高校1年 慎二編 飢え

何も見えない...

声を出そうにも、何かに抑えられてて出せない。


『いいか。コイツはお前のせいで、死ぬんだ。お前が、お前さえいなければ、この子は今も楽しく生きていられてただろうな。』


なんだか、聞いた事がある声がする。


『んーー!!んー!!』


僕は喋ろうとしてないのに、口が勝手に動く。なんだか、悲しみや、後悔と言った感情が湧いてくる。


『-----との、最後のお別れは済んだか?

...そうか。じゃあサヨナラだ!』


『んーー!!んーんー!!!』


グチャリと音がして、僕の顔に生暖かい何かがベタリと付く。何故かは分からないけど、僕はそれを直ぐに血であると悟った。そして、絶望で頭がいっぱいになる。


「じゃあ次はお前だ、慎二。死ね!」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「っ!?」

勢いよく、起き上がる。体を触り、無事を確認する。


(今日も、か...)


僕は、あの日から、ずっとほぼ毎日変な夢を見ていた。毎回、目が隠されて、誰かに殺される。しかも、僕が殺される前に、誰かが殺されている。


この夢のおかしなところは、僕が殺されるまで、絶対に夢が醒めない事だ。夢だと気づいても、出ようとしても、殺されるまで夢の中だ。おかげで、毎回起きると汗がびしょびしょだ。


さらに、最近は怪奇現象も起きていた。物が動いたり、捨てた写真が戻ってきてたり、持ってない物が増えたりと色々な事が起きている。


散々な一日の始まりを迎えた僕は、汗をシャワーで流し、朝ごはんを食べ、家を出た。


登校してる間、僕は最近のことについて考えていた。


僕は、最近ストレスが溜まっている。そりゃそうだ。怖い夢を見て、怖い現象を体験している。それを誰にも吐き出せない。


....あのアドバイスの通り、誰でもいいから吐き出すべきだったのだろうかと何度か思ったことがあった。あの言葉が頭によぎるたびに、先生に話してみたら、友達を作って相談してみたら、持ちは楽になったのではないかと考えてしまう...


(いや...ないな........)


その度に首を振り、思ったことを否定する。

 

 先生に相談しても、きっと信じてはもらえない。ホラ吹きだと思われるだけだし、そんな風に思われていたら、もっとストレスが溜まってしまうかもしれない。

 

 友達を作るというのも無理な話だ。先生を殴って以来、僕がクラスメイトの前を通ろうとするだけで離れていく。物理的距離も遠いのに、どうやったら心の距離を縮められるのだろうか。そんな方法は少なくとも僕は知らなかった...


 つまり僕は、爆発するまでストレスを溜め込むしかないってことだ。詰みってやつだ。諦めるしかない...

 

 そんな悲しい事実を再確認した頃には学校についていた。気持ちが沈んでいるのでゆっくりと下駄箱の前に向かい、靴を脱ぐ。靴を持ち上げ、ロッカーに入れる。そして、上履きを取り出す....


(....ん?)


上履きをどかしたところに、紙らしきものがあった。きっと僕の上履きの下に置かれていたのだろう。だからどかすまで気づかなかった。


 とりあえずその紙を取り出してみた。なにやら手紙みたいな物だった。裏返して見てみると、封筒の端に『井上 慎二くんへ』と印刷された文字で書いてあった。やはり手紙で間違いなかった。なぜわざわざ、僕の名前を印刷した紙を封筒に貼り付けたのかは、今はどうでも良かったので気にしなかった。


 

 それより、僕に手紙を書くような人など思いつかないので、そこが気になった。僕はここしばらくの間、誰とも話してないし、関わってもいない。書いた人の名前は、封筒には書いてないので本当に誰からかわからない。


 

 しばらく封筒を眺めていたが、このまま手紙とにらめっこをしていても埒が明かない。そう思った僕は手紙を鞄の中にしまい、一度教室に向かった。


 教室についたら、鞄を机に置き、手紙を取り出して男子トイレの個室に急いで向かった。教室で開けてもいいのかもしれないが、普段目立たない奴が教室で手紙を開封し出したら、注目されてしまうかもしれない。

 

 それに、最近はやばい奴のレッテルも貼られているので変なやつを見る目でこっちを凝視してくるかもしれない。そんなことされたら、教室に居づらくて死んでしまうかもしれない。まあどうせ今のクラスとは今日でお別れなのだから気にしなくてもいいのかもしれないが...


個室に駆け込んだ僕は、手紙を取り出した。得体の知れないものを取り出す時は、未知の領域に踏み出すような感じがして、少しドキドキするし不安でもある。


 なるべくゆっくりと封を切った。中からはだいぶ大きい紙が出てきた。ところどころ切り取られてるところがある。その紙にはこういうことが書いてあった。


『放課後、教室に残っていてください。話したいことがあります。』


この内容を見て、僕は驚いた。まず、紙の大きさと書いてある文章の量が圧倒的につり合ってない。この程度の文ならもう少し小さくても良かったのにと思った。でもそんなのはどうでも良くて、本当に驚いたのは、僕と話したい人がいたということだ。

 

高校に入ってから、必要のない話、つまり談笑的なことを僕としたいという人は出てこなかった。僕もその頃は別に誰かと話したいと思ってなかったので、どうとも思ってなかったが、友達を作るのは無理そうだと諦めてはいた。が、こうして僕と話したいという人が最後の最後に出てきてくれた。コレは今の僕にとってはとてもありがたいことだ。


 だが、この手紙には怪しい点がある。それは、差出人が誰だか全くわからない点だ。もちろん名前はどこにも書いていない。


 どのような字の書き方かで人を判断しようとも思ったが、字は全て印刷だったので判断できなかった。封筒に書いてある名前さえ、印刷したものを貼り付けているのだから誰から貰ったかなんて判断できるはずがない。

 

 このことから、相手は僕に正体がバレたくないということになる。どうせ会うのなら隠す必要はないが、それでもバレたくないということは、考えられることはひとつだった。


"僕が会いたくない人"


コレなら納得がいく。もし僕に、会いたくない人だとバレたら教室に残るわけないのだから、隠そうとするのも当然だ。


しかし、会いたくない人など思いつかない。別に絶対に話したくない人など、いままで出来たことがない。というかそういうふうに思えるまで人と深く関わったことはなかった。



....いつまでも特定できない人について考えるのは無駄なので、今の状況をまとめてみた。


・どのような話をされるのか不明

・相手は僕に正体を気付かれたくない、つまり僕の会いたくない人


こんな怪しい情報しか集まっていない。教室に残って差出人と会うのはリスクがだいぶ高そうだ。自分の安全を考えるなら、さっさと家に帰ってしまった方がいいのかもしれない...








(...でも..)


今の僕は人との関わりに飢えている。悔しいが、あのアドバイスの通り、この辛い現状を乗り越えるにはどうしても人との関わりが必要だった。


誰かに家のことを相談したい。

溜まっているストレスを吐き出したい。

誰かに話だけでも聞いてもらいたい........


生き物は、飢えている時、目の前に餌が置かれたら罠だと分かっていても飛びついてしまう。










....つまりだ。

話がしたいという内容の時点で、もう僕の結論は決まっていた。








~~~~~~~~~~~


放課後、僕は教室に残っていた。


 最後の日というのもあってか、いつもは残る人たちもみんな帰って行った。いつもはまだ騒がしい教室が静かなのはなんだか新鮮だった。夕陽が差し込み、教室がオレンジに染まる。オレンジと黒色のみに染まっていて、物音が全くしないこの空間は、どこか違う世界に来たのではないかと錯覚させられるものだった。


 そんな光景に見とれていた時、急に教室の扉がガラリとあいた。差出人だと思い、音の方を見る。


(.....え?)


 ぼくの目に映った正体は僕が想像もしていない人だった。あまりにも信じられないので、目を擦ってみたが、見えてるものは変わらない。どこか無意識に、あんだけ酷いことをしたのだから彼女はありえないと判断していた。


 正体を隠していた理由が分かった。僕は、相手が彼女だと分かっていたら、きっと待たずに帰っていた。ある意味で今絶対に会いたくない相手だ。正直話したくない。


...でも黙り込んでも進展はない。一度深吸し、パニックになっていた頭を正常に戻した。そして、相手に話しかけた。




「....手紙を僕に書いたのはお前か? ..."遥"」


「うん。そうだよ、シンくん。」


 彼女はニコリと微笑みながらそう答えた。

クラスで1番と言われているだけあって、とても綺麗に思える。でもそれと同時に、どこか不気味さも感じられた。


「そうか。それで、話したいことってなんだ?」


相手が遥だとわかり、すぐにでも帰りたくなった僕は、さっさと本題に入ることにした。嫌な予感がするので、少し圧をかけるような喋り方になってしまったが気にしない。


「まあまあ、そんな焦らなくてもいいじゃい。私たち、最近話してなかったでしょ?少しおしゃべりでもしようよ?」


でも、遥はまだ本題に入りたくないみたいで本題を話してくれない。僕と話したいと言ってきてるが、僕は嫌だ。


「最近話してなかったって....。高校入ってちょっと経ってからずっと、ほとんど口を開いたことすらなかっただろ。今更僕がお前と話すことなんかない。」


だから遥を攻めるような感じで断った。前までの彼女なら、こういうことを言われたら、表情が歪んで、何も言えなくなるはずだ...


....でも、目の前にいる彼女の表情は全く変わらず、綺麗な笑顔を保っていた。でも、その笑顔はどこか不気味で、何を考えているのかが全くわからない。いままでの遥とは別人なのではないかとまで思ってしまった。明らかに今の彼女は危険だと僕の全細胞がうったえてくる。足が震えだす。

 

(怖い...怖い怖い....怖い怖い怖い....)


自分の知らない彼女にとてつもないほどの恐怖を覚える。不意に起きる未知との遭遇はこんなにも怖いものなのか....



(....逃げよう..)



 自分の知らない狂った遥を目の前にして、僕は逃げることしか考えられなかった。脱出口である扉の方に目をチラリと向ける。逃げようと思うことは正解だったと思う。でもミスを犯した。



「逃げるなんて、ダメだよ?」



 僕の、扉への視線を遥は見逃さなかった。逃さないと告げられるのと同時にガチャリと鍵が閉まる音がする。それは、僕の脱出の不可能を告げる音だった。唯一の光を失って暗闇に取り残されたかのような感覚に陥った。


「鍵を、開けてくれ...帰らせてくれ...」


もう僕には、彼女に願いを叶えてもらえるよう頼むことしかできなかった。


「ダ〜メ!まだ何も話してないでしょ?」


でも、彼女が叶えてくれるはずがなかった。


希望を完全に失った人はどうなるかこの時ようやく分かった。全てを諦めてしまうんだ。

もう逃げたり、抵抗したりすることを諦めた今の僕みたいに...


「...分かった。その代わり、余計な話は無しにしてくれ。頼む...」


最初の方は、ハキハキしていた僕の声も、今では完全に明るさを失っていた。聞こえるかもわからない大きさで、遥に本題に入るように頼んだ。


 彼女は、少し考えるようなポーズをとった後、すぐにまたあの笑顔に戻り、


「もうしょうがないなぁ。分かった。さっさと今日話したかったこと話すね?」


と明るい声で言ってきた。返事をする気力もない僕は、コクンと頷いて、話してくれとサインを送った。それを理解したのか、彼女は頷き返してから、ゆっくりと口を開いた。



「私たち、やり直さない?」



そうセリフを言った時の彼女は、これまで見たことないくらい美しくて、綺麗で、そして狂気に満ち溢れている笑顔を浮かべていた。





























 

 





 

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