第8話:魔法使いの少女

「いやぁ、ありがとう。ああいう物の目利きは、まだ慣れてなくてね」


「構わない。少し目についたから教えただけ」


 そう言って、隣を歩くのは先程の屋台で出会ったマリーンと名乗る少女。

 はて、何処かで見たことがあるような気がしなくもないのだが、特にこれと言って思い出せないため気のせいかもしれない。


 まぁ転生してからすでに二週間以上経っているのだ。この街の散策中に見かけた可能性もあるだろうし、そこまで気にする必要はない。


「しかし、ヒヒイロカネか。見ただけで純度がわかるなんてすごいね」


「別に。魔法使いだから、そういうのは見ればなんとなくわかる」


 これ常識、と何でもないことのように言うマリーンさんの言葉に、思わず「ウッ」と言葉が詰まった。

 一応隠してはいるが、俺も最強を名乗ろうとする魔法使いだ。

 そんな俺にできないことがこの世界の魔法使いにとっての当然だと言われると、できないまま放置するわけにはいかなくなる。


「(普通の魔法使いにできることが、最強を名乗る魔法使いにできない、なんてことになったらダサすぎる……!)」


 それに魔法関係の目利きができれば、色々と役に立つことが多いかもしれない。

 実際にこの少女は、手にすることもなくあのヒヒイロカネとやらの純度を見破ってみみせたのだ。何かしらコツがあるのであれば、是非教えてもらいたいものだ。


「もしよかったら、ヒヒイロカネの純度を見抜くコツを教えてもらえないかな? 少ないけど、お礼も支払おう」


「いらない。それよりも聞きたいことがある」


わたしに?」


「そう」


 それだけ言って頷いた彼女は、一度立ち止まってこちらを見る。


「あの店にあった魔道具は全部魔法使い用。剣士のあなたでは使えないもの」


「……あー、なるほど?」


「うん」


 ……


 …………


 え、そこで止めるの?


 それっきりじーっとこちらを見るだけで何も言わなくなったマリーンさんは、元からそうなのだろう感情の乏しい顔で俺の返答を待っている様子だった。


 髪色と同じ青い瞳が俺をまっすぐに見つめている。


「えっと……つまり君が聞きたいのは、何で剣士の私が魔道具に興味を持っていたのか、ということかな?」


「そう言ってる」


 言ってねぇよ。


「剣士でも、魔力を持っている人はいるだろ? 別に不思議なことじゃないと思うけど」


「魔力を持っているのと、魔法が使えるのとは別。魔法が使えない人は、魔力を属性に変換できないから使えない。あの魔道具は、属性に変換した魔力でないと動かない」


「へ、へぇ……そうなんだ……」


 その知識は、残念ながら今の俺が持っていないものだった。

 なるほど、だからこそ才能、なのだろう。


 空間魔法はそれだけでかなりの魔力を消費する魔法だ。それを扱うためには当然ながら大量の魔力を必要とするため、俺自身の魔力量は相当なもののはず。

 貰い物の才能は、その魔力をどれだけその属性に変換できるかの才能だったのだろう。


 タンクだけバカでかくても、出力できる量がカスなら当然だな。


「君の質問に答えるなら、俺も魔法が使えるから、というのが理由だな。物珍しかったし、興味があった」


「わからない。魔法が使えるなら、どうして魔法使いではなく剣士をやるのか」


「別に魔法が使えても、剣が好きだって人もいるかもしれないだろう?」


 そう答えると、彼女はなるほど、と顎に手を当てて俯いた。

 そして再び顔を上げると、先ほどと同じように俺に目を合わせる。


「あなたも、魔法より剣が好き?」


「いや、別の理由だね。私の場合は使えても、攻撃に転用できない程弱い魔法しか使えないんだ」


 これが精いっぱい、と指先に火を灯して見せれば、彼女は食い入るように俺の指先を注視する。

 魔法使いである彼女にとっては、それほど珍しいものでもないだろう。いったい何をそんな真剣に見ているのか。


「……確かに。これが限界なら魔法使いは無理」


「ははっ……それはそうだ。魔法使いを名乗れる君からすれば、大したことじゃないだろうさ。けど、これくらいでも冒険には便利なんだよ?」


 火種を作るのに苦労しないし、飲み水程度なら用意できる。暑ければ風を吹かして涼めるし、一握の土も魔物相手に目潰するならちょうどいい。

 実際そうしてこの四属性の魔法を使う機会は、この街で冒険者を始めてから結構あった。文字通りのカスの出力だが、使えるのと使えないのとでは全く別だろう。


 おかげで、ソロの冒険者でもわりと不自由することなく依頼をこなせている。

 そう話をすると、マリーンさんも興味深そうに話を聞いてくれているようだった。


「まぁつまりだ。弱くても魔法が使えるからさっきみたいな魔道具とやらも使えるし、だからこそ購入するかを考えていたわけで……ん?」


 とりあえず、これで理由の説明はできただろうとみてみれば、何故か俺を凝視したまま動かないマリーンさん。

 先ほどから全くと言っていいほど変化のなかった無表情だが、気持ち程度に目が見開かれている……ような気がする。


 何かあったのかと思って、「おーい」と彼女の目の前で手を振った。


 すると、先ほどまでの気怠げで、反応も少なかった彼女とは到底思えない速度でその手を掴まれてしまった。

 突然のことに、思わず「うおっ!?」と情けない声をあげてしまう。


「きて」


「……はい? え、なにちょっと……!?」


 そしてそのまま俺の手を掴んでいたマリーンさんは、俺の反応など無視してスタスタと歩を進める。

 いったい何なんだとも思うが、聞いたところで何も答えてくれなさそうな雰囲気に、とりあえずは黙って連れられることにする。


 やがて目的とする場所でも見つかったのか、俺の手を引いたまま裏路地へと入っていく。

 薄暗く、人気の少ない場所だ。


「(いったいこんな場所で何を……ハッ!? まさか!?)」


 人気の少ない裏路地、そんな場所に男女で二人っきり……おまけに相手はかなりの美少女ときた。

 これは、つまりそういうことなのか……!?


 いや流されるな。そういうことなら、まずはお互いのことを知ってからだ。ましてや俺は彼女と会ったばかり。下手すりゃ年齢的に色々とアウトなことも考えられる。


「す、すまない。そう言うことに興味が無いわけではないんだが、まだ出会ったばかりの間柄でそういうことをするのはいささか問題が――」


「これに魔力を込めてみて」


「……あ、はい」


 先ほどと変わらぬ無表情で何かを握られた手を押し付けられる。

 その目を見て、勝手に舞い上がって勘違いしていた自分が少しばかり恥ずかしく思いながらも、俺はその手のものを受け取った。


 みれば、そこにあったのは赤い石。

 先ほど見たヒヒイロカネと呼ばれていた石だ。


 先ほど見たそれよりも透き通っているその石は、陽の光にかざしてみれば真っ赤な影を俺の顔に落とす。


 なるほど、純度が高いとはこういうことか。先ほどの物と比べれば、その差は歴然だな。


「えっと……それで? 何でいきなり」


「いいから、お願い」


 有無を言わせぬ、とはこういうことなのだろうか。

 こういう時に直接NOと言えないのはこっちの俺の悪いところだろう。


 仕方なく、指先に火を灯すのと同じ要領で赤色のヒヒイロカネに火属性の魔力を込めれば、もともと赤かった石は更に赤く発光する。

 それを見届けたのか、マリーンさんは「わかった」と一言だけ言って俺の手からヒヒイロカネを奪い取ると、今度は青色の石を俺の手に落とした。

 これもヒヒイロカネらしい。


「今度はこれ。水の魔力」


「え、ああ……」


 どうやら今度は、水の魔力を込めろということらしい。

 同じように魔力を込めて発光したことを確認すると、続けて緑、橙のヒヒイロカネを順に渡してくる。それぞれ、風、土の魔力を込めていく。


 そうして、四つ目の橙のヒヒイロカネが発光したことを確認したマリーンさんは「うそ……」と呟いて動きを止める。


「あの、気は済んだのかな……?」


「あなた、名前は?」


「さては話を聞いてないな?」


 思わず口にしてしまったのだが、それさえも聞いていないらしい。

 じっと俺を見上げたまま黙っているマリーンさんの様子に諦めて名乗る。


「トーリだ。最近冒険者登録して、先日星2つになったペーペーだ」

「トーリ……ん、覚えた。ありがとう」


 これあげる、と先ほどヒヒイロカネを取り出していたのと同じように懐から何かを取り出した彼女は、同じようにそれを押し付けると一人裏路地から出ていってしまった。


「……何だったんだ、いったい」


 何もかもが急であまり理解が追い付いていない。

 いったい彼女は俺の何を確認したかったのだろうか。


「……で、渡されたこれもなぁ。だからと言ってどうしろと」


 手にしたものを見れば、そこに在ったのは真っ黒に染まった石。

 黒いヒイイロカネといったところか?


「……とりあえず、ギルド行くかぁ」


 なにはともあれ、そろそろ依頼を受けないと帰る頃には日が暮れてしまう。

 手にした黒いヒヒイロカネをポケットにしまい込み、俺は裏路地を出てギルドへと向かうのだった。

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