第9話:『新人遅れ』と『魔女』

 エリーゼさんに星2つで受けられる依頼が残っているか聞けば、ちょうど討伐依頼としてゴブリンの討伐とランページファングの討伐依頼。それからコボルトの巣の調査依頼(討伐含む)があるという。


「コボルト……は、一人でも受けられる依頼ですか?」


「あまり推奨はしませんね。トーリさんはソロの冒険者ですし……調査依頼はどなたかとパーティを組んだ方がよろしいかと思いますよ?」


「やはりそうですか……あまり誰かと組むつもりはないのですが。それに、組んでくれる相手もいないでしょうし」


 チラと後ろを横目で見てみれば、ギルド内の冒険者たちが俺の様子を伺っていた。

 つい最近星2つに上がったからと言って、俺自身の評価はあまり変化がないらしい。


 冒険者は星3つになって漸く一人前で、1つや2つは見習いのようなもの。

 本来ならそんな見習いは成人したばかりの十代が大半だが、そんな中に25歳が紛れているのはよほどの笑い話なのだろう。


 一部では『新人遅れオールドルーキー』などと言う蔑称で呼ばれてるらしい。

 誰がオールドだ。二十代は若いだろうに。


 まったく、登録したばかりなら何歳でも初心者であることは当たり前だろう。それで笑うような奴とパーティを組むなんてこちらからお断りだ。お互いに気分のいいものではないだろう。


「ランページファングの討伐依頼を受けますよ」


「わかりました。ではいつも通り、掲示板から依頼書をお持ちください」


 エリーゼさんの言葉に頷き、掲示板へと向かう。

 ランページファングであれば、星1つの時でも狩っていたため特に問題になることはないだろう。少なくとも、可食部があるためゴブリンを相手にするよりは余程有意義だ。


「さて、依頼書依頼書……お、これか――」

「おっとわりぃな。こいつは俺が受けるんだ」


 目当てのランページファングの討伐依頼を見つけて手に取ろうとしたその時、横から割り込むようにして現れた人影が手にしようとしていた依頼書を掻っ攫う。


 みれば、そこにいたのはニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべる少年の姿。


 15歳程度だろうか? この世界で言えば成人したばかりのように見える。


「冒険者が受ける依頼は、早い者勝ちだってのは知ってんだろぉ? 返せ、なんてことは言わないよなぁ?」


「……それもそうだな。ならそれは君が受けると言い。私は別の依頼を――」


「おぉ~っとぉ~! こっちは俺がもらうぜぇ~」


 仕方ないとゴブリンの討伐依頼書を手に取ろうとすれば、今度は別の、先ほどの少年と同い年くらいの少年が現れる。

 案の定、ゴブリンの討伐依頼書までもっていかれてしまった。


 なんだこれは。


「ほれ、おっさんが一人で受けられる依頼はもうねぇんだ。さっさと帰ってついでに冒険者もやめちまえよ、『新人遅れオールドルーキー』!」


「そうそう。あんたみたいなのがいると迷惑なんだよ! 俺らが受ける依頼も稼ぎも減っちまうんだ」


「それか、一人でコボルトの依頼でも受けるかぁ? 頼まれたら組んでやってもいいぜ? 報酬は全額こっちのもんで、道中俺らの命令に従うならなぁ?」


 不快感を抱かせる気持ちの悪い笑みを浮かべながらそう言う少年、というかガキ。

 見れば、彼らの下げている木版に描かれた星は2つ。


 こっそりと周りを見渡してみれば、多くの冒険者がこちらを見て事の成り行きを見守っているようで、介入するつもりはないらしい。


「おい聞いてんだよ!」


「……ん? ああ、断る」


「はぁ? 何、断れると思ってんの?」


 選択肢を委ねておいてそれはないと思う。


「従う理由もないしな。その依頼を受けたいのなら、さっさと受付に行って受注してくればいい。こんなところで時間を食っていても仕方ないだろ?」


 しかしどうしたものか。受けようと思っていた依頼はこの二人が掻っ攫っていったため受けられそうにはない。

 他の依頼を受けようにも、コボルト以外に残っているのは星1つでも受けられる常に張り出されている採取依頼くらいなものだ。


「どうしようかねぇ……」


「……チッ、気に入らねぇなぁ! 調子乗ってんじゃねぇぞ、『新人遅れオールドルーキー』……!」


「乗ってないし、あまり怒っても疲れるだけだぞ。ほら、言いたいことはわかったからさっさと行くといい。何を言われたところで、相手にするつもりはこちらにはないしな」


「……フンッ、いくぞ」


 最初に絡んできた少年が悔しそうな表情で手にした依頼書を受付へと持って行った。

 その依頼書へのサインを受付嬢の女性に代筆してもらっている様子を眺めていると、「大丈夫でしたか?」と後ろから声がかかった。

 見れば心配した様子のエリーゼさんが立っていた。


「ええ、問題ないですよ。何故ああして絡まれたのかはわかりませんが」


 内心とは別にして、努めて心配させないように落ち着いた声で答える。

 実際この場で揉めたところで周りへの迷惑にしかならないし、時間の無駄でもあった。それに前もそうだったが、俺の方が大人である。


 あれくらいの挑発は気にせず流すのが一番だろう。


「(まぁ、本気出して黙らせることもできるけど、それはそれでダサいしなぁ)」


 それにここで対抗して彼らを返り討ちにしてしまえば、余計な注目に加えて反感まで買うことになるだろう。

 それらは、俺が目指したい姿には似合わない余計なものだ。


「焦ってるんですよ、彼らも」


「焦ってる?」


「ええ。トーリさんはお一人でもランページファングを狩れるでしょ? それでランクもすぐに上がりましたし、後から登録した人に抜かされるかもって思ってるんです」


 何でも、ランページファングは星2つの冒険者が一人で狩れる魔物ではないそうだ。星3つともなれば一人で狩れる冒険者もいるそうだが、あの二人はまだ一人で狩れる実力はないらしい。


 後から来た同ランクのおっさんがしゃしゃり出てきたため、焦ってちょっかいを出してきた、と。


 なんて迷惑な話だまったく。

 あと、まだおっさんではない。


「それより、依頼はどうされますか? 紹介したものだと、もうコボルトの巣の調査依頼しか残っていませんが……」


「あー、確かに。どうしましょう」


 規約上、自身の星以下の依頼しか受けられないため、俺が星3つの依頼を受けることはできない。

 となると、受けられるのはコボルトの巣の調査依頼か、星1つの依頼くらいなもの。


「やっぱり、コボルトの依頼一人で受けられませんか?」


「可能ですけど……やはり推奨はできません。討伐ならともかく、調査は人手があった方がいいかと思いますし……」


「そうなると、星1つの依頼を受けるしかないか……」


「それ、ボクも受ける」


 どうしたものかと考えていると、不意に背後から声を掛けられた。

 誰かと思ってみてみれば、そこにいたのは青い髪に白いローブを身に纏った少女。


「あ、マリーンさ――」


「マ、マリーンさん!? ど、どうしてここに!? 怪我の治療中だったのでは……!?」


 名前を呼ぼうとしたが、その途中で被さるようにエリーゼさんが声を上げた。

 その声はかなりギルド中に響いたらしく、今迄こちらに目を向けていなかった冒険者や、併設された酒場で昼から飲んだくれている冒険者の注目まで集めてしまう。


 そしてその全員が息をのんだり、すぐ傍にいた冒険者とこちらを様子見しながらひそひそと話し始めた。


「ん。怪我はもう治った。それより、そのコボルトの依頼。ボクと彼の二人で受けるなら問題ないはず」


「え……え、ええ。確かにそうですが……でも、この依頼はマリーンさんが受けるにはあまりにも――」


「じゃあ問題ない。休んでた分の肩慣らし」


 フンス、とどこか得意げな様子のマリーンさん。

 そんな彼女を見て、エリーゼさんはため息を吐くとわかりましたと言って受付の方まで引っ込んでいった。


 いったい何がどうしたのかと事の成り行きを見守っていた俺だが、ふわりと揺れた青い髪が目に入りそちらに目を向ける。


「また会った」


「どうも、こんにちは。ところで私に何か用でもあったのかな? わざわざ、こんなことして」


 俺の言葉に、一度首を傾げたマリーンさんだったが少しして何を聞きたいのか理解してくれたらしい。ポン、と手を叩いて酒場の方を指さした。


「おすすめはランページファングのステーキ」


「私今酒場メニューを聞いてたっけ?」


 うっすらとそんな気はしていたが、思っていた以上に不思議っ娘だったようだ。

 こてーんと首を傾けているマリーンさんの回答になっていない返答に内心で頭を抱えていると、エリーゼさんにサインのため呼ばれる。


 一度マリーンさんに断りを入れてから受付に向かうと、サインの途中でエリーゼさんがこそっと俺に耳打ちしてきた。


「トーリさん。いったいいつからマリーンさんとお知り合いになったんですか?」


「いつからって……今日ギルドに来る前ですね。彼女、そんな有名人なんですか?」


 そう聞けば、先程よりも深い深いため息を吐かれてしまった。

 そしてエリーゼさんは俺に言い聞かせるように「いいですか」と前置きしてから教えてくれた。


「彼女はあの『白亜の剣』に所属する、『魔女』という二つ名で呼ばれる星6つの冒険者ですよ……!」


 俺は頭を抱えた。

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