第2話 祭りへようこそ(その5)

 メグが手配してくれた無人タクシーの車内で、冬祐はコインを眺める。

 キャッシュレス時代に入るまで実際に使われていたもので、現代でも貨幣として使用できるが“幸運のお守り”としても人気だという。

 包帯を巻いた右手では滑って落としそうなので、左手で左のポケットへ収める。

「到着いたしました、お客様。ガガノハラ中央駅中央口前です。お疲れ様でした」

 音声ガイダンスが流れて停車し、ガルウイングの扉が開く。

 このタクシーは、里村夫人が普段の外出に使用するために契約しているものらしい。

「またのご利用をお待ち申し上げております。本日はありがとうございました」

 そんな言葉に送られて降車した冬祐は、テレビで見た通りの巨大な駅舎を前に、周囲を見渡す。

 早朝ということで、人影はほとんどない。

 ヒメが、そのまばらな人影を指差してささやく。

「あれはニンゲン、あっちはアンドロイド、それはニンゲン」

 冬祐には見た目の区別はまったく付かない。

「よくわかるな」

「なぜだと思う?」

 クイズの出題者のように得意げな表情のヒメから、通行人に目を戻す。

 すぐにわかった。

「なるほど。あれはニンゲンだな」

「正解」

 ――区別が付いたのは、それが見るからに朝帰りの酔っ払いだから。

 わかってしまえば、区別の仕方などなんのことはなかった。

 こんな早朝からビジネススーツに身を包んで、姿勢正しく歩いているニンゲンはいない。

 それらはみなアンドロイドであり“それ以外”がニンゲンというだけのことである。

 由胡の見ていた掲示板はすぐに見つかった。

 テレビの中で由胡の立っていた位置に立ち、ぐるりと周囲を見回す。

 しかし、どこにも由胡の姿はない。

 そもそも、周囲にはオトナしかいない。

 唯一、未成年らしきパーカー姿の少女が、ベンチでかたわらにバッグを置いてタブレットを見ている。

 しかし、ワンレンのミディアムヘアと十代半ばに見える容姿から、一瞥して“由胡と見誤ることもない、無関係だ”と切り捨てる。

「朝帰り……というより、家出少女かな」

 つぶやいて、翠に話しかける。

「いないな。さすがにいつまでもじっとしてないか」

 翠はぼんやりと駅舎を見ている。

 その様子に異常を察する。

「翠?」

 我に帰った翠が頭を下げる。

「も、申し訳ありません。ぼんやりしてしまいました」

 そう言って照れたような笑みを浮かべる。

 冬祐は“アンドロイドもぼんやりするのか、さらには照れ笑いまでするのか”と思いながら、今朝のことを思い出す。

「もしかして、充電が終わってなかったとか」

 あの充電装置を使うのがつらくなって、充電を中止したのかもしれない。

 しかし、翠が否定する。

「いえ、そんなはずはないんですけど……大丈夫です。心配しないでくださいっ」

 万全な体調をアピールするように、笑顔で弾むように足踏みしてみせる。

「なら、いいけどさ」

 冬祐は改めて、掲示板に目を向ける。

 由胡はなにを読んでいたのだろう――そんなことを思いながら。

 とりあえず、冬祐には無関係であり、どうせ退屈な内容であろう“自治体からのお知らせ”はスルーして、画像を伴う三件の掲示情報を読んでみる。

 ひとつめは“ホワイト団に注意”。

 なんだそりゃ、ホワイト団?

 記事に目を通すと、それはアンドロイド専門の窃盗組織らしいことがわかった。

 十人ほどの顔写真が並んでいるが、もちろん見覚えのある顔があるわけでもない。

 ふたつめは“暴走アンドロイドに注意”。

 モデルのような女性の写真に惹かれて読んでみれば、それは“ホーネットと呼ばれるヒトに危害を与えるアンドロイド”に対する手配書のようだった。

 冬祐はテレビの中で見た“解体工場の件はホーネットの仕業ではないか”という意見を思い出す。

 詳しいことはわからないが“ヒトに危害を加えるアンドロイド”であれば、なるほど、そういう意見が出るのも無理はないか。

 三つめは“尋ね人”。

 前のふたつが警察からの告知であるのに対し、これは連絡先が“NPO法人カンパーナ”となっている。

 有力情報の提供者には懸賞金が出るらしいが、今の冬祐にはどうでもいい話である。

「ヒトなら“誘拐”じゃが、アンドロイドは“窃盗”なんじゃのう」

 ふと、聞こえた独り言に顔を向ける。

 サングラスにニット帽の小太りな男が、ホワイト団の掲示を見ていた。

 そこへ二メートルほどある、いかにも旧式な箱形ロボットが、ガシャガシャとけたたましい音を立ててやってくる。

「資材の積み込みが終わりました。おクルマにお戻りくださいませ」

「おう、ごくろうじゃった」

 そう言って、ひとりと一体は“駐車場”の大看板が出ているビルへと去って行く。

「お疲れではないですか。次からは、もう少し仕入れの時間帯を遅らせては」

「人目に触れるわけにはいかんのでのう。やむをえんのじゃ」

 そんなことを言いながら遠ざかる後ろ姿を見ていた冬祐だが、不意に背後で上がった悲鳴に振り返る。

 路上でヒザをついているのは、タブレットを見ていた少女の後ろ姿。

 その向こうを遠ざかる、バッグを抱えた若い男と――

「置き引きですっ」

 ――冬祐に告げて走り出す翠。

 冬祐も翠を追って走る。

 とはいえ、もちろんおいつくことなどできず、走れば走るほど距離は開いていく。

 男が路肩に無人タクシーが並ぶ大通りから、雑居ビルに挟まれた路地へと飛び込み、翠が続く。

 直後に小さな悲鳴。

「翠っ?」

 そこはまさしく都会の死角。

 追って駆け込んだ冬祐の前に、数人の男女とその足元で伏せる翠の姿があった。

 翠を見下ろすひとりの男がかざした手では、グローブ型の電撃発生器が“ばちばち”と音を立てて火花を散らせている。

 これはやばいっ。

 冬祐が慌てて翠に駆け寄ろうとした時、首筋がしびれてその場に崩れ落ちる。

 朦朧とした頭を上げると、駅前のタブレット少女が路地へ入ってくるのが見えた。

 冬祐の意識が途切れる。

 仲間だったのかよ――そんなことを思いながら。

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