第2話:(カス)と(極)と時々剣士

 一応ながら、会社への出勤中に人助けをして、その末に死んでしまったことは覚えている。

 死ぬ、というのはどういう感覚なのか。意識が薄れていく中でそんなことを考えていた俺は、しかし次には意識を持ったまま別の場所にいた。


 そこで出会ったのが神を名乗る存在だった。


 曰く、助けた子供は本来あの場で死ぬはずだったこと。そしてその運命を覆した俺と言う存在に興味を持ったことで、俺の死後の魂を呼び出したのだとか。


 そんな神は、俺と言う存在に神を驚かせたことの褒美として別世界での生とその別世界で生きるための力を与えてくださった。

 ……力の方はくじ引きだったのはちょっと俗的だなとは思ったが。


「でも好きに生きていい、か……」


 ある日森の中、と言うよりも目を覚ませば森の中、だ。説明も何もなければ突然攫われて、森の中に捨て置かれたとか考えそうなシチュエーション。


「とりあえず、現状の確認と……あとは日暮れまでには人の住んでいる場所を目指したいな……」


 神から与えられた力と、この異世界における最低限の知識。そして街で生活基盤を確立するまでの装備及び資金。

 一度周りを見回し、危険そうな生物がいないことを確認した俺は傍に落ちていた背負い袋を開いた。


「うーわ、これだけか……いやこれだけでもありがたいと思わなきゃだ。裸一貫とかだったらシャレにならないだろうし」


 ありがたいことに、袋の中にはこの世界のお金であろう銀色の硬貨が詰められた巾着が入っていた。

 手のひらサイズのその中に、半分ほど銀色の硬貨が詰められている。


「どのくらいの価値かは、人と会ってからだな……あとは……これは服か? いや違うな」


 布のようなものがあったため、手にして広げてみればそれは着替えではなく大きな一枚布だった。

 フードっぽい部分と紐がついていたためローブか何かなのだろう。最悪野宿になればこれを身に纏って寝るしかない。


「……せめて雨風凌げるところがいいなぁ」


 ローブを脇に置き、背負い袋の中をのぞく。

 後入っているものは小ぶりのナイフ、小瓶に入った緑色の液体が四つ。そして一冊の本。


 本? と思って手にとってタイトルを見れば、『サルでもわかる楽しい空間魔法』と書かれていた。


「いや、ありがたいんだけど……なんでサル?」


 神様の感性というものはわからん、と後光で顔もわからなかった存在を思い浮かべながら本を開くのだが、思いのほかわかりやすい内容であったため理解は早かった。


 俺が転生したこの世界は人を襲う『魔物』と呼ばれる危険生物が跋扈する剣と魔法のファンタジー世界。

 転生前にそんな説明を受けていた俺だったが、当然ながらそんな危ない世界で生きていけるほど俺は強くはない。


 そんなわけで、くじ引きで俺が手に入れた力……いわゆるチート、と呼ばれるものは以下の三つ。

 一つ目は剣術の才能(中)。

 これはとんでもない剣豪に! みたいな感じではないらしく、(中)の表記通り努力すれば並みより強い、くらいの使い手くらいにはなれる才能だそうだ。


 二つ目は四属性魔法の才能(カス)。

 いや(カス)て……という言葉はさておき、火、水、風、土というこの世界における基本的な魔法の属性を扱う才能だそうだ。なお、(カス)の文字通り初歩の初歩、例えば火種を作る魔法だったり、飲み水を作る魔法くらいしか使えないらしいが。

 それでも、この世界では魔法が使えない人が大半らしいため、あるだけいいのかもしれない。


 そして三つ目。恐らく、というか間違いなく俺に与えられた力の中では一番の問題児チート

 空間魔法の才能(きわみ)。

 この世界における基本属性には該当しない、特異属性という部類の魔法らしい。

 大昔には存在していたという記録と、その魔法を利用したアイテムなどが残っているらしいが、今ある情報としてはそれくらいだという。


「改めてみると、とんでもないな……」


 ペラリペラリと本の中身を読み進めながらそんな感想をポロリと零す。


 『転移』などの便利そうな魔法に加えて『切削』や『圧縮』といった危険そうな魔法まである。


「……ふむ。これはもしかしたら、もしかするんじゃないか?」


 そんな空間魔法の本を読んでいて、ふと思いつく。


「……謎の魔法使い、みたいな感じで目立てるのでは!?」


 普段は一般人みたいなのに、実は裏では大活躍する最強のキャラクター。


 そういうのが大好きだった者としては、是非とも同じようにやってみたい。

 あわよくば、実力者としての自分の話や噂を酒場の片隅で聞いてニヤニヤしたい。


 与えられた力は、そんな憧れを持つ俺からしてみればまさにおあつらえ向きの力だと言えるだろう。

 普段はただの剣士として活動し、裏では正体を隠し謎の魔法使いとして活躍する。


 ピンチに陥っている誰かを魔法で助け、「あれはいったい誰なんだ!」「なんて力の持ち主だ……」という話を耳に挟みながら酒を飲む。


 実に良い……!! 最高じゃないか……!!


 自身の力ではない、貰い物の力であるという点は懸念点であるが、これはあくまで才能。使いこなすには俺の努力は不可欠だ。


「とりあえず、今ここである程度使えるようにしておこう」


 ちょうど人目もない森の中だ。魔法の試し撃ちにはちょうどいいだろう。


 幸い魔法の使い方に関しても『サルでもわかる楽しい空間魔法』の中に記載されている。

 日が暮れるまでとはいかないが、ある程度の時間で記載されている魔法のいくつかは習得しておきたい。


「頑張るぞ、俺! 目指せ空間魔法使い……!」





「『断裂』!」


 手を振り下ろしながら魔法を使用すれば、目の前にあった木がその半ばで斜めにずれた・・・・・・

 まるで巻藁が刀で斬られたように、一直線に切れ目の入った木は自重によって地に落ちる。


「よしっ、これで四つは習得できた……!!」


 額に汗を滲ませながらガッツポーズを決める。

 転生してから何時間くらい経ったのだろうか。先ほどまではまだ低かった太陽も、今では空高くまで上っている。


 知識曰く、日の巡りや時間経過などは俺の前世と同じらしい。ならば今は昼時だと考えた方がいいだろう。


「しかし、こんな短時間でこれとは……(きわみ)の才能すごいな……」


 最初の魔法こそ苦戦はしたものの、空間魔法を使う感覚を覚えてからの習得は早かった。

 拙いながらも、現状空間魔法で習得したのは『転移』『分隔』『断裂』『拡張』の四つ。


 他にも本に記載されている魔法はあるが、それはおいおい覚えていくことにしよう。


「『転移』は視界内ならともかく、長距離の移動は行ったことある場所にしか行けないみたいだしなぁ……」


 森の中で視界も悪い上に、転生したばかりでこの森以外知らないのだ。


 人のいる場所へ! という何とも曖昧な条件で転移しようとしたが不発だった。本曰く、一度訪れたことのある場所を鮮明に頭に思い描くことで一瞬で移動ができる魔法だそうで、あいまいだと発動すらしないのだとか。


 視界内の移動でも発動には少し時間を要するため、今の段階では瞬時には使えないだろう。

 使いこなして、相手の攻撃を避けながら背後へ移動、「残像だ」とかやってみたい。


 後の二つについては『分隔ぶんかく』は指定空間を分ける防御用の魔法。『拡張』は指定した空間を広げる、所謂四次元なポケットのようなものだ。


「これだけ覚えといたら、この森を抜けるくらいは大丈夫だろ。……大丈夫だよな?」


 ちょっと心配になりながらも、背負い袋を肩に担いで立ち上がる。


「お?」


 さぁ行くかと歩き出そうとしたところで、近くの木に両手剣と手足、胸当て用の最低限の防具が置かれていた。

 剣術を与えられたことによる餞別の品か何かだろうか。


 至れり尽くせり。何にせよありがたい、と『拡張』によって容量を増した背負い袋の中にそれらをしまい込む。

 何がどれだけ入っているのか、限界はどのくらいなのかも感覚的にわかるのでしまったまま忘れるということもない。


 ……できれば、ゲームみたいにリスト表とかほしいんだが、そこまでは言えないだろう。


「んじゃまぁ、夜になる前に街でも探すかぁ……ん?」


 森を抜けるにはどっちに進めばいいのか、と立ち止まって辺りを見回していると、ふいに森の奥の方がざわめいた。

 獣のような、だが体の芯から恐怖を呼び起こしそうになる、そんな恐ろしい声。


 そしてそんな獣のような声に紛れて微かに響いた人の声。


「……行くか」


 竦みそうになった足に一度手で喝を入れる。

 その声の元まで、俺は走るのだった。


 にしても、森の中って走りにくいなぁおい!

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