高校1年 慎二編 やらかし / 意味のない言い訳

(....え?)


 いつのまにか湧いていた勇気をふりしぼり、一歩踏み出した僕が教室の中で目にしたものはとても信じられない光景だった...






(...元に...戻ってる.....のか?)





 そこには、昨日あんなに避けていたクラスメイトや友人と楽しそうに話している遥の姿があったのだ。他の人がひつこくて仕方がなく話しているという点も考えたが、あの笑顔からしてそれはないだろう。

 

 元々僕が気にし過ぎていただけで、あまり気が狂っていた訳ではないのだろうか...でもそうだとしたら昨日のあの狂気じみた表情、光のない瞳、謎の行動が説明つかない...


....昨日の放課後、僕が帰る時にちらりと彼女を見た時にはあの異常な状態は続いていた。つまり元に戻った理由は昨日の放課後から今日の朝までにあると考えられる。この短時間の間にここまで人は変われるのだろうか。


 まさか二重人格? でも、いままで一度も彼女の性格が急に変わった所を見たことはない...中学の頃はだいぶ長い間一緒にいたんだ。たまたま、毎回人格を変わるところを見逃していたという可能性はだいぶ薄いだろう...


 


 遥について色々考えていると、なんだか誰かに見られている感じがした。


(遥か!?)


と思い、顔を上げる。でもそんな心配は無駄に終わった。僕を見ていたのはクラスメイト達だった。多分、教室に一歩だけ入り、急に止まってなにか考えている僕を不審に思ったのだろう。もしかしたら考えていたことが少し声に出てるかもしれない。

 

自分で、自分が教室の端の方で下を向いてぶつぶつ何かを言っている姿を想像して、なんだか恥ずかしくなった。気にし始めると、周りからの視線が痛い...

 

いたたまれなくなった僕は急いで自分の席に向かい椅子に座り、机に突っ伏して寝たふりをした。この状況で普通に本を読む度胸は僕にはない。ひたすら目を瞑って、周りから注目されなくなるのを待った。







「..........ぇ」


........ぅ.....んぅ......めて......ぃで.....zzz


「.......ぅえ」


........う〜ん.....や..ば.....い...zz


「....のうえ!」


......ヤバい!こっちに来る!


「井上!」


こっちに来るなぁ!この化け物めぇ!!



ゴンッ



「ぃッツ!?」




バタンと何かが倒れる音がした。

さっき、近づいてくる幽霊に抵抗するために振り上げた拳が何かに当たった。しかし、その幽霊はどこにもいない...それにここ教室?さっきまで家にいたんじゃなかったか?


 疑問に思い、周りを見渡すと、クラスメイトがみんなコチラを凝視していた。彼らの目はどこかヤバい奴を見る時の目に似ていて、なんだか哀れみの視線も感じた。でも、一部の人は僕ではなく、僕の足元らへんに注目している。

 だんだんと記憶が夢から現実に戻ってきた僕は、自分が寝たふりをしていた事を思い出し、そのまま寝てしまったのだろうという結論にいたった。まずいと思い、慌てて時計を見てみると、すでに一校時目が始まっている時間を指していた。しかし、先生は見当たらない。この状況と、周りの一部からの僕の足元に向けられている視線...


(もしかして....)


恐る恐る下を見る。そこには、顎あたりが真っ赤に腫れている状態で、顔も真っ赤にしている先生がいた。先生の顔は、怒りが最大ゲージまで達しているのか、ものすごい数の血管が浮かび上がっている。いつ血管から血が吹き出してきてもおかしくないくらい浮き出てるから、その見た目は化け物そのものだった。

 ここでようやく僕は全てを察した。



あ....コレ...

もしかしなくてもやっちゃった奴だと.....


僕は死を覚悟したのだった。





















放課後、僕は図書室で本の整理をしていた。

なぜこんな場所にいるかというと、先生を殴った罰として、高校2年生になるまで図書委員になれという命令が下されたからである。

 

 あの後、こっぴどく叱られ、怒鳴られはしたもののなんとか生存することに成功した。僕が普段問題を起こさない人というのもあって、思っていたより怒られることはなかった。 

 居眠りと先生を殴った罰が、「あの場で30分の説教」「放課後30分の説教」「反省文3枚」「高2になるまで図書委員」だけですんだのは運が良かったのではないだろうか....

 

 ただ、今回の騒動で、僕がヤバい奴だと思ったのか、クラスの人たちからは完全に避けられるようになった。元々最低限のやり取りしかしてないが、いざ避けられるのは少し寂しい気がした...


 まあでも、もう気に病むほどのことではない。僕は黙々と返却された本を元々あった場所に戻していった。


 



............


 作業している間に時間がどんどん過ぎてゆき、気づけば最後に1番奥の棚に本を数冊もどせば帰れるというところまで来ていた。

 本を台車に乗せ、最後の棚にゆっくりと向かっていく。今日はもう体力的にも精神的にもボロボロなので、早く終わらせて帰りたいが、急ぐ力は残っていなかった。


 5分くらいかけて最後の棚についた。早く帰れるように、できるだけ集中して本の戻す箱を探した。見つけたら、空いてるところに戻すべき本を入れる。それらを黙々と繰り返した。  




 「ふぅ....」


 最後の一冊が戻し終わった。大変な作業だったが、なんとかやり遂げることができた。謎の達成感と高揚感が僕を襲う。そのせいで、またやってもいいかもと少し思ってしまった。まあ僕の意見がどうであれ、高2まではやらされるのだろうけど....



(...もう直ぐ2年生かぁ......)




...個人的に、高校1年生である時間は高校生の中では1番自由があるときだと思っている。2年、3年では、それなりのところを目指すなら勉強すべきだから結果的に自由の時間は減っていく。だからこそ、高校1年の時間は大切であり、自分のしたいことに費やして充実な生活を送れる貴重なものだ。


そんな大切なものを僕はどのように使っただろうか。あらためてこの1年を歩きながら振り返って見てみると、そこには、ひたすらに意味の無い生活を送っている惨めにしか思えない僕がいた。

  好きだった、唯一の心の支えだったあの子の変わっていく姿に嫉妬して....

  どんどん前に進んでいくあの子の生き方に置いていかれそうで不安になって...

 すれ違ってることが分かっていても、あの子に拒絶されたら嫌で勇気が出なくて...

 

結局、僕の貴重な1年は大切なものを失っただけだっだ。コレは僕が最終的に別れることを望んだ結果だし、その選択をしたことには後悔はない。でも、もし僕がもっと早く勇気を出せていたらとどうしても考えてしまう。

 

もし、自分を変える勇気があれば...


もし、勇気を出してあの子の背中を追いかけていれば....


もし、勇気を出してもっと早く本音を言っていたら....



......僕は、勇気を出すのがあまりにも遅かった。彼女と、遥と関わっている時間の中で勇気を出したのはあの時だけだった。他の時間は、どこか頑張らなくても一緒にいられる信じている自分がいた。.....いや、それを信じて疑わなかったんだと思う。だからこそ現実から目を背けて逃げる事を選んだ....


 あらためて、本当に自分が嫌になる。僕は存在する価値があるのだろうか。僕が関わった大切な人たちはみんな不幸になっているじゃないか。父さんも、母さんも、遥も...






やっぱり僕はいなくなったほうが........









ドンッ






「いたッ」





 急に痛みを感じ、現実に戻される。目の前が暗い。どうやら僕は地面に顔をつけている状態で倒れているみたいだ。この状況から察するに、何かにぶつかったようだ。僕は一直線の障害物がない道を歩いてたから、ぶつかるものはないと思い油断していた。きっとまだ、図書室に人が残っていたのだろう。つまり、僕はその人と衝突事故を起こしてしまったという事だ。


 相手に怪我をさせていたらまずいと思い、確認するために起き上がり、相手を探す。

辺りを見渡すと、本棚の影の方に足が見える。急いで駆け寄ると、そこには女の子がいた。倒れる時にどこか打ったのか、手を頭に当てて辛そうな顔をしていた。


「ご、ごめん!周り見てなくて!気づかなかった!怪我はない!?」


僕は慌てて謝った。焦りとか、心配とかで自然と謝罪の言葉に勢いがついた。そんな僕とは対照的に、彼女は冷静だった。


「いえ、本を読みながら歩いていた私も悪いので。怪我はありません。あなたの方こそ、大丈夫でしたか?」


 何事もなかったかのように淡々と僕の質問に答えるその姿は、どこか氷のお姫様を彷彿とさせた。綺麗な黒髪であるのも相まって雪女みたいだと思った。


「僕も怪我はないよ。心配してくれてありがとう。」


 彼女からの質問への返答をしながら、倒れている彼女に手を差し伸べる。初めて会った人にいきなりこんな事をするのは正直恥ずかしいが、謝っておいて何もしないで棒立ちでいたら嫌なやつだと思われるかもしれない。


 別にこれから先関わることはないだろうが、嫌な印象を持たれるのは嬉しいことではないので防げるのであれば防ぎたかった。


 彼女は僕の差し伸べた手を見て少しの間固まっていた。だがその後直ぐに、僕の手を掴んだ。グイッと力を入れて彼女を立ち上がらせる。その後、彼女が落としたであろう本を拾い、彼女に渡した。 


「はい、コレ。君が落とした本だと思う。」


「ありがとうございます。えーと....」


 彼女は感謝の言葉の後に言葉を詰まらせていた。きっと僕の名前がわからなくて、なんと呼べばいいのかわからないのだろう。ずっと困らせてるのも悪いし、僕はさっさと名乗ることにした。


「僕の名前は井上慎二。本当にごめんね、えーと....黒川吹雪さん。怪我がなくてよかった。」


 自分の名前を名乗るだけだと、なんだか変だと思ったので、もう一度謝っておいた。彼女はきちんと名札をつけていたので名前を確認することができた。


「謝る必要は本当にないわ。私にも非はあったもの。改めて、本を拾ってくれてありがとう、井上君。」


「どういたしまして。」


 感謝されることはしていないが、ここで気持ちを受け取らなければ相手に嫌な気持ちをさせるかもしれない。それに感謝されるのは久しぶりで少し嬉しかった。さっきまで沈んでいた気持ちが少し楽になった気がした。


「どういたしまして」と言ってから少し沈黙が続いた。お互い初対面だし、自分の不注意で相手を転ばせているのだから話す話題などあるはずがない。

 

「...それじゃあ僕は帰るよ。さようなら。」


気まずかったし、彼女をこれ以上足止めするのは悪いと思ったので、僕は帰ることにした。


「....私には関係のないことだけれど」


図書室の扉に向かって歩いている途中、不意に黒川さんが話しだした。図書室には彼女以外には僕しかいないので、きっと僕に言っているのだろう。歩みを遅くして、彼女の言葉に耳を傾けた。


「嫌な事を溜め込むことはよくないわ。誰でもいいからきちんと吐き出すべきよ。そしたらきっと、あんな辛い顔しなくて済むから...」


それは僕へのアドバイスだった。きっと彼女と話している時、顔に出ていたのだろう。彼女にとっては、親切心で言っているつもりなのかもしれない。


「....そうかもね。ありがとう。」


だから感謝の言葉を口にした。振り向かず、歩みも止めずに...もし振り返って彼女の顔を見てしまったら、思った事を言ってしまいそうで怖かったんだ。


僕は逃げるように図書室を出た。


「...余計なお世話だ......」


僕の安堵と気の緩みと共に僕の本音もボソリとこぼれ落ちた....




家に帰り、今日も真っ先にベッドに倒れ込む。頭の中ではあるひとつのことだけがぐるぐる回っていた。別に気にする必要なんかないし、気にする理由もないはずだ。それでも頭から離れない。僕の頭の中を掻き回し続けてる。


(嫌な事を溜め込むのはよくないわ。)


あぁ、もちろん知ってるさ。溜め込んだ結果が今の僕なのだから....


(誰でもいいから吐き出すべきよ。)


本音を言える相手なんか、もう1人もいないんだ....僕のせいでみんな失った...


(そしたらきっと、あんな辛い顔しないで済むから....)


そうかもしれない。でもね、僕にはそんな顔がお似合いなんだ....


 彼女の言葉に返事を返す。相手はいるはずもないのに、何度も何度も繰り返し、返事をする。何度も何度も、何度も何度も何度も自分を守るために言い訳をした。その言葉が自虐だったとしても、言い訳をすれば心が楽になると思ったんだ。でも、そんなことはなくてどんどん気持ちは沈んでいった。




.....何百回言い訳をした頃だろうか。気がつけば僕は眠りについていた........














…その次の日からは、何をするのにもやる気が出ず、朝学校に向かい、放課後に本を整理して帰り、死体のように眠るという生活を機械のように無心で繰り返し、気づけば終業式の日を迎えていた。この時の僕は、変わりのない学校生活に完全に油断しきっていて、このまま”何事もなく”高校一年生である僕とお別れすると信じて疑うことをしなかった…












































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