第3話 駆け込み寺の大騒動(その12)
冬祐と定睦が無人誘導車でサダチカ・シティへ戻ったのは、正午を過ぎた頃だった。
帰りの車中で、ずっと、ホーネットを抱きしめた感触を反芻してにやける定睦は、冬祐の目から見てもキモかった。
その定睦は、管理庁舎へ着くと休憩もとらず、集中治療室へ駆け込んで翠の治療を再開した。
治療は順調に終了した。
控え室の冬祐が連絡を受けて駆けつけた時には、意識も運動機能も完全に復旧した翠がベッドの上でライトガウン姿の上体を起こして、いつからいるのか、ヒメを交えて定睦と談笑していた。
「もう心配ないぞ。普段通りに行動してかまわんが、念のため、もう一泊していけばいい」
「ありがとうございましたっ」
深々と頭を下げる冬祐に、定睦は手を振って応える。
「なに、これがわしの役割じゃ、生きがいじゃ。じゃあの」
定睦が去り、カーテンで仕切られたベッドとバイタルモニタだけしかない部屋は、急に静かになった。
そこへ“くすん”と鼻を鳴らしたのは翠。
「? どうした?」
怪訝な表情で覗き込む冬祐を、翠は濡れた目で見つめ返す。
「先生から聞いたんです」
「なにを?」
「ここに来てからのことを全部」
「うん」
“それがどうした”と目で続きを促す冬祐に、翠は耐えかねたようにぼろぼろと涙を流して顔を伏せる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
唐突に泣き出されて、冬祐はどうしていいかわからない。
そもそも、翠がなにを謝っているのかがわからない。
ヒメも戸惑っている。
互いに顔を見合わせて、首を傾げる。
翠がやっと口を開く。
「せっかく、冬祐様があたしの治療のために、危ない目に遭ったりして、こんなにしてくださったのに、でも、あたしは、あたしには……快翔様が。ごめんなさい」
「?」
それでもわかってない冬祐に、ヒメが呆れたようにつぶやく。
「要するに、翠はオーナー一筋だから、冬祐の愛には応えられず、ごめんなさいってことか」
一方の冬祐はため息混じりにぽつり。
「別にそんなの期待してないんだけど」
そして、まだ泣いている翠の背中を撫でる。
「そんなの気にしなくていいからゆっくり寝ろ。出発は先生の言う通り明日にしよう。な?」
「はい。……ごめんなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。