第24話:同士討ちとか最低(笑)

「にしても甘ぇよなぁお前」


 そう言ってイーケンスは辺りを見渡すと、徐に近くに倒れている冒険者の顔を覗き込むように屈んだ。


「一人も死んでるやつがいねぇじゃねぇかよ。半分くらいは俺が来る前に斬り殺されてると思ってたんだが、こりゃ意外だわな」


「そうですね。剣は使えども、直接的な攻撃は全て拳か蹴りでしたから」


 呻き声をあげてはいるものの、周りで倒れている冒険者たちは全員生きてはいる。

 もちろん、体のどこかは折れているだろうしろくに動けないようにはしているが、教会でお金を払えば復帰は容易な程度だ。


 魔法やポーションなどが存在するこの世界では、現代日本でも全治数か月かかるような怪我も数週間あるいは直ぐにでも治すことができる。

 それこそ、最高位の神官の手にかかれば、死んでいなければ日常生活への復帰が望めるほどだ。


「はぁ? なに、こいつら手加減されたうえで負けてんのか? 使えねぇ……」


「相手は『纏い』が使えるんです。この現状は仕方ないと思いますよ」


「にしても、だろうがよ。それにおめぇもだぞアロウ。勝てるつってたくせして無様に寝転がりやがって……よっ!!」


 傍に倒れていた冒険者の頭を蹴り飛ばし、追い打ちをかけるように踏みつけるイーケンスは「反応がないとつまんねぇな」とその頭に唾を吐きかける。


 アロウに文句言ってんのに、寝転がってる冒険者相手に酷くないですかね?


「予想外の動きをされれば、私でも目測は見誤りますよ」


「あ? なんだ言い訳か?」


「いえ、事実を述べているだけですよ。現に私がやられた一撃は、『纏い』が使えるとはいえ星3つの冒険者の物ではありませんでしたから。恐らく、星4つ……いえ、それ以上かと」


「……なるほどなぁ」


 興味深そうな視線を俺へと向けるイーケンス。


 相手するのも面倒だしこっそり逃げることも考えていたが、あの手に持った蛇腹剣がその行動を許してくれそうにない。

 ジャラジャラと生き物のように揺れるそれが、まるで獲物を見定めた蛇のように見えた。


 おおすげぇ、まさにファンタジー。


「ただの邪魔な成りあがりかと思ったが……『白亜の剣』の女共が気にかけるのも納得のいく話だわな」


 立ち上がったイーケンスは再度冒険者を踏みつけると、こちらへと歩み寄ってくる。その道中で倒れている冒険者全員を踏みつけていく徹底ぶりだ。


 あらまぁ、可愛そうに。今の、星2つのクソガキじゃんざまぁ。


 そして彼我の距離が半分ほどになると、イーケンスは「お?」と何かを見つけたのか足を止めた。


「なんだよおい! 子供がいるのかよ!」


「っ……!」


「おっと、大丈夫大丈夫。安心してな」


 イーケンスの大声に驚いたリップちゃんが俺の服を強く握りしめる。

 そんな彼女を安心させるように、背中を手で軽く叩きながら声をかける。


「おいアロウ! あれは俺のために用意したもんか?」


「ええ。次は子供がいいとおっしゃられてましたからね。ちょうど、泊まり込んでいた宿にあなたが気に入りそうな子がいましたので。人質も兼ねて連れてきたんですよ」


「気が利くじゃねぇかよ!」


 流石俺の右腕、と口を大きく開けて笑うイーケンス。

 そうして暫く笑った後、イーケンスは俺に向けて言う。


「おら、そう言うことだからそいつを渡せ」


「……はい?」


「あ? 聞こえなかったのかよ。そいつは俺のために用意されたモンだ。所有する権利は俺にある」


「んー、ちょっと何言ってんのかわかんねぇわ。自分で何を言ってるのか理解してます?」


 とんでもないことを言い出したその男に向けて、俺は少しとぼけているように見せながら言葉を返した。


 自分のために用意されたものだから渡せ? ちょっと頭がかわいそうなチャラ男なのかもしれない。


「御託は良いんだよ。痛い目見たくなけりゃ、さっさとそれをこっちに渡せって言ってんだ」


「だがことわ――」


 言い切る前に刃が地をかけて襲い掛かってくる。

 咄嗟に剣を振るったが、一度ではなく、二度三度と宙を舞うように連なった刃が剣を叩く。


「(おっと、それなりに重い)」

 

 リップちゃんを庇いながら、片手で防ぐしかないとはいえ『纏い』は今も使用中。

 意外と重く感じた一撃。リリタンさんのような重量級の武器でもない蛇腹剣でここまでの威力を出せるのは、流石星5つと言ったところだろうか。


「ほぉ……今のを片手で防ぐか。そこらの奴らよりは使えそうだなお前」


「そりゃどうも」


 蛇腹剣を鞘へと納めたイーケンスは、俺を見てニヤリと笑う。


「邪魔になるなら殺すことも考えたが、やめだ。『新人遅れオールドルーキー』、お前俺の下につけ。少なくとも、お前の周りでギャーギャー騒いでる雑魚どもより役立ちそうだしな」


「え、何で?」


 イーケンスは大きなため息を吐き、「わかってねぇなぁ」と肩を竦めた。


「命は助けてやるって言ってんだぜ? いくら強いとは言っても、所詮お前は俺には及ばねぇ。それを守るために戦っても結局は無駄死にするだけだ」


 それ、と俺に抱き着いているリップちゃんを指さしたイーケンス。

 ギュッ、と更に強く服が握られた。


「なら、早いとこそれを俺に渡して下についた方が賢い選択になるぜ? お前は死ぬこともない。俺は欲しいもんが手に入って嬉しい。どっちにも利はあるだろ?」


「……ほーん。ちなみに、あんたはこの子をどうするつもりだ」


「あん? 別に? ただ遊び相手になってもらうだけだ」


「遊び相手……?」


 俺の言葉に、そうそうと頷いたイーケンスは、懐から何かを取り出した。

 よく見れば、それは刃毀れの酷い錆びたナイフだ。


「俺は女が泣き叫んでる声を聴くのが好きでな。特に自分を強いと勘違いしてる奴が、泣きながら命乞いするのを見ると気分がいい。ああ、絶頂するような気になる」


 これはそのためのもんだ、とイーケンスはナイフをくるくると回す。


 変態だけど、もっとヤバい変態だったわ。


「でもなぁ、そういう女は飽きちまってよぉ。たまには趣向を変えようって話なんだわ。俺もまだ試したことはねぇが、どんな声で泣くのか楽しみでしかた――」


 ビュンッ、と『纏い』で強化した剣で弾いた石が楽しそうに話すイーケンスの頬を掠める。


「あ、どうもすみません。つい手が滑りましたわ。でもそんな糞みたいな口ならなくても困らないでしょうし、むしろなくなったら感謝してほしいですね」


「……はぁ。せっかく人が楽しく話してるってのによ。邪魔するのはどうかと思うぜ? 『新人遅れオールドルーキー』」


 やれやれと蛇腹剣を構えたイーケンスは、残念そうにこちらを見る。

 対して、俺もリップちゃんを腕に抱いたまま立ち上がった。


「アハハ! 面白いこと言いますね。一回生まれなおしてきたらどうですか? ゴブリンにでも。生まれなおした瞬間にその首跳ねてやるからよ」


「言うじゃねぇか。ったく、お前がいれば『白亜の剣』の女共で遊ぶチャンスもあると思ったんだが……なぁ!!」


 振るわれた蛇腹剣が物理法則を無視したように伸び、連結した刃が襲い掛かってくる。


「(へぇ、蛇腹剣ってあんな風に使うのか)」


 森の中の戦闘において、間合いの広い武器は不利になる。

 ましてや、イーケンスが使用している蛇腹剣は見た目以上の長さにまで伸びるのだ。普通なら木に阻まれてろくに振るうこともできないはずだが、器用に振るって木々を縫うように俺へと刃を届かせていた。


「(星5つってのは本当なんだな。俺には及ばないけど)」


「おにいさんこわい……!」


「っと、そうだった」


 しっかりとしがみ付いていたリップちゃんの怯えた声に現実に引き戻される。


「ごめんな、リップちゃん。こんな森からはさっさとおさらばするか」


「行かせると思っていますか?」


「おっとぉ?」


 ボーリスへと向けた足だったが、横から振るわれた剣によって後退せざるを得なかった。

 見れば、そこには片手で剣を握るアロウの姿。もう片方の腕は先程の蹴りで動かせないようだ。


「おおかた、ボーリスまで逃げきれると思っていたんでしょうが、それを許すほど我々『蛇の巣』も甘くはないですよ」


 きなさい、というアロウの呼びかけで周りからぞろぞろと冒険者たちがやってくる。


 もう動けるようになったのかと思ったが、ポーションを使用したのだろう。傷が癒えているのが見て取れた。


「へへっ、どうすんだ『新人遅れオールドルーキー』。今ならまだ、俺の下につくのも許可してやるぜ?」


 アロウ達と対峙していると、背後からやってきたイーケンスが気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 自分が絶対強者の立場にいることをわかったうえでの脅しの笑み。


 周りは取り囲まれて、逃亡は不可能。そして俺には守るべき子供が一人。それも腕に抱えながらの戦闘だ。


 誰がどう見ても不利な状況だろう。


 いやぁ、困った困った。

 どうしよっかなぁ!


「おにいさん……」


「大丈夫だよ。リップちゃんはちゃんと、お家まで送るからね」


 不安げな様子で俺を腕の中から見上げるリップちゃん。

 そんな彼女を安心させるために、俺は変わらず優しく声をかけ続ける。


「俺の気は長くねぇんだよ。答えるなら早くしろ。だが……断ったらわかってんだろうな?」


 振りぬいた蛇腹剣の刃が、俺の鎧の一部を掠める。

 それだけで刃が触れた部分はひしゃげ、そして弾き飛ばされてしまった。


 まったく、短気は損気って言葉を知らないのかね。人に言えたことではないけど。


「リップちゃん」


「な、なに……おにいさん……」


「暫くの間、目を瞑って耳もふさいでくれないかな。おにいさんを信じて、少しだけ」


 腕の中の小さな彼女に目を向ければ、一度小さな瞳がぎゅっと閉じられる。

 そして次に開いたときには、強い意志を持った瞳がそこに在った


「……うん! おにいさんのことしんじる……!」


「よしっ! いい子だ! 偉いぞ」


 わしゃわしゃとリップちゃんの髪を撫でつけてやれば、安心したように笑みを浮かべてくれた。

 そして目を閉じて、耳もふさいだリップちゃんを俺は地面に降ろすと、イーケンスから庇うように前に出る。


「お、なんだ。諦めて、俺の下につく気になったか?」


「は? さっきからずっとお断りしてんだろうが。記憶力がねぇなら蛇より鶏の王様でも気取ってれば? その髪も鶏冠みたいにしてやるからよ」


「……どうやら本気で死にてぇみたいだな」


 ジャラジャラと音をたてる蛇腹剣。

 そして周りを取り囲むアロウら冒険者たち。


「じゃぁ死ね! それは俺が有効活用してやるからよぉ!」


 イーケンスの威勢の良い声が森に響き、手にした蛇腹剣が振るわれる。

 狙いは当然俺。見た感じは心臓を突き刺そうと一直線に刃が飛んでくる。




 当然俺も鎧はつけているのだが、先程剣で弾いた感じからして明らかに鉄よりも良い金属だろう。

 質の良い鉄である俺の鎧ではそのまま貫通して終わりだ。


 あーあやっちまったなぁ、とその刃を『纏い』も使わずに受け入れる。



「ガフッ!? え……なん……で……」


 直後、背後にいた冒険者の一人が胸から血を噴き出して倒れた。

 みれば、その胸には背中まで貫かれた跡が残っている。


「は?」


「なっ……!? い、いったいどういうことですか……!?」


「あーあ、やったやった。やっちまったなぁ。俺を殺すつもりが、まさか仲間を間違って殺すなんてひどい王様だなぁ! お前らも同じように殺されんじゃねぇかなぁ!」


 周りに聞こえるように大きな声で。

 イーケンスによって仲間が殺されたんだと、周りの冒険者たちが理解できるように。


「イ、イーケンスの旦那、ほ、本当なんですか!?」


 その言葉を信じたのか、冒険者の一人がイーケンスに問いただす。

 だがイーケンスも何が起きたのか理解していないのだろう。辺りを見回し、俺に目を向け、そしてその冒険者に怒鳴るように声を上げた。


「んなわけねぇだろ!? 騙されんじゃねぇ! クソッ、何をしたのかしらねぇが、今度は外さねぇぞ!!」


 ジャラジャラとうねる蛇腹剣。

 生き物のように宙を走るそれは、俺の囲い込む蜷局のように展開された。


 長さとか動きとか、物理法則どうしたんだと突っ込みたくなる。


「死ねぇ!!」


 イーケンスの合図とともに、周囲の刃が迫ってくる。

 

 なるほど、逃げ場をなくした上で全身をズタズタに引き裂くつもりか。


 フードプロセッサーかな?


「……まぁ」


 無駄なんだけど。


 迫った刃が俺の体に触れる直前、その刃そのものが俺の体ではない別の何かに吸い込まれるようにして消えた。


「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」」」」」」


「な、どうなってやがる……!? おい、アロウ!!」


「わかりません! 私にも何が何だか……!!」


 囲まれた刃の外から響く悲鳴と焦る声。

 その声を耳にしながら、俺は一人うまくいったと笑うのだった。



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