第6話:俺は星1つの冒険者

「せいっ!」


『Gya!?』


 全身が緑色をした子供のような見た目の、しかし醜悪とされる顔。

 それが俺の前方で余所見をしていた魔物であるゴブリンの特徴である。

 その背後から奇襲を仕掛けた俺は、容易くその首を斬り裂いた。


 ここ数日で生きたモノを自らの手で斬り殺す、と言う感覚にも慣れてしまったのだが、こんな短期間で慣れるものなのか。

 転生した影響で精神が変化しているのかもしれない。


「うっし、依頼分はこれで完了だな……ゴブリン相手にもだいぶ慣れたもんだ」


 フゥ―、と息を吐きながら、剣に付着したゴブリンの血を魔法で作った水で洗い流す。

 市場で買ったぼろ布で水気をふき取って鞘へと戻すと、今度は討伐証明のために右耳の一部を切り落として使い捨てにと購入した巾着へとしまい込んだ。


 あれから一週間。


 予想以上に目立ちすぎて、いったいどうなってしまうのかと割と本気でビビりまくっていたのだが、仮に魔法使いの正体が俺だと判明していれば、俺の周囲はもっと慌ただしくなっていたはずである。


 それこそ、国のお役人が急に来て「国のために働け! でなければ死ね!」みたいな。


 それがないということは、まだ正体がバレていないと考えてもいいだろう。


 手持ちの資金だった銀貨を使って、適当な宿を借りて引きこもっていたのだが、転生三日目に改めて活動を再開した。


 今では登録したての星1つの冒険者として、何とかその日暮らしをしながら生活を続けている。


「早いところ、ランクを上げないとだな……報酬がやっすいし」


 首に下げた木版に描かれる一つの星を見て、溜息を吐いた。

 

 登録時に説明を受けたこの『星』は、その冒険者の地位を表す指標となっている。

 例えば、俺の星1つは登録したばかりの新人に与えられる星を表している。


 薬草採取の依頼をメインにしていくつかの討伐依頼をこなせばすぐにでも星2つへと昇格できるらしく、そこからギルドへの貢献度や難易度の高い依頼を達成し、条件をクリアすることで星5つまで昇格できるのだ。


 ただ気を付けなければならないのは、星5つから星6つへの昇格。

 この5から6へ昇格するためには条件に加えて魔力を扱えるかどうかが昇格基準となっているらしい。


 魔法を使えないどころか、魔力すら持たない人も大勢いるこの世界において、星6つの冒険者とは選ばれた存在なんだそうだ。

 例を挙げるならば、先日俺が助けた『白亜の剣』。


 一人を除いて星5つ以上の女性冒険者が集まったパーティらしく、金髪騎士のアイシャさんは星6つのリーダーだという。


「ま、俺には関係ないがね。せめて剣士でも星3つくらいにはなりたいけど」


 剣術の才能(中)でどこまでやれるのかはわからないが、謎の魔法使いムーブのためにおもての俺が強いと認識されては意味がない。


 モブみたいな目立たない奴が実は……というのが魅力なのだ。


 まぁでも、お金が欲しいことは事実であるため、冒険者として一人前とされる星3つには昇格しておきたいのは本音でもある。


「さて、帰るか」


 背負い袋の中に広がる拡張空間に討伐証明部位を詰めた巾着を放り込む。

 表立って空間魔法を使えないが、『拡張』による容量を増やした背負い袋については使用することにした。


 というのも、そういった所謂アイテムボックスのような物は少なからず存在しているからだ。

 曰く、ダンジョンとやらでこの類のアイテムが見つかるらしい。


 親の形見、的なカバーストーリーを用意しておけばいいだろう。

 だがそれでも、高価なアイテムであることには変わりないため自ら吹聴することはしないが。


 ゴブリン相手程度にそれほど疲弊することもなく、俺はボーリスの街への帰路に就く。

 途中でいくつかの薬草を摘み、猪のような見た目をした魔物であるランページファングを狩った。


 確かランページファングは星2つで討伐依頼が受注できたはず。

 依頼ならともかく、向こうから襲い掛かってきたものを討伐したんだ。仕方ないと思ってくれるだろう。


 なんなら、すぐにでも昇格を考えてくれるかもしれない。


 血抜きのため、少し寄り道と道草を食ってから街に入った俺は、そのままの足でギルドへと向かう。


「お疲れ様です、トーリさん」


 そう言って丁寧に声をかけてくれたのはここボーリスのギルドの受付嬢であるエリーゼさん。

 俺の冒険者登録をやってくれた後、アイシャさん達に詰められて涙目になっていた女性だ。


「ありがとうございます、エリーゼさん。これ、討伐証明です。それから、途中でこいつに襲われまして……できればギルドの方で解体をお願いしたいのですが」


「はい、承りました。ランページファングについては買取もしますが、どうされますか?」


「では肉以外は買取をお願いします。肉は持ち帰るので、包んでいただけると助かります」


 ゴブリンの耳を詰めた巾着を受付に差し出し、少し大変ではあったが担いで持ち帰ったランページファングを買い取りの台へと運び込む。

 エリーゼさんが巾着を籠に移して受付の後ろの扉へ運び込むと、代わりに血だらけの前掛けを身に着けた屈強なおっさんが出てきた。


「新人。このランページファングでよかったか?」


「はい、お願いします。肉は持ち帰りますので」


「おう、なら少し待っててくれ」


 見た目に反して案外気さくな彼は、冒険者ではなくこのギルドで持ち込まれた魔物の解体を請け負う『解体屋』だ。

 魔物を丸ごと売り払うなら関係ないが、素材や食用部位が欲しい場合は彼に解体費を払うことで解体してもらえる。


 金はかかるが、ランページファングは肉以外にも牙や毛皮が買い取りOKであるため、その費用から差し引かれることになる。


 そしてランページファングを担いで奥へと引っ込んでいった解体屋のおっさんと入れ違いになるように再びエリーゼさんが現れると、手にしていた依頼書を広げてみせる。


 俺が依頼を受けた際にサインしたものだ。


「確認が取れました。ゴブリン3匹の討伐、達成です。おめでとうございます」


「ええ、ありがとうございます」


 サインした依頼書にエリーゼさんが判を押す。

 これで俺が受注した『ゴブリン3匹の討伐依頼』は達成されたことになる。


「それでは、解体が終わるまで暫く待っていてください」


 エリーゼさんの言葉に、「わかりました」と頷いて引き下がった俺は、待っている間何をしようかとギルドの中を見回した。


 一応酒場も併設されているのだが、今はまだ飲む時ではない。

 異世界最初の酒は、俺の噂を聞くときと決めているのだ。


「(初日は、それどころじゃなかったもんなぁ……)」


「おい、あれ……」


「ああ、あれで俺らより年上らしいぞ」


「何で今更、冒険者やろうって思ったんだよあいつ」


 ふと、そんな声が聞こえたためそちらを見てみれば、何人かの男性冒険者たちがこちらを見てコソコソと話しているのが見えた。

 何を話しているのか、それくらいは予想がつく。


 彼らは俺の胸元……そこにある木版を見ていた。


「(まぁ、気持ちはわからんでもない)」


 冒険者は、早ければこの世界における成人年齢である15歳から登録が可能となっている。

 故に星1つの25歳と言うのは、登録したばかりとはいえ嘲笑の対象なのだろう。


 活動再開した際に年齢を聞かれて馬鹿正直に答えたのは間違いだったかもしれない。


 全員俺よりも年下の10代で星3つの冒険者だ。格下である年上など、物珍しい上にいいネタにしかならないのだろう。


 そしてそれ故なのか、周りの冒険者たちからはあまり良くは思われていないらしい。


「(いいさ、表でもすぐそこまで上がってやる)」


 隠すことが多いため、もともとソロで活動する予定なのだ。良く思われていないなら、それはそれでいいとしよう。


 ただ、俺が本気を出せば全員まとめてけちょんけちょんにできるのだ。何を言われたところで悔しいとは思わない。


 そうして暫くの間、ボーリスの冒険者たち相手に無双する自分を想像していると、受付からエリーゼさんに名を呼ばれた。

 少年の先輩冒険者たちはすでにいなくなっていたようだ。


 ランページファングの肉と依頼と買取の報酬を受け取った俺は、エリーゼさんにお礼を言うとすぐにギルドを出て拠点としている宿へと向かった。


 星2つの冒険者に昇格できたのはそれから五日後のことである。

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