第1話 女王様のお使い(その9)
工場は倉庫よりひとまわり大きく、また、灯りの漏れる窓があった。
倉庫と同様に、ヒメが正面玄関のセキュリティを停止させて侵入する。
入ってすぐの正面にはさらに扉があり、その手前に“事務所に御用の方は階段かエレベーターをご利用ください”の掲示と矢印がある。
矢印の先に目を向けると、確かに階段とエレベーターがあった。
「どっち?」
声を潜めて問う冬祐に、メグが正面の扉を指差す。
「もちろん、工場。事務所に用なんてないし。もう、扉は解錠済みだよ」
言葉通り扉が開く。
その奥は、突き当たりの扉まで長い廊下が伸びている。
人の姿はなく、見通しもいい。
ただ、足がすくんだ。
奥の扉から漏れてくる、大勢の泣きわめいている声に。
倉庫の比ではないその声を聞いて、冬祐はあからさまな“行きたくない顔”でヒメを見る。
「行かなきゃダメだよなあ」
わかりきったことを訊く冬祐に、ヒメが笑う。
「なにしに来たのさ」
「だよな」
冬祐は観念して歩き出す。
廊下にはいくつかの扉はあるが、窓はない。
壁に掲示されたなにかの認定証や安全施策や“効率化への取り組み”に、中学の遠足で行った工場見学を思い出す。
ヒメが突き当たりの扉に潜り込み――
「ちょっと、待って。……開けたよ」
――解錠する。
冬祐はその扉をそっと開いて身を滑りこませる。
そこはまさしく工場だった。
停止しているベルトコンベヤに乗せられた十数体のアンドロイドは、運動伝達系を遮断されているらしく身動きひとつしない。
しかし、その表情は恐怖にゆがみ、それぞれが泣きわめき、命乞いの言葉を発し続けている。
ベルトコンベヤの先は巨大な箱に続いているが、その箱がなんなのかは冬祐にはわからない。
ただ、箱の下部に開いた排出口の下には無数の機械部品がピラミッド状に山積しているのが見える。
その様子から、箱の中でなにが行われるかは容易に想像できた。
同じ想像をしたらしいヒメが、呆れ口調でつぶやく。
「ひどいねえ」
一方の冬祐は、連れ帰らねばならないアンドロイドの無事がわからない状態に、気が気ではない。
「まさか、もう……」
「いや、まだだね」
ヒメの小さな手が指差す先で、数十体のアンドロイドが天井から吊されていた。
ベルトコンベヤ上の者と同様に泣き叫んでいるが、まだ運動伝達系が切断されていないらしく、逃げだそうと身を捩っている。
その中に、いた。
ボブヘアで、ブラウスで、プリーツスカートの一体が。
その一体は、諦めているのか逃げようとはせず、じっとうつむいて泣いている。
「よし、急ごう」
ベルトコンベヤの駆動装置の陰を伝って、吊されている一画へと向かう。
その途中、操作卓と革張りのシートが置かれていることに気付いたヒメが、冬祐に声を掛ける。
「あそこから拘束装置を操作できると思う」
「じゃ、お願いします」
「お任せ」
ヒメは端末へ、冬祐は吊されているアンドロイドたちの下へと向かう。
ヒメが端末に侵入した直後、シートのすぐ後ろの扉が開いて入ってくる者がいた。
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