第3話 駆け込み寺の大騒動(その10)
非常口からの侵入に成功したものの、ここからどうしていいか、わからない。
五十階のビルですべての部屋を覗いて回るわけにもいかず、カーペット敷きというオフィスビルというよりホテルのような廊下で、冬祐は途方に暮れる。
不意にヒメがささやく。
「冬祐。あそこ」
その指差す先にいたのは――芦川由胡。
「なんでここにっ」
冬祐は何度目かわからない疑問を、条件反射のように口走る。
その冬祐に対して由胡が叫ぶ。
「遅いっ。早くっ。時間がないからっ」
そして、くるりと背を向けて走り出す。
同時に冬祐たちの背後から怒声。
「誰だ、オマエら。どっから入ったっ」
やべえ、見つかった。
振り向くこともなく、由胡を追って角を曲がる。
その目の前にあったのは、口を開いた
次の瞬間、冬祐は大層な創立理念が掲げられた壁と、活動を誇る表彰状を収めた額縁やトロフィーの並ぶ棚、厚いカーペットと応接セット――理事長室にいた。
「どうやって、ここまでっ」
不意に聞こえた定睦の声に振り返る。
応接セットで中年婦人と向き合って座る定睦が、冬祐とロボットを見ていた。
定睦と中年婦人との間のローテーブルに置かれているタブレットサイズのスクリーンには、書類らしき様式の中に文字列が表示されている。
その様子は商談か契約の最中にも見えるが、異様なのは定睦の周囲を複数の屈強な男女が取り囲んでいること。
さらに、その中のひとりが、あろうことか定睦に銃口を突きつけていること。
「なんか、すげえ現場に出くわしたっぽい」
その様子に思わずつぶやく冬祐へ――
「ぽいねえ」
――ヒメがため息混じりで答える。
「どうせ、サダチカ・シティとやらから来たんだろう?」
ベリーショートの中年婦人が、重みのある声と鋭い眼光を冬祐とロボットに投げつける。
彼女が“理事長”であり“尋ね人の告知人”であり“定睦誘拐事件の黒幕”であり“定睦の遠縁”である津谷頼子なのだろう。
「ちょうど、いいわ。立会人として」
頼子が手で合図を送ると、定睦を囲んでいた“屈強部隊”のひとりが冬祐のかたわらへと移動する。
銃こそ持っていないが、冬祐が妙な動きをしようものなら即座に押さえつけるつもりなのだろう。
冬祐が渋面でつぶやく。
「だから、いやだって言ったのに」
さらに、ぼそぼそと続ける。
「だいたい、こんなやべえ
襟元に潜んだヒメが答える。
「エネルギーの残量とかが足りないんじゃない? ワームホールで自分が移動するだけならともかく、第三者の冬祐とバカでかいロボットを運んだあとだから。消費エネルギーが重量次第か容積次第かは知らないけど、空間歪曲するだけの力が残ってないとか」
「なるほどねえ」
ぼやく冬祐となだめるヒメに構わず、頼子が定睦に詰め寄る。
「早く
定睦が問い返す。
「ワシが署名しなかったらどうなるかを、まだ聞いとらんが?」
頼子はソファに背を預けて、定睦を見下すような姿勢になる。
「まだ言ってなかったかしらねえ。あんたが署名したらさっきも言った通り、あんたはカンパーナの役員になる。そして、署名しなければ、あんたを拉致する時に拉致部隊の仕掛けてきた反物質爆弾がサダチカ・シティを消滅させる。それだけよ。あんたがどうすべきかは考えるまでもないでしょう?」
その時、旧型ロボットが口を開いた。
「本当に、役員に迎え入れるだけでしょうか」
頼子が弾かれたようにロボットを見上げる。
ロボットが続ける。
「例えば、役員に迎えたあとで不慮の事故に見せかけて先生を殺せば、カンパーナは六千億丸儲けとなります」
頼子が叫ぶ。
「黙らせろっ」
“屈強部隊”のひとりが、定睦に向けていた銃でロボットの頭部を撃ち抜いた。
ロボットは、冬祐が肩をすくめるほどの大きな音を“がしゃり”と立てて、倒れ伏す。
そして、話さなくなった、動かなくなった。
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