高校1年 遥編 君の全て



「スーッ...スーッ...むにゃむにゃ....」


「...ふふふ、かわいいなぁ♡」


 少しドキドキしながら、ほっぺたをツンツンつついてみると、シンくんは少し顔を顰め、向こうへ顔を向けてしまった。そういう動作も、私には愛おしく思えた。


「そろそろ帰らなくちゃ。じゃあ、また朝、学校で。またね、シンくん。」


 なるべく小さな声で、彼に別れを告げる。あまり長居してしまうと、もし起きた時にバレてしまってまずいことになるので、早めに撤収することにしていた。


 足音を立てないよう気をつけて歩き、いくつかの扉を音が出ないようにゆっくりと閉めて、彼の家を出た。


 スマホを開き、時間を見ると、4時を指していた。もう冬なので、あたりはまだ真っ暗だ。私は、考え事をしながら自分の家に向かった。


...シンくんの鍵を手に入れた次の日から、私は毎日彼の家に通っていた。最初は、バレないか怖くて、ただ彼の寝顔を眺めるだけだったが、だんだんと大胆になり、自分の欲望に忠実になっていった。


写真を撮ってみたり、少し話しかけてみたり、そっとキスをしてみたり...


 いろんなことをするたびに、私の気持ちは満たされていった。もっとあんなことやこんなこともしたいけれど、流石に私も初めては、お互いが起きている時がいい。彼の声を聞きながらがいい。


それに、お互い何も話さないあの時より、たくさんの幸せを得られてるから、そこまでを欲してるわけではなかった。


 ...ただ、最近少し物足りなくなっていた。シンくんは、反応とかはあるけど、寝てるから喋ってはくれない。だから、彼の声をしっかりと聞けることはなかった。それだけが、物足りない...


(何かいいのないかなぁ...)


 そう考えてみても、いい考えは浮かばず、モヤモヤしながら歩いていると、いつのまにか家に着いていた。シンくんの家の時と違って、普通にガチャリと音を立てながら家に入る。そんな私が最初に見たのは、玄関の前に立っている母親だった。


(げっ...)


 めんどくさいことになったと思い、気持ちがより沈む。しばらく黙ってみたが、母はずっと何も言わない。


 いつまでも黙っていても、何も意味がないので、仕方がなく口を開く。


「...ただいま。」


「...おかえり。遅かったわね。」


 母は、明らかにいつもより低い声で返答してきた。その声で母が怒っているとわかって、なおさらめんどいと思い、気分がまた沈んだ。もう嫌になり、口を固く結ぶ。


黙っていると、母が思いっきり深いため息をしながら口を開いた。


「貴方ねぇ...あれほど "もう少し控えろ"っていったじゃない。そしたらうんって了承したはずよ? なのに、結局ほぼ毎日通ってるじゃない。そのうちバレちゃうわよ?もう今週はやめときなさい。」


 彼女が怒っているのは、私が思った通りの理由だった。目の前でため息をつくと、母の怒りゲージがもっと上がってしまうので、心の中でのみため息をついた。そして、重たい口をゆっくり開く。


「...いいじゃない。確かに彼に許可はとってないけど、私たち彼氏と彼女なのよ?優しい彼ならきっと、バレても謝れば許してくれる。まあ多分、許す理由はめんどくさいからの方が大きいと思うけど...」


「うわぁ...」


 そういうと、母はヤバいやつを見る目で私を見てきた。私と同じことを、同じくらいの歳の時にやっていた彼女にだけはそんな目をされたくなかったが、そういうことを言うと話がややこしくなるので、心の中に留めた。


「あー、はいはい。分かりました。今週はもう行きません。次からも気をつけます。それでいいでしょう?じゃあ私は自分の部屋行くから。」


私は、いつまでも話しても意味ないと思い、早めに切り上げるために、渋々母の要求を了承し、階段を上がって自分の部屋に入った。

その間も、ジーッと見られたが、気にしないことにした。


 部屋の電気をつけ、ベットに寝転がり、天井を眺めた。そこには、私の秘蔵写真が貼られている。それらをニマニマ眺めるのも日課になっていた。


 写真を見ながら、さっきの考え事の続きをした。


シンくんの声をいつでも聞ける方法...


 できれば、彼が私に話してくれてる声がいい。彼のぬくもりを感じたい。だから、部屋に盗聴器を仕掛けるとかでは意味がない。


 何かいい方法はないかと考えた。考えて考えて考えまくった。考え続けたせいで、2時間が過ぎているのを気づかなかったくらい必死に考えた。


でも、やっぱりいいものは出てこなかった。


それ以上考えても、意味がないだろうし、学校に遅れてしまうかもしれない。だから妥協案を採用することにした。


 いつ、話してくれるかわからないなら、ずっと録音しとけばいい。つまり、日常を全て録音してしまうのだ。


(最近は話してないけど、強引に彼に話を振ったら、学校なら話してくれるはず...)


(もし、彼の声以外が入っても、こんだけあるんだし、めんどくさいから消す必要はないよね〜)


なんて楽観的な考えで、私は押し入れを開けた。その中から、数十個のうちの1つ、適当にボイスレコーダーを掴んで取り出した。


「念のため持っといてよかった...」


そして、自分の鞄に入れ、ルンルンと学校が始まる時間を待った...







~~~~~~~~~~~~~


 日常を録音するようになって2ヶ月が経ち、気がつけば、バレンタイン前日を迎えていた。何がいいか考えながら、街をぶらつく。


 シンくんのためなので、真剣に、ゆっくりと考えながら街を散策した。でも、考えれば考えるほど、もっといいのがあるのではと思ってしまい、全く決めれずにいた。


私が、うーんと唸りながら歩いていた、そんな時だった。


不意に肩をポンと叩かれた。


 びっくりした私は、その手を思いっきり払いのけ、すぐに距離をとって肩を触ってきた相手を見た。


その正体は、見覚えのない男性だった。ナンパやら、女性を攫う悪い奴やらの可能性を考えて、警戒をする。すると、警戒されてると気づいたのか、その男性は慌てながら、話しかけてきた。


「ご、ごめん。声もかけずに...

新崎遥さんだよね?慎二の彼女の。」


私のことを知っていると分かり、より警戒をする。ストーカー説も視野に入れた。


 でも、そんな時、不意に疑問が浮かんだ。目の前にいる誰かわからない怪しい奴は、シンくんのことを、慎二と呼んだのだ。


 

 ...彼女の私が言うのもなんだが、シンくんは人付き合いが下手だ。だから、下の名前を呼び捨てで呼んでもらうほど、仲のいい友達がいるのを見たことがなかった。


 でも、彼はシンくんのことを、呼び捨てで、下の名前で呼んだ。つまり、シンくんと少し、いや大分親しい仲だったと考えられる。


 そして、見た感じ、目の前の男性は、もう30歳くらいの人だった。身なりはしっかりとしていて、しわひとつないシャツを着ていた。


そんな人がシンくんとどんな関係かが気になり始めた。気になり始めたら、私の好奇心はもう止まらない。


どんな人かわからない恐怖が、彼がシンくんとどういう関係か知りたいという好奇心に負け、私はゆっくりと口を開いた。


「貴方は...誰ですか?

シンくんと...慎二くんとどんな関係?」




私の言葉に、彼はフフッと笑いながらこう答えた。



「あぁ。まだ名乗ってなかったね。

俺は、井上誠一。井上慎二の"兄"だよ。」


そう名乗る彼の笑みは、どこか奇妙な感じに、どこか不気味な感じに思えた。少なくとも、私には彼が怪しく見えた。


何かを企んでる、悪役みたいに見えたんだ。








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そろそろ慎二ルートの時の時間軸と合流すると思います。この三連休でもう一回投稿するかも...次をお楽しみに。


誤字とかあったら教えていただけると助かります。設定ここ矛盾してますよ〜ってところとかもあれば教えて欲しいです。












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