第3話 駆け込み寺の大騒動(その14)

「とりあえず、ボラガサキ市へ行ってみます」

 冬祐は充電を終えた翠とともに、管理庁舎のエントランスで見送りに出てきた定睦に告げる。

 行ってみたところで今も由胡がいるかはわからないが、他にあてがないのだからしょうがない。

「そうか。ここからならクルマで一時間くらいじゃ。元気での」

「お世話になりました」

 他のアンドロイドたちも冬祐に声を掛ける。

「お元気で」

「お気を付けて」

 冬祐は定睦を奪還した英雄なのである。

 もっとも、実際に働いたのはホーネットで、冬祐はなにもしてないのだが、

 “見送り隊”の中には、知佐の姿もあった。

 定睦が知佐を促す。

「帰るのなら、一緒に乗っていったらどうじゃ」

 しかし、知佐は首を横に振る。

「もう、しばらく……ここにいて、いいですか」

 その言葉に冬祐は思う。

 知佐も“デブ”と同様に、ホワイト団の一員として警察に目を付けられている可能性があるのだ。

 それを考えれば、確かに町へは帰らない方がいいだろう。

 伏し目がちの知佐に、定睦が笑う。

「構わんよ。気が済むまでおったらいい」

 その時、冬祐の背後で空気がざわつく気配があった。

 ヒメが叫ぶ。

「冬祐っ、後ろっ」

 振り返ると、そこにはワームホールが開いていた。

「いきなり、そんな」

 身構える冬祐だが、ワームホールの中でなにかが動いていることに気付いて目を凝らす。

 それは――由胡だった。

 由胡はワームホールから出ることはなく、逆に冬祐に手を伸ばす。

 悲痛な表情で。

 助けを求めるように。

 そして、告げる。

「……百三十六・四七四七。……三十五・一一二二。……冬祐……お願い……」

 言い終えると同時にワームホールが消えた。

 突然、現れて消えた怪現象にざわつくアンドロイドたちの中で、冬祐とヒメが顔を見合わせる。

「なんだ、今のは」

「座標、かな」

 翠がささやく。

「だとしたら……ボラガサキ市の北西エリアですね。公共施設の多い一画です」

 やはり、由胡はまだボラガサキ市にいたらしい。

 ヒメが冬祐を見る。

「今の様子だと、なにかやばそうな感じだけど、行く?」

 即答する。

「もちろん」

 その答えを確かめるように、ヒメがさらに問い掛ける。

「罠かもしれないよ? それでも?」

 冬祐の答えは揺るがない。

「罠だとしても他に手掛かりがないんだし。罠かどうかは近くまで行ってから考えよう」

 改めて定睦に向き合う。

「ということで、行ってきます」

 しかし、定睦はじっと冬祐の顔を見つめてつぶやく。

「垂水冬祐――か」

「はい?」

 なぜか名を呼ばれて戸惑う冬祐に、定睦が続ける。

「それにアンドロイドに妖精と。一体全体、なにをしとる連中なのか。いや、そもそもナニモノなんじゃろうかのう――」

 言いながら定睦が冬祐に向けたまなざしは、初めて見せる疑念に満ちたものだった。

 考えてみれば、当たり前の話である。

 冬祐自身のことは、なにひとつ定睦には伝えてないのだから。

 もっとも、隠す意図があったわけではない。

 聞かれてもなかったし、あえて、こっちから言うべきことでもないだろうと思ってた。

 そうやって話す機会のないまま、別れの時を迎えてしまっただけなのだ。

 とはいえ、冬祐は悲しかった。

 “不審者を見るような目で見られたことが”ではなく、大恩人の定睦にそんな表情をさせてしまったことが。

「あの、僕たちは……」

 そんな自分を悔いた冬祐が“やはり話すべきなのだろう”と口を開く。

 しかし、同時に定睦が一転して“にかっ”と笑う。

「――いや、なにも言わんでいい。なんかあったらいつでも戻ってくればいい。相談だけでもよいぞ」

 そして、集まっているアンドロイドたちを見渡す。

「もともと、ここには訳ありの者しか集まらん。じゃから、イマサラ、何者だろうとどうでもいい」

 そう言って、冬祐の肩をぽんぽんと叩く。

「ありがとうございます」

 感情で胸が詰まった冬祐には、それだけしか言えなかった。

 管理庁舎に隣接する車庫から現れたワゴン車が背後で止まり、運転席を下りたジャケット女性が冬祐を促す。

「こちらを使ってください」

 同じものを定睦奪還作戦で乗ったことがあるので、運転を必要としないことはわかっている。

 早速、乗り込んだ翠が、由胡の残した座標をナビシステムに入力する。

 あとは自動で設定した場所まで運んでくれるし、そこで乗り捨てれば、勝手にクルマだけがサダチカ・シティここへ戻ってくることになっている。

「では」

 改めて冬祐は定睦に頭を下げる。

 定睦が冬祐の手を握る。

「気をつけての」

 冬祐がその手を握り返す。

 そして、集まっているアンドロイドたちに声を張り上げる。

「ありがとうございました。お世話になりました」

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