第3話 駆け込み寺の大騒動(その13)

 翌朝。

 控え室の冬祐のもとへ知佐が訪ねてきたのは、朝食を終えた冬祐が先生に右手の包帯を替えてもらった直後のことだった。

「……お願いしたいことがあるんだけど」

「なんざんすか?」

 あえてバカっぽく問い返したのは、知佐が明らかに緊張しているから。

 それをほぐそうという冬祐なりの気遣いだったが――

「昨日のあれ……」

 ――伝わってないらしい。

 気を取り直して、訊き返す。

「なんかあったっけ?」

 知佐がタブレットを差し出しながら、ぼそりと答える。

「先生?――が、連れて行かれた先を調べた」

「ああ、あれな」

 すぐに思い出す。

 実際に調べたのは冬祐ではなく、ヒメなのだが。

「あれで探してよ」

「誰を」

「デブ……欠坂。復讐したいから」

「復讐?」

「どうせ、どっかに逃げてる。警察に通報してやる」

 確かに知佐としては許せないだろう。

 ふわりと現れたヒメが――

「いいよ。面白そうだし」

 ――冬祐にささやいて、タブレットに潜り込んだ。

「探すって、どうやって?」

 問い掛ける冬祐に、タブレットの中からヒメが返す。

「とりあえず、市内にある防犯カメラのログを片っ端から見てみる。昨日の朝からじゃあ、遠くまで行ってないと思うし」

「そのログって、どっかにまとめられてるのか?」

「治安維持とか犯罪捜査の名目で、警察でもリアルタイムで集約してるぽい」

 ということは――。

 冬祐はちらりと知佐を見て、ヒメに問い返す。

「警察に“デブ”のカメラ映像があったとしたら、それはもう警察が“デブ”の居場所を特定してるってことだよな。てことは、すでに復讐の余地はないってことか」

 しかし、ヒメは――。

「別に警察が集約してるからって、リアルタイムで全部、見てるわけじゃないよ。なんかあった時に再生して見るために集約してるだけでさ」

「ん? どういうこと?」

「防犯カメラの映像集約はリアルタイムで行われるけども、その内容を警察が把握するのはリアルタイムじゃないってこと。わかる?」

 要するに“デブ”が映っている防犯カメラデーターが警察にあったとしても、警察はその内容をリアルタイムで把握しているわけではないということである。

 ならば、警察より先にデーターを閲覧すれば、知佐の言う“復讐”の余地はある。

「なるほど。わかった」

「あ、いた」

「早いな」

「いや、でも、ちょ、これ……。う~ん」

 明らかに困っているヒメの様子に、冬祐が戸惑う。

「どうした? なにかあった?」

「結論から言うと映ってるよ。場所は、ボラガサキ市サイリン通り北区第四エリアの路上。時刻は、今から一時間くらい前だね」

「一時間くらい前に、その、ボラなんとかにいたってことか」

「今もいるんじゃない? リアルタイムでは確認できてないけど」

「なにかやってるのか」

「ん~ん。路上に転がってる。死体として」

「は?」

 思わぬ言葉にぽかん状態の冬祐だが、それに気付いていないヒメは見たままを伝える。

「一時間前にそこで殺されてた。殺したのは、あの女。芦川由胡だっけ?」

 その名を聞いて我に帰った冬祐が問い返す。

「なんでだよ」

 由胡が“デブ”を殺した?

 なぜ?

 由胡が“デブ”を殺す理由が、どう考えても出てこない。

 ヒメも戸惑っている。

「知らないよー。でも“ジャマしやがって”とか言ってるのが、音声データーで残ってる」

 ということは――冬祐は重大なことに気付く。

「防犯カメラのログに残ってるっていうことは、警察はこの撮影記録データーを見るんだよな」

「路上の死体が見つかったら、見るだろうね」

「それってマズくないか」

 “女王様”のもとへ通じる宅配ボックスを持って逃げた由胡を追っている身としては、警察が介入することは面倒以外のなにものでもない。

 そんなことを考えて心拍数の上がる冬祐に、ヒメが答える。

「由胡のことなら、大丈夫だと思うけどね。空間歪曲で逃げられるだろうし。一応、由胡のとこにはノイズを上書きしておくよ。警察の閲覧前かどうか、間に合ったかどうかはわかんないけど」

 そこへ知佐が口を挟む。

「いたんですか?」

 少し前からの冬祐のうろたえ振りに、声を掛けるタイミングを計っていたらしい。

「い、いたけど。すでに死んでる。殺されてた」

 言ってから、余計なことを付け足してしまったと後悔する。

 知佐はその“余計なこと”に食いつく。

「殺されてた? 誰にです?」

 冬祐は無意識のうちに、嘘をついていた。

「いいいいいいいや、知らない。ケンカでもしたんじゃないかな。あの、ほら、あれだ。すげえ懸賞金もらって、調子に乗って、騒いで、通行人と揉めたとか、酔っ払いと揉めたとか、店の用心棒と揉めたとか。巡回中の警官と揉め……それはないか」

 知佐は言い繕う冬祐を放置して、タブレットで警察の通信回線に侵入する。

 そして、そこから流れる音声に耳を澄ませる。

「被害者は……肥満体型……Tシャツにデニムベスト……ホワイト団の逃走したひとり……携帯している住民証から欠坂金衛……二四歳……目撃者はなし……防犯カメラの映像を確認してください」

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