第5話:報告とギルドマスター

「うーむ……普通ならば、夢でも見ていたか法螺話だと一蹴したんだがな。『白亜の剣』のリーダーでもあるお前さんが言うんだ。嘘はないんだろう」


わたくしは真実しか話してませんわ!」


 失礼な、と不機嫌になるアイシャを見て、悪い悪いと苦笑を浮かべる上裸の老人。

 彼こそ、このボーリスの街における冒険者ギルドにおいてトップを務めるギルドマスター。


 名をボールスといい、現役時代は単独で星6つにまで上り詰めたほどの実力者だ。


 そんな彼は現在、ギルド2階の執務室にて二人の冒険者と対峙していた。


 一人は金髪の女性騎士であるアイシャ・ガーデン。

 鎧は魔物との戦闘で半壊してはいるものの、ポーションと教会での治療によって目立った傷は見当たらない。

 

 ここボーリスの街、どころかグレーアイル王国でみても最上位の実力を持つ星6つの冒険者だ。

 魔法を扱う才能はないものの、魔力を扱うことが可能な彼女は、魔力伝達の高いミスリルで作られた鎧と剣に魔力を通すことで耐久性能の向上に加えて、斬撃の鋭さや威力を増すことができる。


 家名があることからわかる通り、ガーデン家に名を連ねる彼女は幼いころから剣術を修めていた。

 今ではその剣の実力から『斬姫』と呼ばれるほどだ。


 そしてもう一人。

 アイシャの隣で静かに目を瞑るのは大柄な男性にも劣らない体躯を持つ白髪はくはつ褐色肌の女性。

 名前をリリタン。


 『白亜の剣』に所属する元傭兵の冒険者で、冒険者のランクは星5つ。

 強さが基準に達していても、魔力を扱う才能がなければ星6つには昇格できないため、その手の才能がない者にとっては5つが最高ランクとなる。

 だが魔力に依らない怪力無双は、星6つの冒険者にも劣らないと断言できる。


 筋骨隆々の男でさえ持ち上げるのがやっとの武器を、彼女は平然と振り回した挙句壊してしまう程。

 そんな彼女の力にも耐えうる『龍狩り』を持って魔物を狩ることから、『剛槍』とも呼ばれているのだ。


 ……なおこれは別にはなるが、男性も女性もイケるため『性豪』なんて呼ばれていたりもする。


「リリタン。お前もその魔法使いは見たのか?」


「……いや、オレは見てねぇ。地竜の攻撃を喰らって意識がなかったんでな」


 口を開いたリリタンへと目を向けたボールスは、彼女の言葉に「そうか」と天井を仰いだ。


「……まぁ、お前さんがこんな下手な嘘なんてつかねぇってことはよく知っている。が、聞くだけならあまりにも荒唐無稽な話だ。おまけに突然現れた竜種ってのもなぁ……」


「重々承知していますわ。ですので、これを」


 アイシャは懐から何かを取り出すと、それをボールスの目の前へと置いた。

 まるで闇夜のように暗く、そして黒いそれを手にして目の前まで持ち上げたボールスは、「おいおい」と目を見開いてアイシャを見る。


「こりゃ……鱗か? それも竜種の、最上位のやつじゃねぇか」


「ですから先ほどから言ってますのよ。私たちが相対あいたいしたのは、地竜であったと」


「……んで、星6つが束になって漸くの竜種を容易く狩った魔法使いがいる、と」


「ええ」


 証明のためにとアイシャが持ち帰っていた鱗をまじまじと見つめるボールスは、一度その鱗を置くと改めてアイシャ達二人を見据えると、深いため息を吐いた。


 そして机の引き出しから葉巻を取り出すと、指先に灯した炎で葉巻に火をつけた。


 ふぅー、とボールスの口から煙が溢れる。


「どこのどいつかは知らないが、えらいことをやってくれたなまったく……」


「ちょっと、私たちがいますのよ?」


「うるせぇ! 吸わなきゃやってられねぇよ!」


 伝承においてたったの数体で国を滅ぼした化物が竜種と呼ばれる魔物だ。

 奇襲を受けて満足に戦えなかったようだが、ボーリスが誇る最強の冒険者パーティである『白亜の剣』でも真正面から地竜に勝てるかと言えば「わからない」と言わざるを得ない。


 そんな相手を、たった一人の魔法使いが、それも苦戦することなく一瞬で討伐したという。


「どうなさるおつもりで?」


「どうもしない、と言いたいところだがな。そいつが敵か味方かもまだわからねぇんだ。とりあえずは報告するしかねぇよ」


 冒険者が集うギルドはどこの国にも属さない中立の組織ではあるものの、国や街に拠点を構える都合上どんな魔物が現れたのか、そして討伐の状況はどうなっているのか情報共有する必要がある。


 万が一、冒険者だけでは対応が困難であった場合、街を治める貴族や国から騎士を派遣してもらう必要があるからだ。


 当然その分の出費などで揉める街もあるのだが、ボーリスの街はすぐ傍に『帰らずの森』という危険地帯が存在するため、街の貴族であるブリテッド男爵家とは比較的良好な関係を築けている。


 今回の情報共有は『帰らずの森』にて『白亜の剣』が竜種である地竜に遭遇したことを報告しなければならない。


「そうなると……」


「ああ。当然、地竜が討伐されていることも報告しなきゃならん。で、討伐したのは遭遇した『白亜の剣』ではなく、どこからともなく現れた無名の魔法使いだ。……こんな話、俺の言葉で信じてくれるのかねぇ」


「私からも一筆したためますわ。実際見たのは私ですし、ガーデン家の私の言葉なら信じていただけるでしょう」


「……助かる」


 もう一度葉巻を吸って煙を吐き出したボールス。

 筋骨隆々の彼の体が、どことなく小さく見えるほど疲れた顔をしていた。


 だがそれも当然の話だろう。


 竜種とはそれほどの存在なのだ。

 国の名だたる実力者をかき集め、多大な犠牲を払ったうえで討伐できる真正の化物。


 そんな化物をたったの一人で討伐する魔法使いが現れたのだ。考えなくても厄介ごとだとわかる。それも特大の。

 隠蔽したいのはやまやまだが、街の貴族との情報共有はギルドマスターに課せられた義務だ。


 あとでバレれば、さらに面倒なことになるのは間違いない。


「……今ほど、ギルドマスターになったことを後悔する日はねぇよ。竜種の単独討伐たぁ、どんなイカレた魔法使いだまったく……」


「……私は、そう悪い人ではないと思いたいですわ」


「助けられたお前からすればそうだろうな。だが、こんな大事が街一つで終わるわけがない。すぐにでも国の上層部に伝わるだろうよ」


 そうなりゃどうなるか俺にも予想がつかん、とボールスは言う。


「ガーデン家の者として、せめて一言。お礼を言いたいですわ」


「見つかればな。それまでは待つか、自分で探すしかねぇだろうよ。地竜については後で大まかな場所を教えてくれ。『帰らずの森』の奥に入れる奴を選抜して回収に向かわせる。……全部回収できるかはわからねぇがな」


 場所が場所だしなぁ、とため息を吐いたボールス。


 そんな彼は、さっさと全員復帰してくれよ、と二人に声をかけた。

 その言葉に従い、二人は執務室を後にするとそのままの足でギルドを出る。


「……で? 探すのか?」


「当然ですわ」


 リリタンの言葉にアイシャは即答した。


「見当はついているのか?」


「まったく。ですが、どれだけ強くとも人であることに変わりはないはず。となれば、あの場所から一番近いこのボーリスへと赴くこともあるはずですわ」


「まぁ食料買ったりするならの話だがな。あの森で自給自足してたら意味はねぇが」


「……ちょっと捨てきれない可能性で怖いですわね」


 あれだけの強さだ。リリタンの突飛な予想に、一瞬だけあり得るかもと考えたアイシャだった。


「まぁけど、街に来るってのはあり得る話だ。それでいうなら、この街も候補だろうよ」


「……ゴホン。ええ、そうですわ。それに、あれだけの強さですもの。到底隠しきれるものではなくてよ」


 ただ、とアイシャは言葉を続ける。


「今はサランたちの回復が最優先ですわ。魔法使いを探すのは、全員がそろった後よ」


「もちろん。同じ魔法使いだし、マリーンがいれば何かわかるかもしれないしな。オレも壊れた《龍狩り》を修理しなきゃだし、当分は娼館通いでもするかねぇ」


「そこに関しては私、関与は致しませんわよ。まぁでも、ウィーネにも心配を掛けましたし、暫くゆっくりすることには同意ですわね。……できれば、ですが」


「……だよなぁ」


 きっと、状況報告のために王都に呼び出されるだろうとため息を吐く二人。


 暫く歩いて見えてきた教会。

 その入り口で待っていた少女が、こちらを見て駆けだし――そして何かに蹴躓いて倒れるのを見て、彼女らは二人は漸く苦笑を浮かべるのだった。

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