第4話 瓦礫に埋まる街(その2)

「あのあと、すぐに連絡があってのう――」

 装甲トレーラー――“ホーネットはワシのヨメ”号は、定睦自慢の医療処置車だった。

 もちろん、アンドロイド用だが簡単な処置なら人間も対応可能であり、その内部は交換用機材や修復用の消耗品を収めた倉庫が半分、残りの半分は手術室とキャンピングカー並みに充実した居住スペースになっている。

 当然、自動運転でドライバーはいない。

 その居住スペースで、スクリーンに映し出されたニュース映像を見ながら定睦が続ける。

「――ボラガサキ市で災害が発生したので、逃げ遅れたり、置き去りにされたりしたアンドロイドを助けてほしいと」

 ニュース映像には警察か軍によって道路が封鎖されている様子と、空撮により倒壊したビルの様子が映し出されているが、市の一画だけを瓦礫の山と化したこの災害がなんなのかまでは映像からもレポーターの言葉からも読み取ることはできなかった。

「なにが起きてるんでしょうね」

 つぶやく冬祐に、定睦も――

「わからんのう」

 ――首を傾げる。

 やがて“ホーネットはワシのヨメ”号はボラガサキ市の市街に入った。

 しかし、すぐに停車する。

「どうした?」

 定睦が言いながら、スクリーンに外の様子を投影する。

 正面には警官の姿とバリケードがあった。

 ここは“被災地域”と“なんの影響もない地域”の境界に位置するらしく、バリケードの奥は倒壊した建物や瓦礫が累々と広がっているが、バリケードの手前の建物は壁面にヒビひとつ入っていない。

「警察の進入規制じゃ。ちょっと、顔を見せるか」

 定睦は、つぶやきながらコンテナの窓を開けて顔を出す。

 ほぼ、同時にバリケードが解除されてクルマが再発進する。

「日頃から多額の寄付をしとれば、こういう時に役に立つ」

 そう言って笑う。

 その言葉の意味を邪推した冬祐も、意味ありげな笑みを浮かべる。

「それって、アレですか」

 しかし、その意味を悟った定睦は否定する。

「違うぞ。ワイロじゃないぞ。警察に協力する姿勢を普段から示しておることで、信用を得とるのじゃ。カネで信用を買っとるってとこじゃの。わはは」

 映し出される外の様子は、バリケードを越えると一転して瓦礫だらけになった。

「なんか“音”を検知しとるな」

 瓦礫の原と化した町並みを映し出している画面の隅に、検出された音声を現す波線が表示されている。

 翠がつぶやく。

「動いてるものがあるんでしょうか?」

 冬祐は首を傾げ、定睦は頷く。

「進路変更。音の発生源に向かうのじゃ」

 定睦の音声入力を受けて、装甲トレーラーが大きく進路を曲げる。

 “音”の正体は、すぐに現れた。

「なんだ、あれ」

 思わず口にする冬祐のとなりで、定睦と翠も目を疑っている。

 そこにいるのは“ひとつの目を持つ巨大な黒いスライム”だった。

 それが、ドーム状の屋根を持つ体育館のような建物の前で、全身から伸ばした何本もの触手を振り下ろして地面を叩いている。

「ボラガサキ市自慢の多目的ホールじゃが……なにか、おるのか?」

 目を凝らす定睦が画面をズームする。

「た、大変です。定睦様。あそこに倒れているのは……」

 すでに“ホーネットはワシのヨメ”の意味を説明されている翠が、いち早く気付いて定睦を見る。

 直後に定睦も気付く。

 そして、ぶち切れる。

「てめえええええええええっ」

 “ホーネットはワシのヨメ”号が急加速してスライムに突進する。

 冬祐は、ここでやっとスライムが触手で叩いているものがなにかを理解する。

 それはホーネットだった。

 スライムはいきなり現れた“ホーネットはワシのヨメ”号をかわすことができず、十数メートルの距離を弾き飛ばされる。

 しかし、ダメージはない。

 驚いたようにぐいと鎌首をもたげて“ホーネットはワシのヨメ”号に巨大な目を向ける。

 反撃が来る?――緊張する冬祐だが“単眼スライム”は、そのままずるずると遠ざかっていった。

 ほっと息をつく冬祐の背後でドアが開き、定睦が、よほど急いでいるのか足をもつれさせながら外へと転がり出る。

 その様子に翠が慌てる。

「先生、大丈夫ですか」

 しかし、定睦には聞こえてないらしい。

 応えることもなく起き上がると、うつぶせになっているホーネットのもとへと走る。

 そして、すぐに周囲をきょろきょろと窺う。

 後に続いた冬祐と翠は、すぐに定睦がなにを探してるのかを理解する。

 ホーネットは右足を失っていた。

「ありましたっ」

 見つけた冬祐が声を上げて駆け寄り“ホーネットの右足”を拾い上げる。

 一方の翠は、うずくまっていたホーネットの下からペットロボットを抱き上げる。

 “りゅーりゅー”と奇妙な鳴き声を上げるファンシーなペットロボットだが、それがなんの動物を模しているものなのか、冬祐にはわからない。

 実在の動物ではなく、なにかのキャラクターかもしれない。

 ヒメがつぶやく。

「ホーネットは、ペットロボットあれをかばってたんだね」

「うん」

 ホーネットの足を手にした冬祐が頷く。

 そこへ声を掛ける者がいた。

「大丈夫ですか」

「早く早く」

「今のうちに」

 顔を向けると、多目的ホールのエントランスから必死に手招きをしている、十数人の人影があった。

「逃げ遅れた人たちか」

 つぶやく冬祐に、ヒメがささやく。

「あの中で人間は、スーツの女と小さい女の子だけだね。親子かな。あとはみんなアンドロイドだよ」

 確かに親子らしきふたり以外は、誰もが身体の一部を損傷して機械部品を露出させていた。

「立つのは無理じゃろ」

 定睦の声に振り返る。

 ホーネットが無言で立ち上がろうとしていた。

 しかし、立てるはずもなく、すぐにその場で倒れそうになる。

 慌てて定睦が支えようとするが、ホーネットはその手を振り払う。

「触るなっ、変態野郎」

 その剣幕にぽかん状態の定睦と冬祐だが、翠が手を挙げる。

「あたしがっ」

 そして、抱いていたペットロボットを定睦に預けて、ホーネットを介助する。

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