悪夢は猿夢

夢を見ていた


「次は活けづくり~活けづくりです」


多分猿夢さるゆめだ、今朝みたから分かる

これは明晰夢めいせきむ?いや、違う気もする

でも夢じゃないって言うのも、何かおかしい


「次はえぐり出し~えぐり出しです」


猿の声とは思えない、少しあどけなさのある男の声

なにか心の中のもやもやが疼く

体がうまく動かない


「次は挽き肉~挽き肉です」


挽き肉、挽き肉

心の中のモヤモヤが大きくなってくる

何故だろう?というか、ここはどこだ?


電車の中ではない

夢の中でもない

ここは、多分車の中だ


「あれぇ?起きちゃったの?」


なんだ、なんなんだこれは

おかしいな?体が動かない。どういうことだ

回りを見渡すやはり後部座席のシートに寝転がされている


ただ。なぜ?という疑問があった

俺は布団で寝た

それなのに今は車の中にいる


「……意味が分からない」

「分かんなくていいよ。って、なんだよ、じゅうたい気味じゃん。めんどくさ」

「……おい、誰だ?」


体を動かそうとする、でもやはり動かない

これは、縛られているな

その体に感じる確かな事実がこれは夢なんかではないと俺を再認識させる


久々の感覚

周章狼狽しているのだろう

胸がざわざわする


「ぼく?ぼくがだれかって?なに、覚えてないの?」

「は? だから誰なんだよ、ふざけてねぇで答えろよ!」

「うるさいなー、殺すよ? いや、別に後で殺すから今はいいや」

「お前、何言ってやがる……」


俺はこの見知らぬ男に殺されるらしい

意味が分からない、心当たりなんてない

最近はずっと家の中だけで大人しくしてた筈だ

あの女はそもそも孤児だし、兄弟もいないと言っていた


じゃあこの男は、誰なんだ?


「ぼくはね今までお前を殺すことだけを考えてきた」

「はぁ? 何なんだお前」

「ずっとずっとお前の夢だけをみてきた、あの夜から」

「あ? あの夜?」

「なに、覚えてないの? なぁ、本当に覚えてねえのか?」


あの夜、なんなんだ。俺が何かをした夜。

思い出すのはあの日のこと、あの日も夜だった。

こいつに見覚えは無いし俺の部下だった奴ではないだろう。


だったらなんだ? あの日殺したやつらの遺族か?

考えろ、考えろ……


……あ


もしかして、と一つだけ思い浮かぶ節があった


「お前、もしかして」

「思い出した?そう、あの夜ゆいいつ殺されなかった人間」

「ん……あぁ、あのガキかぁ!」


そうそう、そんな奴もいた。

あの男が一人、ガキだけを連れて逃げて行ったんだ。

そんで、ガキの成れの果てがこれか。はぁ(笑)


「碌な人生歩んでねぇみたいだな。ははっ! ざまぁねぇな!!!」

「お前、今の状況分かってんの?」

「はっ、どうせ今は運転中なんだ。どうこうできねえだろ」

「今はじゅうたい中なんだけど?」


そう言ったこいつはあろうことか後部座席に乗り込んできた。

初めてこいつの顔がはっきりと見えた。

俺の家にいた女と同じ目、漆黒のどこまでもそこが無いような暗闇を宿している。


思わず顔に気持ちの良い感情をしたためる。

嗜虐心で埋め尽くされる。


俺が壊した人間は皆こんな目をするのかと、その事実だけが俺の目の前にある。

ああ、目を食べるのも良いな。ゼラチン質だが、それもまた粋なのかもしれない。


「何、考えてんだよ」

「ブゴォ!?」


暗闇を宿した瞳に見とれていたら、顎下をぶん殴られた。

余りに突然の事だったので意識が飛びかける。

……くそ、クソが!!!


こんな縄さえなけりゃこんなガキ見てぇなヤツ、一瞬でやれるのに……!!!


「何考えてんだよ。おい、聞いてのか? ねぇ、ねぇねぇねぇ」

「うっせ……がぁッ!!!」

「ねぇ、ねぇ、今のおまえにそんなよゆうあると思ってんの? ねぇ、聞いてんだけど、ねぇねぇ」

「く、クソガキがぁぁ!!! いい加減にしねぇと……ゴフッ!!! ぅぐあぁ……」


振り上げられる拳の一撃一撃が重い、こいつは


『経験者』だ。


殺しをなんとも思わない、他人に暴力を振るう事を悪と思わない。


俺と同じ類の人間……


「ま、いいや。前の車も動きそうだしさ」

「クソ……覚えてろよ」

「だまれ」

「うぐっ」


そう言って、俺の口の中に何かを詰め込んできた。生温かい感覚、慣れた味のする肉だった。そう、人肉だ。生肉だから食えたもんではないが。


やっぱり、こいつは本当に何人も殺している。その上で生肉を保存するくらいの狂気を持ち合わせている。少し、まずいか。


「次は挽き肉~挽き肉です」


またさっきと同じ言葉を楽し気に呟き始めた。

人間の生肉を口の外に吐き出しながら、思案する。

猿夢。挽き肉。


……そうか、なるほどな。


目の前のガキはあの日のことをそっくりそのまま俺に返そうとしてるって訳だ。




こいつは、厄介だな。クソが。

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