつか示されている。

 今回はギルドからの依頼。ここ最近森の浅いところでのコボルトの発見が相次いでいるそうだ。

 単体戦力で見ればゴブリンと同程度のコボルトであるが、基本的に5匹以上の集団行動を主としていることや、仲間間での連携。そして何より速度は、時に星3つの冒険者すら危ぶまれることがあるらしい。


 野放しにして繁殖されると、いつか低ランクの冒険者にも被害が出ると判断したギルドが、調査依頼として巣の調査を発注したのだ。


「洞窟……というと、ここから北にある岩壁の可能性が高いね」


「そう思う」


「じゃあまずはそこに向かおうか」


 わかった、と何故か先を歩こうとするマリーンさんだが、一応言わせてもらえば彼女は後衛職の魔法使いだ。

 此方が前を歩くと言ってひとまず後ろについてもらい、北を目指すことにする。


 ……しっかしなぁ


「(どこかで見たと思ったら、あの時倒れてたやつかよ……)」


 『白亜の剣』という名の女性冒険者のみで結成されたパーティは、俺が拠点としているボーリスどころか、このグレーアイル王国においても超有名なパーティであるらしい。

 リーダーである『斬姫』アイシャ・ガーデンを始め、元傭兵の『剛槍』リリタンに『獣狩り』サラン。最近加入したが、めきめきと頭角を現し、すでに星4つに昇格した『火妖精』ウィーネ。


 そして俺の後ろを歩く少女こそ、5人目にして『白亜の剣』における魔法の天才。『魔女』マリーンその人である。


 特にリーダーであるアイシャさんとマリーンさんはどちらも星6つだという。


 ギルドで見かけなかったのは、教会で治療を受けていたからなのだろう。


「(よりにもよって、一番会いたくない奴らの一員と縁ができてしまうとは……)」


 いったいどうなってるんだと盛大に溜息を吐きたくもなる。


 グレーアイル王国の東の端に位置するボーリスの街は、少し東に行けば『帰らずの森』が存在する危険な街だ。被害は小さかったとはいえ、過去には魔物の大量発生も起きていると聞く。


 だがそれ故に冒険者が集まり、魔物の素材が手に入ることで発展しているボーリスは、グレーアイル王国において大きな街の一つだと言えるだろう。


 そんな街で、ピンポイントに会いたくない奴と出会うとは、逆に運が良いのではないだろうか。

 よくねぇよ。


「どうかした?」


「あ、いや……」


 横目で見ていたことに気付かれたらしい。

 マリーンの問いかけに、誤魔化す様に首を振った俺は再び前を向く。


 考え事はしているが、剣はいつでも抜けるように準備はできている。

 ここ最近は依頼で討伐をやっていることに加えて、『安らぎ亭』の裏庭を借りて素振りもしているため、それなりに振れるようにはなってきた。


 かなりの短期間で成果が出ているのも、剣術の才能(中)のおかげだろう。


「聞きたいことがある」


 いつもはここまでしないのだが、俺はまだまだ新人冒険者。そのアピールのため、今日は特別辺りを警戒しながら慎重に進んでいると、不意に隣に並んだマリーンさんが俺を見上げてそう言った。

 一応彼女には背後からの奇襲を避けるために、後ろの警戒をしてもらっていたはずなのだが。


「できれば後ろの警戒もしてほしいんだけど……」


「問題ない。周りに障壁を張っている」


 無表情なのにドヤァッ、と胸を張るマリーンさん。

 見れば確かに、俺たちの周りをうっすらと透明なものがドーム状に展開されていた。


「へぇ……こんな魔法があるのか」


「『水障壁』。奥ならともかく、このあたりの魔物なら破れない」


「すごい魔法だ」


「えっへん。ボクの方がすごい」


 何と比べてるんだいったい。


「それで? 何を聞きたいんだ?」


 魔法の方にはすごく興味があるのだが、その話は後でもいいだろう。なにより、聞いたところで俺の(カス)では使えないのだ。

 本題に戻ると、ハッとした様子のマリーンさんが「出して」とだけ俺に言った。


 ……なにを?


「渡したもの」


「……ああ、あれか」


 最初からそう言えと思うが、これが彼女のコミュニケーションなのだろう。何て絶望的なのか。言葉が足りないにも程があるぞ。


 懐にしまっていた黒いヒヒイロカネを取り出して彼女へと見せれば、今度は頷いて「四つ、魔力を込めて」と一言。


 恐らく、四属性の魔力を、ということなのだろう。諦めて黒いヒヒイロカネに四つの魔力を込めると、黒い光を放つ……なんてことはなく、その石の中身がグルグルと渦巻いていた。


 なんだこれは。


「これでいいのかい?」


「…………」


「……あれ、聞こえてない?」


 中身が渦巻いているヒヒイロカネをじーっと凝視したまま動かなくなったマリーンさんは、出会った時のように目の前で手を振ってみても反応がないほどヒヒイロカネの様子に夢中なようだった。


 この場を離れるわけにもいかず、手に乗せたヒヒイロカネをマリーンさんの前へと差し出したまま10分ほどが経過した。


「感謝。堪能した」


「……それはなにより。それで? 私への用事は終わりかな?」


「ん。それはまた別」


 協調性がないってよく言われない? といいたくなる彼女の行動に呆れながらヒヒイロカネを懐に戻す。

 正直なところ、この聞きたいことと言うのが本題なのだろう。


 でなければ、星6つの冒険者が最近登録したばかりの星2つ冒険者の依頼に同行する、なんて事態にはならないのだから。


「(そしてその質問とやら、心当たりしかねぇ……!)」


 顔にこそ出さないが、俺の背中はコボルトの調査前であるにも関わらず緊張でじっとりと濡れているだろう。


 何せ相手は『白亜の剣』。

 何も知らないトーリさん25歳が、己の欲望のために窮地を助け、現状俺を窮地に立たせている相手なのだから。


 下手すれば、国外に逃げて再起を図るしかないだろう。


「(大丈夫だ落ち着け焦るな俺。相手はあの時気を失って俺の姿さえ見ていないはずだ。仲間から聞いたとしても、情報として伝わるのは黒いローブの男で魔法使いってことくらいなもの。このマイペース少女の中で、俺=最強の魔法使いは成り立たないはず……!)」


 よし落ち着いた大丈夫だ。たぶん。

 この内心で顔は冷静さを保っている俺、流石演技派。お芝居だってなんのその。


「聞きたいのはあなたの魔法について」


「……ま、魔法?」


 あばばばばばば、とバグりまくっている内心を他所に聞き返せば、彼女はコクリと頷いた。


「四属性なのは、生まれてからずっと?」

 

 そう言って、彼女は再び俺の目をまっすぐに見つめた。

 変わらぬジト目ではあるのだが、どことなくその視線に真剣な印象を受けたのはきっと間違いではないだろう。


 ちょっと予想していた質問とは違ったために拍子抜けだったが、彼女の質問に「ああ」と肯定の意を返す。

 生まれてからずっと、というか。そもそも俺の存在自体が異質である。


 属性に関しても、これらは与えられたものだ。根本から彼女たちとは異なっているため全く参考にはならないだろうが、転生を生まれなおしと捉えるのならばその回答はこうなるだろう。


「そう」


 俺の返答に無表情ながらもどこか残念そうなマリーンさん。

 だが次には先程までのぼーっとした雰囲気に戻り、先へ進もうと俺を促した。


「こちらからも聞きたいんだけど、属性は人によって異なるのかい?」


 魔法の属性についての知識は俺の中にはなかったうえに、空間魔法以外については出力がカスであるためそこまで気にしたことはなかった。

 だが今日の彼女の行動からして、俺が考えている以上に重要な情報なのかもしれない。


 そう思って彼女へと聞いてみる。


「属性は才能。魔法を使える人の大半は、魔力を1つの属性に変換できる」


「1つなのか……」


「でもボクは水、風、土の3つ」


 えっへん、とまた胸を張っているマリーンさん。期待するような目で見ているのはあれか、褒めろということなのだろうか


「3つ持ちなんてすごいな」


「むぅ。ボクより多い人に言われても嬉しくない」


 どないせえっちゅうねん。


 内なる関西人をグッと堪えて苦笑するに留める。


「生まれ持った属性の魔法しか使えない。それが魔法使いの定説。あなたの4つはとてもすごい」


「えぇ……そうは言っても、初歩の初歩程度しか使えないさ」


「残念。もし魔法使いなら、大成していた」


 マリーンさんは本当に残念そうに肩を落としてみせると、依頼の続きだと言わんばかりに北へ向かって歩き出す。

 そんな彼女とのすれ違いざまだった。


「いつか追いつく」


 まるで宣言するかのように、先ほどまでの彼女とは思えないほどの意志の籠った言葉だった。


「……別の意味で、目をつけられたかねぇ」


 はぁ、と小さくため息を吐いた俺は、彼女の後を追って依頼を続行する。



 なお依頼の結果だが、マリーンさんが水の魔法で巣のコボルトを全滅させたとだけ記しておこう。

 俺に向けてのドヤ顔付きだ。



 いや、それ俺の依頼なんですが。



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