第2話 祭りへようこそ(その4)

「翠……?」

 遠慮がちに声を掛ける冬祐に、翠は濡れた目で答える。

「オーナーのことを思い出してました。一緒に暮らしてた時と同じ充電システムだったので」

 解体工場で救出した時の翠の言葉を思い出す。

「オーナーって……快翔さん?」

 翠が頷く。

「お引っ越しの日に、あたしは捨て――置いていかれたんです」

 そこまで言って湧き上がったらしい感情を抑えつけるように、少し早口になって続ける。

「快翔様はやさしい方です。おそらく、新居が“アンドロイドお断り物件”だったのでしょう。なので、あたしは人間になるんです。人間になって、また快翔様のそばに……」

 不意にテレビが点いた。

 なぜ、急に――と戸惑う冬祐が向けた目線の先で、画面ディスプレイからヒメが姿を現す。

 直接、テレビ本体に潜り込んで起動したらしい。

「ヒメも起きてたのか」

 声を掛ける冬祐に、ヒメは画面に身体を向けたまま背中越しに答える。

「もっと、寝ててほしかった?」

 その意味が冬祐にはわからない。

「なんで?」

 しかし、ヒメはフテクサレ口調で冷たく返す。

「いいんだよ。私の存在を忘れて、ふたりで仲良くしてりゃあさ」

「なに、怒って……」

 言いかけた冬祐だが、テレビに映し出されたものへ目が釘付けになる。

 そこに映っているのは、昨日の解体工場で見たスーツ姿の中年男だった。

 テロップには“默網塚解体工場副工場長”の文字。

 ニュース映像らしき画面は、默網塚解体工場が原因不明の事故により設備の大半を損傷し、さらに現場にいた社長の默網塚黒美が死体で発見されたことを伝えていた。

 処理施設として届け出がないにもかかわらず、施設内から大量のアンドロイドの残骸が見つかったことも。

 画面の下部を流れる“コメント一覧はEボタン”という文字に、より詳しい情報を知ろうと冬祐はリモコンパネルをタッチ操作する。

 画面が分割され、チャットが流れる。

 ――違法業者の最期か、悪いことはできないねえ――

 ――死体は機械で挟まれてずたずただったって言ってるけど、解体しようとしてたアンドロイドにやられたんじゃねえの――

 ――もともと、この会社はやべえうわさがあったとこだからな。自治体の指定も裏でいろいろ工作して獲得したって話だし――

 ――着衣が下着しか見つかってないってネットニュースでやってたけど、なんでだ?――

 ――この工場破壊の真犯人はホーネットだとオレは見るね――

 ――オレもそう思う――

 ――いやいや、こんな片田舎の隠し工場をわざわざ潰しに来ないだろ――

 ――だよな。世界中にまだまだいくらでも大規模な解体工場があるもんな――

 冬祐はずらずらと流れる無責任なコメントに目を這わせながら、首を傾げる。

「なんだ“ホーネット”って」

 画面が切り替わり、天気予報になった。

 時間帯とエリアと天気記号が並ぶ背景は、当然のように冬祐にとって初めて見る光景だったが、雰囲気的には元の世界で見慣れた“朝の天気予報”となんら変わりはない。

 画面のほとんどを占めている駅舎らしき建物と、そこへ通じる大交差点をリアルタイムで映し出しているが、人の姿がほとんどないのは通勤通学にはまだ早い時間帯だからなのだろう。

「ちょっと、待ていっ」

 不意に冬祐が叫ぶ。

 その声に後ろ姿のヒメがびくんと飛び上がる。

「なによう」

 振り向くヒメだが、冬祐は画面を凝視して答えない。

 その目線の先では、駅前の掲示板を昨夜と同じ後ろ姿が見上げている。

 後ろ姿の主は、もちろん、芦川由胡である。

「こ、これって、どどどどこの」

 興奮状態の冬祐に答えたのは翠。

「ガガノハラ市中央駅です。ここの最寄り駅です」

「行こう、すぐに」

 借り物の寝間着から着替えて部屋を出ると、すぐ前に設けられた温室にメグの押す車椅子で入っていく月江が見えた。

 温室とはいえ、中には噴水があって小川が流れている巨大温室である。

 そこへ駆け込んできた冬祐と翠に、メグが月江に“冬祐様です”と告げて頭を下げる。

「おはようございます、冬祐様」

 月江が冬祐と翠に、ほとんど見えていない目を向ける。

「お早いですのね。もしかして、眠れませんでした?」

 冬祐は姿勢を正して答える。

「いえ、十分に休ませていただきました。早速ですが、出発しようと思いまして……」

 こういう挨拶の経験がないので、ぎこちなくなるのはしかたない――冬祐はそんなことを思う。

 しかし、婦人は気にせず、残念そうな表情で答える。

「もうしばらくしましたら、朝食が用意できますのに」

 その言葉に罪悪感が湧き上がるが、長居するわけにはいかない。

「本当にもうしわけありません。今回のことは本当に本当に本当に感謝しています。ありがとうございました」

 翠と一緒にぺこぺこと頭を下げる。

「そうですか。残念ですけど……。あ」

 なにかを思い出したらしく、かたわらでずっと手を握っているメグに問い掛ける。

「お土産になりそうなものは、なかったかしら」

 冬祐が恐縮する。

「あああああ、いや、もう、十分ありがとうございました、です」

 正直なことを言えば“手荷物が増えることを避けたい”という気持ちもあった。

 それを察したらしいメグが答える。

「あれはどうでしょう。“お守りコイン”」

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