第3話:地竜遭遇 表

「ぐぅっ……! や、やられましたわっ……! まさか地中から奇襲とは……!」


「アイシャ!」


 とある森の中、ボロボロになった鎧姿の騎士が半ばで折れてしまった剣を目の前の魔物へと向けていた。


 人の居住域であるグレーアイル王国。その東の端にあるボーリスの街。そしてそのボーリスの街から東へと進んだ先にあるのが、ここ『帰らずの森』である。

 その名の通り、一度奥まで踏み込んでしまえば二度と還ることができないと噂されているこの森は、奥へと進めば進むほど魔物の脅威度が跳ね上がる。


 森の中盤までであれば腕の立つ冒険者であれば問題はない。

 だが、それよりも奥へと進めるのは高位の冒険者の中でも一握りの実力者のみ。


 冒険者の実力を示す星で言えば、最高ランクとされる星6つのパーティのみが足を踏み入れることをギルドから許可される。


「一度退くぞ! このままじゃ皆殺られる……! 殿しんがりはオレが務める! お前は負傷したマリーンとサランを連れて行け!」


「でもリリタン! わたくしはこの『白亜はくあつるぎ』のリーダーですのよ……!? グゥッ……!?」


「片腕動いてねぇだろ! 怪我してるならオレに任せて退け! 森の入り口まで進めばウィーネが待機している!」


 アイシャが周りを見回せば、そこには負傷した二人の仲間達が倒れている。

 魔法使いのマリーンとパーティの斥候を担うサラン。


 彼女ら『白亜の剣』と呼ばれる冒険者パーティにとって、今のこの状況は予想外も予想外だった。

 もちろん、油断したつもりはない。

 この『帰らずの森』の奥地において、油断などすれば瞬く間に自らの命を失うことになる。


 何度もこの森の奥地を探索している彼女らでさえ、いつものように十分に警戒して探索を進めていたのだ。


 だがそれでも、予想だにしなかった地中からの奇襲には対応が遅れてしまった。


「たく、運がねぇなぁ! こんなのと対面することになるとはよぉ……!」


 自身の得物である巨大な槍『龍狩り』を構えて悪態を吐くリリタンは、目の前の魔物を睨みつける。


 ギョロギョロと忙しなく動いていた金色の瞳が、目の前のリリタンを捉えた。


「来いよ……! 『龍狩り』の名前通りに、お前を狩ってやる……!」


 10メートルを超える真っ黒の巨体に、いかなる刃も通さないとされる鱗。

 そして地中を掘り進み、硬い岩盤ですら容易く掘削してしまう強靭な爪と四肢。


 地竜


 竜種に数えられるそれは、魔物の中でも最上位の危険度を誇り、星6つの冒険者が束になって漸く相打ちに持ち込める化物。それが今『白亜の剣』と対峙する魔物である。


「ゼヤァ!」


 身の丈以上の『龍狩り』を振り回し、遠心力も乗せた全力の一撃を叩き込むリリタン。

 パーティ随一の怪力を持つ彼女のその一撃は、並みの魔物であれば木端微塵に叩き潰すことも可能なほどの威力を誇る。


 だが、いま彼女が相手にしているのは、そんな並みの魔物とはわけが違う。


「カッテェ……!」


 叩きつけられた一撃はわずかに地竜の鱗を傷つけただけに終わる。

 そして代わりに、『龍狩り』を手から零しそうになるほどの衝撃が彼女の両腕を襲った。


 その衝撃に思わず顔を顰めたリリタン。

 だが殿としてここで退くわけにはいかない、と痺れる手で無理やり『龍狩り』を握りしめると、今度は鱗のない目を狙って穂先を突きつけた。


「リリタン!」

「ッ!? ガッ!?」


 直後、背後で倒れた仲間達を抱き起こしていたアイシャの声が響いた。


 流石一流の冒険者と言うべきか、リリタンはその声にすかさず反応して見せると死角から襲い掛かってきた地竜の尾の一撃を『龍狩り』を盾にすることで防いで見せた。


 だが、体格差がありすぎた。


 長身の男性と比べても遜色のないほどの肉体を持つリリタンであっても、魔物の竜が相手では覆せない差が存在する。

 例え尾であってもそれは変わらない。


 そんな大質量の、固い鱗で覆われた尾が勢い良く叩きつけられたのだ。槍を盾にして防いでも無傷とはいかないだろう。


 宙で受け止めたリリタンは踏ん張ることもできず、地面へと叩きつけられてしまった。


 叩きつけられた衝撃で出来上がった小さなクレーター。

 その中心で倒れるリリタンの姿を見たアイシャは、「リリタン!?」と悲鳴のような声を上げる。


「やはり、私が何とかしなければ……!」


 待っていてください、とマリーンとサランをその場に横にしてアイシャは立ち上がる。

 高名な鍛冶師に鍛えてもらった己の剣はすでに折れてはいるが、彼女の心はまだ折れていない。


 仲間たちは必ず生きてこの場から返す。そのためには、自身がこの地竜を討たなければならない。


「(私に、できるのでしょうか……いや、やってみせます……! やらなければなりません……!)」


 半ばで折れてしまった愛剣を片手で構えて、彼女は目の前の地竜を見据えた。


 勝てるかどうかはわからない。むしろ、勝てない可能性の方が高いだろう。

 それでも彼女は仲間達のために、そして『白亜の剣』のリーダーとして、目の前の脅威に立ち向かわなければならないのだ。


「(折れはしても、剣の刃はまだ残っていますわ。刃がなくなったのならこの拳を、拳が潰れれば噛みついてでも、私は抗ってみせます……!)」


 さぁこい、私は『白亜の剣』のリーダーにして、ガーデン家に名を連ねる貴族。


「この命に代えても、私の仲間達に手出しはさせ――」


 ギョロンッ、と金色の瞳がアイシャを捉えた。


 それと同時にアイシャに向かってパカリと地竜の口が大きく開く。

 見れば、その口の奥にはとてつもない量の魔力が収束を始めていた。


「(まずい……!? ここでブレスなんてされたら……!!)」


 地竜などの竜種と呼ばれる魔物が最上位に分類される理由としてまず第一にその巨大な体躯と、その体に見合った頑健さが挙げられる。

 竜種の体は固い鱗に覆われ、並みの武器では歯が立たない。そしてその膂力から繰り出される一撃はあらゆるものを粉砕するとされている。


 では距離を取って戦えばいいのではないか。

 そう考える者もいるが、竜種は魔物の中でも特に膨大な魔力を有する魔物。

 その魔力は先述した鱗の強化や属性魔法などの使用などに用いられるのだが、使用用途はそれだけではない。


 ブレス

 これこそが竜種が他の魔物と隔絶した脅威とされる理由だろう。


 体内の魔力を喉元に収束して放つ。

 ただそれだけのシンプルな攻撃だが、竜種の魔力量から放たれるそれは容易く街一つを滅ぼせる。

 伝承では、数体の竜種のブレスによって一つの国が滅んだとも言われているのだ。


 そのブレスが、今自分に向けられている。


「(私だけなら、何とか避けられる……でもっ……!)」


 チラと背後を振り返れば、そこには動けない仲間たちの姿。

 抱えて逃げようにも、今の彼女には二人を運ぶ余裕はない。


 まして仲間を残して一人逃げるなど、そんなことは彼女にできなかった。


「(……ここまで、ですわね。思えば、貴族に生まれてから随分自由にやってきましたわ。ふふっ、お父様、お母様。剣にしか興味のない、不出来な娘でごめんなさい)」


 そして彼女は背後で倒れ伏す仲間達にも心の中で謝るのだ。

 リーダーとして、こんな結果になってしまったことを。


「ウィーネは……大丈夫かしら。それだけが心配ですわ」


 収束しきったブレスから感じ取れる魔力はとてつもない量になっている。

 あれが放たれれば、自分等跡形もなく消し飛んでしまうだろう。


「私たちはここまで。願わくば、この竜を、私達以外の誰かが討伐してくれることを願いますわ」


 そう呟いて、彼女は……アイシャ・ガーデンはそっと目を閉じた。


 まもなく魔力の奔流が放たれる。














 ことはなかった。


 耳に轟いた爆発音に、アイシャは思わず閉じていた眼を開いた。


「っ!? な、何が起きましたの!?」


 見れば、そこにいたのは口元から勢いよく煙を噴き出して仰け反った地竜の姿。

 そしてそんな地竜の前に立つ、黒いローブを纏った人影。


 先ほどまで感じ取っていたブレスの魔力は感じ取れない。


「(まさか失敗? 竜種が? ブレスを?)」


 どういうことか、何が起こったのか、あれは誰なのか。

 ぐるぐると彼女の頭の中を疑問が覆い尽くすのだが、直後に地竜が辺り一帯に轟くような咆哮をあげたことで現実に引き戻された。


 そして地竜の目が、黒ローブの人物へと向けられた。


「っ! 危ないですわ! 早くそこから逃げなさい!」


 力の限り叫んで伝えようとするが、地竜の咆哮に掻き消されてしまう。


 地竜はその黒ローブの人物を踏みつぶそうとしたのか、人ひとり容易くぺしゃんこにできそうな足を持ち上げた。

 とにかく助けなければ! とアイシャが黒ローブを助けようと一歩踏み出そうとしたその時、その黒ローブの人物は手を上げ、まるで何でもないことのように軽いしぐさで振り下ろす。


「――は?」


 そしてアイシャは、その場で信じられない光景を目にすることになる。

 黒ローブの人物が手を下ろしたその直後、地竜の首が簡単に、ポロリと地に落ちた。


 その信じられない光景が理解できず、彼女はしばらくの間その場に呆然と立ち尽くす。

 再び動き出したのは、黒ローブの人物が目の前にやって来てからになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る