高校1年 慎二編 決別
「...ぇ?....」
(なんで...泣いてるんだ......)
彼女の涙に困惑を覚えた。
僕と別れることは苦ではないはずだ。実際に、最近はたまに一緒に帰るくらいしかしていない。その間ですら話もしない。そんなやつと付き合ってて何が楽しいのだろう。
遥のことが好きな僕でさえあの時間は苦痛だった。用事を適当に作って逃げてしまおうかと考えた事もあった。でも好きだったからなんとか一緒に帰ることができたんだ。
だから遥にとっては好きでもなくなった僕との時間は地獄とそう変わらないのではないだろうか。早く別れたくて仕方がなかったはずだ。なのに....
(なんであんなに辛そうなんだよ...)
遥はいまにも溢れ出そうになっている涙を抑えるのに必死になっていた。それでもいくつか雫はこぼれている。教室の床にシミがいくつもできていた。
遥が泣いたている理由は考えられるものが一応あった。
それは、まだ僕の事が好きであるというものだ。僕の事を好きでいてくれているなら別れるのは嫌であり、辛い事であるはずだ。
いままでの無言での下校も僕と同じで気まずかっただけかもしれない。
僕と一緒で、気まずくてもつらい時間だったとしても、僕が好きだったから一緒に帰ってくれていたのかもしれない。
そんな甘い考えが一瞬浮かぶ。それを僕は首を振り必死に否定した。
ない、それは絶対にあり得ないのだ。一昨日のあの行動が説明つかない。彼氏である僕にチョコを渡さず、違うと男と一緒にお店に行き、チョコを選んでいた。しかもあんな笑顔で。
ここ数ヶ月見ていなかったあの眩しい笑顔。あのガラス越しでも周りが見えなくなるくらい眩しく見えた。そう見えたのは僕だからと言うのもある。中学から好きだったからこそでもある。
だからこそ遥はあの男が好きな事がわかる。このことは覆ることはない。だからこそ、彼女の涙は僕を困惑させた。
....でも
もし仮に遥が僕のことを好きだとして、これから先、僕たちがやり直して僕たちははたして幸せになれるのだろうか。高校生でのちょっとしたすれ違いだけでこんなにも拗れている。思ったことをお互いに相談することすらできない。
そんな関係、修復したところでまたすぐ壊れるのではないだろうか。もう僕たちはやり直すべきではないのではないだろうか。たとえお互い好き同士であっても....
(....よし)
しばらく考えていたが結論は変わることはなかった。僕は別れることを選んだ。復縁はしない。これから先は関わる事もやめておこう。周りの人たちと同じように、最低限の会話しかしないようにしよう。
どうせ別れるならもう復縁出来ないくらいボコボコに。どうせ復縁したいなんてこと思ってないのだろうけど、念には念をだ。
そう覚悟を決めてもう一度彼女に目を向ける。その時、彼女の口は動いた。
「..ぅして?」
何かを訴えてきた。聞き返す。
「ごめん、聞こえなかった。」
「どうして!」
びっくりしたぁ。耳がキーンて鳴った、そう錯覚するくらいに大きな声だった。別れる理由がわからないらしい。
「どうしても何も、僕たちもうかれこれ数ヶ月何もしてないじゃないか。デートはもちろんしてないし、一緒に帰る時ですら何もお互い話さない。気まずくなるだけだ。付き合い続ける意味がどこにあるんだ?」
僕の疑問をぶつける。彼女をみるとあの男を思い出すのもあり、少し攻撃的になってしまった。
「そ、それはぁ...」
何も言えないみたいだ。なおさら別れることの何が嫌なのか意味がわからなくなった。
「ほら。何もないじゃないか。それはつまり僕たちが付き合う理由はないってことだ。なら別れても何も問題はないだろ?」
着々と詰めていく。
「いや。別れない。絶対に別れない...」
それでも遥は頑なに認めない。
「なんで嫌なのさ。」
そんなことを聞いてみた時、彼女は意味がわからないことを言った。
「君のことが好きだからに決まってるじゃない!だからいや!別れない!」
遥は堪えていた涙をこぼしながら泣き叫んでいた。
僕のことが好き?
は?ハァ?
僕のくだらない妄想があってたのか?ならなんで浮気をする?わからない。意味がわからない。
リカイガ...デキナイ。..................................
...............なんか、めんどくさくなってきたな
考える意味がなくなった気がした。だから僕はとある策に出る。
「じゃあ一つ聞いていい?その答えに納得できたら考え直してあげる。」
この場において最強の切り札を出す。
「本当!?なんでも聞いて!」
遥は思った通り、僕の話に食いついてきた。ほとんど罠であることも知らなずに。本当に必死だったのだろう。
「おととい、僕はね。待ってたんだよ。遥からチョコをもらえるのを。少し期待してたんだ。まだ僕のこと好きなんじゃないかって。でもくれなかったよね?「それは!」....」
僕が話しているところに彼女が割り込んできた。が、僕は話を止める気はない。
「ここで君に聞きたい事があるんだ。僕はその日、学校にずっと残ってて知らないからさ。君は、バレンタインの日の放課後、どこで、誰と、何をしてたのかなって。もし僕が"安心"できる答えが聞けたなら考え直すよ。」
あえて「安心」という言葉を強調して、彼女が嘘をつくように誘導する。学校にずっと残ってという発言をする事で遥にあの場面はみられてないとも思わせる。ここで嘘をついてくれれば全てが終わるんだ。
少しの沈黙。
遥は僕の少し戸惑って、何か考えてから口を開いた。彼女が述べたのは...
「その日はね、帰ってすぐチョコを作ってたの!他の人には言ってないし、協力も頼んでないから1人で頑張ったの!それでそれで!私が今日話たかったのは、おととい渡さなくてごめんって事で!それに昨日も休んでて渡せなかったから!怪しいかもしれないけど...ホラ!チョコ渡そうと思って今も持ってるよ!当日渡せなかったのはごめんなさい。準備できてなかったの...いまので全部話したよ。コレで別れないでくれるよね!?」
といった嘘だった。焦ってたのか、すごく早口で答えてきた。チョコくれたんだからいいじゃん、許してやれよと思う人も、もしかしたらいるかもしれない。
でも僕にとっての問題はそこじゃない。正直チョコなんてどうでもいいんだ。彼女は嘘をついた。そこが問題だ...
嘘の部分は話す時若干だけど遅くなっていた。話を作る事に思考を使って話すスピードが落ちたのだろう。嘘をつかれなければどうなっていたのだろうか。もしかしたら違う未来も.....と来るはずもない世界を一瞬想像してしまった。自分から振ってるはずなのに未練たらたらだった。
とにもかくにも...
(コレで僕たちの関係は終わりだな...)
嘘をつくよう誘導はした。別れることは決めていた。それでも遥に嘘をつかれたのには変わりはない。そう選択したのは遥だ。
「...はぁ....」
大きなため息をつく。それにビビったのか遥は一瞬目を瞑った。嘘をついたことへの罪悪感でもあったのだろうか。まあもうどうでもいいけど...
「...僕はね、安心させて欲しかった。」
「だから、私はただ家でチョコを作ってたの!なにもしてない!」
「僕が言いたかったのはね。嘘偽りなく話してくれってこと。その上で誤解だよって説いてくれると期待してたんだ。でも遥は"嘘"ついたよね?」
「なにを...まさか!?」
どうやら彼女も気づいたようだ。でももう遅い。もう信じようとは、思えない。
「僕はね、みたんだ。おととい、だいぶ遅めの時に、遥と"知らない男"が、一緒にチョコレートを選んでるところを。遥には、このことを"正直"に言って欲しかった。でも君は"嘘"をついた。」
遥に何度も現実を突きつける。
「それは...その...違くて...」
テンパっているのか、絶望してるのかわからないが、彼女の声はとても聞こえるような大きさではなくて、ただただ何かを呟いているように見えた。そんな姿は僕たちのクラスの中心の女の子には到底見えなかった。
傷ついている遥に悪いとは思うが、僕は止まらない。もう、止まれない。
「君は僕があげたチャンスを捨てた。コレでもう僕たちがやり直すことはない。これからはなるべく話さず、なるべく接せずにいこう。お互いそれが1番だ。」
「イヤ...イヤだ.....」
僕は必死に現実から逃げようとする遥を逃さない。
「改めて言おう。僕たち別れよう。もうかかわることをやめよう。」
改めて僕は遥に別れを告げた。
「ふぅ...つかれた。」
家に帰ってきて、ベッドに倒れ込む。
(クズを演じるのは、もう懲り懲りだ...)
あれから遥は必死に僕にしがみついて許しを乞いてきた。でも僕はそれに応えることはない。
遥の手を引き剥がし、必死にしがみついてくる彼女を投げ飛ばした。そのせいで床に倒れても手を差し伸べることはしなかった。
さらに、思ってもないことを沢山言って彼女を傷つけた。全て、彼女に嫌われるためにやった。もう彼女が僕と関わりたいと思わないように...
とりあえず、コレで復縁を願うことはなくなったはずだ。僕たちはどんな形であれ、無事に"終わる"事ができた。
...実を言うと、好きな人が泣いて許しを乞う姿に心は揺らいでいた。何度許して付き合いなおそうかと思ったことか。でも、ここで許しては彼女のためにも僕のためにもならなかった、と思う...
遥がこれから先ずっと許してと言ってきたらいつかまた付き合ってしまう気がした。だからクズになり、嫌われてるようにした。これで本当に関わることすらなくなった....
(全部自分で決めた事だ。)
(だから泣く資格なんてないはずなんだ。)
(泣いちゃ、いけないんだ.....)
(泣いちゃ....ぃ....)
何度も何度も心の中で自分自身に鞭を打った。
なのに...
僕の涙は止まりはしなかった。
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