《狂奔の勇者》

 幾百、幾千と生まれては死にゆく英雄のなかで、勇者の称号は特別な意味を持つ。


 大陸の南東は激しい起伏を伴う岩ばかりの土地であり、今でこそ開拓と開発によって生物の住まうに耐えうる環境ではあるものの、遠い昔はまさに灰色の死の大地であった。


 もはや伝説に等しい古き時代、生命も文明も存在し得ぬ一種の異界とすら思われていた不毛の領域から現れた存在こそが魔族ミメクである。その実は数少ない土地特有の動植物が魔法を身に着け進化しただけのことであったが、死地の外で繁栄していた数種の知的生命体にとっては突如として現れた怪異にほかならなかった。


 より恵まれた地を求めた魔族ミメクが先に奪わんとしたのか。

 あるいは人間達が彼らの求めを拒んだのか。真実はわからない。

 唯一間違いない事実は、いくつかの例外こそあれ、魔族ミメクは災厄の具現たる大敵として永きにわたり語られたということだ。


 災厄に勝ちうるもの。

 単なる強者たる英雄ではなく、恐れに立ち向かう者こそが必要とされた。


 時には敬虔な信仰が。

 時には深淵な知恵が。

 時には人徳を以て。

 時には災厄を上回る暴力で。

 

 人間が、

 霊茎族エルフが、

 火喰人ドワーフが、

 賢獣コボルトが。


 多くのものたちが、異なる勇気をもって恐怖の具現に抗ってきたのだ。


 時代がうつろい、魔族ミメクもまた敵味方はさておいて知恵持つ民のひとつであると認識されるようになって以後も、近代まで退在ったのが勇者である。役割の変遷した今でも、その歴史は忘れ去られてはいない。


 ――――故に。


                *


(狂奔の、勇者……?)


 ケルハとて、勇者についてはいくらか知っている。二年前の大戦での活躍、現在彼らが従事している治安維持。あるいは伝説の昔語り。華々しい彼らの生き様に、村の若い衆が憧れや嫉妬を抱くことは珍しくもない。ケルハも幼いころは寝物語を親にねだり、ヒパを相手に勇者ごっこに興じ、歳を重ねてからも時折彼らの有り様に思いを馳せたものだ。その上で、この少女は。


(……やっぱり、知らない。聞いたこともない勇者だ……)


 無論、寂れた田舎の少年が全ての勇者について知れるはずもなく、さらにいえば彼は今やなぜ意識がまだ保っているのか自分自身でも不思議なくらいの重傷だ。眼の前の少女に思い当たる節がないのも、さほどおかしいことではない……本来ならば。


「《狂奔》……!」

「あの《縛千連理ばくせんれんり》の腐れ木めか!」

「なぜ貴様がここに……いや、」

「ああそうだ、理由なんざ構わねえ!外道の裏切り者が!」

「殺す」

「殺す……!!」

「殺しちまえェ……!!!」


 村を滅ぼした魔族ミメク達が、みな目を血走らせ、唾液のこぼれるのも構わぬほどに、ただ彼女だけに怒りの全てを向けている。あのシャエバという虫の魔族ミメクも、先のケルハへの激憤よりなお激しい憎悪に身を震わせている。感情の暴走だけで、命を削っているのではないかと思えるほどに。


魔族ミメクなのに、勇者になったから、裏切り者で……だから、こんなにも嫌われてる。それは通るのかも、しれない……)


 だが仮にそうだとすれば、のだ。あまりにも前代未聞。まず本当に魔族ミメクが勇者になれるのか、もしなれたとしてもなぜ勇者を目指し、何が起こって認められ、どう扱われるのか。ケルハには前提となる知識も冴えを巡らせる血も足りなかったが、この事態が異常なのだけは理解できる。


(どうかんがえても、おかしい、けど……)

 

「はははは。オレ、ディンツェ・ドゥールサンって名前がちゃんとあるんだけどなあ。誰もそっちで呼んでくれやしない……いや、ここは勇者として二つ名が売れたことを喜ぶべきかな?」


 少女――ディンツェの余裕をもった笑い声は、明らかに挑発の響きがあった。


 爆発寸前の魔族ミメクの群れが、飢えたケダモノのごとく狙いを定める。もはや無言のままに、ただ一瞬を狙って襲いかからんと、じりじりと隙を探っている。その間にも膨れ上がってまだ足りぬというほどの殺気の塊は、戦士ならざる生き残りの人間達にすらびりびりと響き、改めて恐怖させるには十分すぎた。


 確かに先程、ディンツェは容易く三体の魔族ミメクを切り捨てた。だが、今度は?残った怪物達だけでも、数は二十を下らないだろう。一斉に襲いかかれば、彼女とてひとたまりもないのではないか?かといって、逃げるほどの力も残っていない。結局自分たちに待つのは死なのでは?……いつの間にやら、失神した村人すら現れたのも無理はない。


 しかし。ただ、ケルハだけは。


(勇者としては、おかしい。そうかもしれない、けれど……助けてくれるんじゃないかって、僕が勝手に思って……僕は手を伸ばした。だったら、)


 死の間際。ケルハにとって、頼れるのは己だけだと気がついた。

 そのあがきの末に選択を間違えて、己の判断で彼女に託した。

 ならば彼女が何者であろうと――ケルハ自身が、彼女を信じぬわけにはいかない。


 それは薄れゆく意識のなかで、混濁した脳が作り上げた都合のいい結論だったのかもしれない。……そうだっとしても。突きつけられた己の無知。理由もなしに生きたいと思う浅ましさ。なにもかもにそのままにして、、消えてしまいたくはない。


 ならば、信じて見届けることが。

 今残されたたったひとつ、生きるために共に戦う手段に思えた。


「僕、は……!」


 喉は掠れていて、ほとんど声にならなかった。

 少年が己の心の内をどう言葉にしようと思ったのか、自分でもわからなかった。


 ただ、その少女は、異端の勇者は。

 聞こえたはずもないのに、嬉しそうに笑い返した気がして――


                *


 微笑みの隙を、当然のように魔族ミメクは狙う。

 勇者は笑いの種類を緩やかに変える。それは戦いの笑みだ。


「シィッ……!!」

「頭蓋飛び散りやがれェ!!」

「っははは、おいおい無粋じゃあないか」


 一瞬。

 風圧と金属音が重なって、血で染まった村を血で重ねる。

 たとえ生き残った村人の全てが心身共に弱っていなくとも、その攻防を見て取れたものはいなかったであろう。


 示し合わせたかのように左右同時、二体の魔族ミメクが放たれた矢のように襲いかかる。片や横薙ぎの長剣、片や雷光を伴う右拳。そのどちらもが届かない。

 大ぶりの処刑剣を踊るように操って、柄頭で受け流された長剣がもう一方の腕を切り落とし、同時に瞬間的に流れた電熱が剣の持ち主を焼き焦がす。二体のどちらかが怒号かなにかを叫ぼうとして、もう一周くるりと回ってきた処刑剣にまとめて首を落とされ――


「おっと」

「ッチィ……!!避けてんじゃねえよクソが……!」


 首の落とされる寸前。ばつんと射られたいしゆみを、髪の端を掠めるぎりぎりで回避する。わずかな隙に二体は離脱し、間をおかずに新手。飛蝗のような下半身で跳ね回り蹴りを狙う魔族ミメク、そしてそれを囮にもう一体による足元を狙った槍の刺突。くるくる回った勢いのままにステップで避けて、叩き下ろすように槍の穂先を切り落とす。と同時に地面を刃で削って跳ね飛ばし、飛蝗の魔族ミメクを牽制。次が来ぬ内に先の槍の魔族ミメクに止めを、


「死ねやクソ女!!」

「ぶっ殺しちまえェーッ!!」

「うぅん。これはなかなか……っと、手強い……ねっ!」


 やはり、止めの一撃には邪魔が入る。手投げの剣、続いての炎の礫は魔法だろうか。遠心力のままに唸りを上げて短剣の方を蹴り返し、攻撃手の肩を破壊する。本当は頭を狙ったのだが、膨れ上がる炎を避けるのに狙いがずれた。


「っがぁ……!!」

「おい、次行け次!今度こそやっちまえ!死んでも殺せ!」

「ハラワタぁ食いちぎってやらァ……!!」


 触手による高速移動、その勢いの乗った突進。滑空を用いた空中からの斬撃。あるいは多腕による手数。狙いすました刺突剣。


 野良犬の群れのような我武者羅の特攻のようでいて、仲間の危機には明確に助けが入る。そればかりか徐々に徐々に一手ずつが際どくなって、舞うようなディンツェの動きは誘導されるかのように自由を奪われ始めていた。


(攻めの手が絶え間ない。こちらが干渉しない限りは同士討ちもない。見かけよりずっと冷静だな)


 背後から突進してきた山羊のような魔族ミメクに肘打ちを入れる。その反動で刃を突きだし、平らな切っ先で正面の敵の顎を打つ。木の枝か何かを振るうように軽々と大ぶりの処刑剣を操りながら、疲労とヒリつく危機を自覚する。彼女の黒い外套は土埃と切り傷が増えて、白い肌にも数発の打撃の痣がある。思わず薄い笑みが鋭くなる。


(タイミングが良すぎる。いくつかもらうようになってきた。……何か絡繰りがあるかな、これは)


 ――ディンツェの推理は正しい。

 彼らは国境から北方まで潜伏してきた一団であり、かつての大戦にて勇者とすら戦い生き延びた、紛れもない熟練の戦士である。その連携の種は、部隊の長であるシャエバの扱う魔法にあった。


『次は囮に三だ。ククト、エフーマが上下を同時に、ネゼアは一拍遅れて胴を狙え』


 骨伝導を用いた遠隔通信である。

 言葉に出さぬ使い手の意思を、特定の触媒から振動として伝える魔法。シャエバの場合は彼の外骨格が触媒であり、死亡した三体も含めた二十四体の仲間全ての肉体に処理を施した外骨格の欠片を埋め込んでいる。

 これは人間の文化圏において『歌う鏡面』と呼ばれているものとほぼ同じ仕組みの魔法ではあるが、シャエバは魔族ミメクの特性として生来からこの力を備えており、ただ『声』とだけ名付けていた。


『深追いはするな。一手間違えば死ぬ。魔法も使わせるな。長期間の接触は避け、必ず複数で向かえ。休む暇も、人間どもに近づく間も与えるな』


 解放された魔族ミメクの怒りと殺意は真実であり、同時に罠でもあった。ならず者のような言動と裏腹に冷静に互いをカバーし追い詰めていく統一された集団。油断した愚か者ならばそのまま殺し、ディンツェのように察したとしても、徐々に相手を削り殺す高度な連携。


 のみが彼らの強さと見せかける為の罠である。


『炎は散発的に混ぜろ。あくまで火が多少得意な程度に思わせておけ。本命の詠唱は怒声に隠せ。集中できぬように、連携は少しずつ早めろ』


 彼らが村を焼き尽くしたのは、単なる恨みからではない。村人を皆殺しにしたとして、これほど火の手を回せば必ず目立つだろう。そうして討伐隊を呼び込む為の誘いであり、返り討ちにするための武器でもあった。


(『竜の喉』。村中の炎を束ねた熱量は、いかな剣術を持とうが耐えられまい……!

人間どもの貴族の一人でも消せば良しと思っていたが、ここで当たるとはむしろ好都合だ、勇者めが……!)


 地を蹴り、シャエバ自身も鉤爪で襲いかかる。鍔で弾かれ腹を蹴られる。重い。下賤な裏切り者とはいえ、魔族ミメクであり勇者。強敵だ。だが構わぬ、自らを一時の危機に晒してでも必殺の一撃を隠すべし。最終的に己が死のうがこの女を殺せればよし。『竜の喉』の為の時間さえ稼げれば。


(貴様の能力も割れている!《狂奔》!植物を介しての肉体と精神への干渉!確認されている例は、木の根や苗木を使った物理的接触からの発動!……何が"勇者"だ。仮初めの蛮勇を愚民に与えて悦に浸る外道ではないか。それを偉そうに……!)


 許せなかった。

 同胞を山程に殺した勇者も。同胞が殺されたくせにのうのうと矛を収めた人間も。

 そして、容易く手のひらを返し、人間どもと手を結んだ魔王ども。全てが馬鹿げている。ならばすべきは一つ、平和を焼き尽くして再びの戦乱の世を。この邪悪な裏切り者の死体をもって狼煙とする。本来の狙いはこの地の領主の貴族であったが――


(いや、待て。違う。何かおかしい)


 爪を振るうなかで、自らの思考にひっかかりを覚える。

 正しいと思っていた選択肢の穴に、ぼんやりと気がついてしまったような。


(何だ?いや、そんなことを考えている場合ではない。畳み掛けねば。この女は八つ裂きにする。焼き尽くす。以て人間どもの社会へ――………違う。違う違う違う!!《狂奔の勇者》は、認知の度合いは異様に低い!)


 恐怖だった。

 魔族ミメクの勇者。和睦の象徴か、あるいは時代の生贄か。国ならばどうとでも利用できるはずの少女のことは、先のケルハ少年と同じくほとんどの人間に知られていない。もみ消されているのか、シャエバにもわからぬ裏があるのか。いずれにせよ、憎い相手ではあっても決して目的にとって都合の良い相手ではないと結論づけていた。この部隊の誰もが、同じ認識をしていたはずだ。


(なぜ忘れていた?それほどまでに俺は怒りに呑まれたか?無意識の内に目的を歪ませるほど、俺は殺意に?……待て、だが、だとしても殺さねばならんことには変わりない。指示を出さねば、指示を)


 狼狽を表に出さなかったのは、修羅場をくぐり抜けてきただけあったのだろう。だがそれでもなお次の行動を起こすことができなかったのは、再びの恐怖に囚われたからだ。


(指示。『声』を)


 斬撃が襲いかかる。爆炎が大地を焦がす。噛みつき。ディンツェへの攻撃は勢いを増して、だが間違いなく粗雑になりつつある。正面から襲った者を強引に刃ごとかちあげて、爆炎に対する盾にする。血泡を口の端からこぼした鱗の魔族ミメクが、裏拳で吹き飛ばされた勢いのままに生き残りの村人を襲おうとする。燃え残った腕ごとに斧が投げ飛ばされて、すんでのところでその一体は首を落とされる。


「なんだ。なんだ、これは」


 指示が途切れているのに、勇者への襲撃が続く。それはいい。だが、目的の時間稼ぎからは遠く離れた有様だ。本来は偽装であったはずの、無秩序な暴力の群れでしかない。命を省みぬ蛮勇。作戦もなにもない殺意。あざ笑うように、踊るように少女が剣を振るっている。


「俺たちに、何を」

「何をしたかって?おいおい、そんなの言うまでもないだろ」


 あまつさえ、つぶやく声に答えている。

 波状攻撃で追い詰めていたはずが、今の彼女にはそれほどの余裕が生まれてしまっている。


(どれだけ呆けていた。その間にどれだけ殺された?どこで……どこで間違えて、)


「キミがさっき当てて見せたじゃないか。オレはさ」


 燃え盛る炎の中で黒い外套が翻り、白い肌が赤々と照らされる。

 引き締まり柔らかにしなる肉体に沿って、木の根が傷のように肢体を這う。

 植物を介した肉体と精神への干渉能力。木の根。あれが根ならば、植物の全身は。茎は。葉は。……花は?


(こいつは……この女は、常に踊るような回転の動きをしていた。大剣の遠心力を活かすため?それとも、何かを……例えば、花粉なんかを撒き散らしていたのなら?それも……それも干渉に、魔法に使えるんじゃないか?)


オレは《狂奔の勇者》だよ。わかってるだろ?」

「――ひ、」


 屍の山の上で、咲き誇るように血の赤が散った。

 『竜の喉』を使える魔族ミメクは既に死んだ。否、もはや生き残った魔族ミメクはこの場にたったの二体。シャエバと、ディンツェだけだった。


「貴様……貴様は、我々が貴様の魔法を知っていたから。だから、押されるふりをして、知らずのうちに違う方法で……」

「まあ、そうかもね。で?だったらどうする?降伏でもしてみるかな?」

「く、ひ、……」


 今にして思えば、もっと前からおかしかった。

 この女の出現に部隊の誰もが気が付かなかった。

 最初に死んだヴァーロロ達の三体だって、油断していようがあれほど簡単に死ぬ連中ではなかったはずだ。ならば、ならば……


(どこから。どこからがこいつの手の内なんだ。さっきの推測だって正しいのかはわからない。わかるはずがない。なら、もうなにをしても、俺は)


「い、嫌だ……嫌だ。違う。違う。違う違う違う違う!!!」


 恐怖によって与えられた狂気を脱したシャエバは、しかし今、自らの狂気によって戦意を取り戻す。そうだ。違う。たとえこの勇者との戦闘で選択肢を間違えたのだとしても。そもそも戦うことが間違いだったとしても。あるいは、人間の村を襲うなどという行いからして、本当は失敗だったのかもしれないとしても。


「俺は……俺は選んだ。俺達は憎しみを選んだのだ!貴様ごときの、仮初めの狂奔なんぞに負けることなど断じて無い!例え、例え命潰えるとしても!同胞の無念を!苦しみを!絶望を!!この世界に!!」

「……そっか。ああ、いいね。悪くない」


 濁った少女の瞳が、どこか嬉しそうに細められる。

 あるいは、獲物を見つけた捕食者のように。

 あるいは――求むるもの、目指すものをみつけた幼子のように。


「なら、おいでよ。キミの勇気を見せておくれ」

「馬鹿にッ……するな、勇者ァああああああッ!!!!」


 二対四本の鉤爪の腕と、処刑の大剣が交差する。

 踊るような刃の渦に、腕が、胴が、首が、腕と腕が切り落とされて。

 ただ一本、残った最後の鉤爪だけが、軽く勇者の頬を撫で――


「おやすみ。……ありがとう」

 

 ――そうして、狂った魔族ミメクは退治され。

 村には平穏が訪れた。


                *


 凄惨な戦いも、あの虫の魔族ミメクの絶叫も、どこか夢のようだった。

 ケルハ少年の意識はふわふわとして、自分がどうなっているのかもわからない。

 それでも、選んだ通りに見届けた。彼女の勝った結末まで。嘘みたいだった。


 (生きてる。僕は。……もう、終わるのかもしれないけど)


 嫌だ、と思った。彼女を信じて、無茶をしてでも戦いを見届けた。そこに何の後悔もない。自分がしたいことをやりとげたのだから。ただ。だからこそ、終わりたくはない。眠くてもう休みたいけれど、休めばきっと穏やかなのだろうけれど。


(嫌だなあ……)


 気がつけば、勇者はケルハの眼の前まで来ている。確か、ディンツェとかいったっけ。《狂奔の勇者》。彼女と魔族ミメク達の戦いは怖かった。怖かったけれど、僕達を助けてくれた恩人だ。なら、お礼をいわなくっちゃ。


「ぁ……り、が……」

「……ふふ。ああいや、どういたしまして。ふふふ」


 ああ、やさしく笑っている。さっきと同じ微笑み。

 怖いなんてとんでもない。とてもきれいだ。

 やっぱり信じてよかったのだと、少年は心から思って。


「うん、……うん。やっぱりいいね。とっても好みだ」


 だめだ、もう限界だ。

 抗って抗って、それでもまぶたを閉じるその間際。

 少女は、少年の手を取って。


「ねえキミ――、一目惚れだ。オレと一緒に来ておくれよ!!!」

「……ぅえ?」


 少年は、疑問で頭がいっぱいのまま暗闇に意識を放り出した。

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