第1話 女王様のお使い(その8)

 倉庫の大きさや外観は、窓のない体育館のようだった。

 正門同様に、ヒメがセキュリティシステムに介入したことで容易に侵入できたものの、内部は闇に沈んでなにも見えない。

 “こんな状態でどうしろと”などと冬祐が考えた時――

「今、点けるよ」

 ――ヒメの声が聞こえて、すぐに照明がともった。

 鉄の柱や梁が剥き出しの寒々とした様子が露わになるが、家電らしきものが雑多に積み上げられているだけで、アンドロイドらしきものはいない。

「本当にここなのか?」

 戸惑う冬祐だが、ヒメは何事もないように答える。

「声は“下”からだね」

「“下”?」

 確かに耳を澄ませば、すすり泣きや“出してくれ、帰してくれ、助けてくれ”と哀願する声が足元から聞こえる。

「“下”って……どうやって行くんだ?」

「えっとねえ」

 ヒメは周囲を見渡し、壁に設置されている制御盤に目を留める。

「たぶん、あれだね」

 そして、冬祐のもとを離れると制御盤に張り付き、消える。

 少しの間をおいて――

「お? おお?」

 ――床の一画が、冬祐を載せたまま沈んでいく。

 その先に地下倉庫はあった。

 そこでは百体近いアンドロイドがすすり泣きや悲嘆の声を鎮め、驚いたように、あるいは怯えたように冬祐を見ている。

 そのほとんどは裸体であったり、汚れた着衣をまとっていたり、身体の一部が欠損していたり、内部の機械部品を露出させていたりしている。

 冬祐はそんな容姿も形状も異なるアンドロイドたちを見渡しながら“女王様”に見せられた“尋ね人”の容姿を思い出す。

「女子中学生みたいなヤツ……どこだ?」

 その時、不意に飛び出してきたメイド姿の少女が冬祐にしがみついた。

「お願いします。帰してください。まちがいなんです」

「え? え?」

 いきなりのことに戸惑いながら少女を見る。

 髪はきれいにまとめ上げられ、メイド服には染みもシワもない。

 彼女がなにを言っているのかわからないが、清潔感に溢れたその姿が場違いなことは冬祐にもわかる。

 同様に違和感を覚えたらしいヒメが――

「ちょっと、失礼」

 ――とメイドの頭頂部に潜り込む。

 そして、すぐに出てきて冬祐に告げる。

「確かにこの子は遺棄申請が出てないね。個体登録名――ペットに付ける名前みたいなもんだけど――はメグ。オーナーは里村月江。そうだよね、メグ」

 メイド少女のメグは突然現れた“妖精”のヒメに対して一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに“それどころではない”と頷く。

「はい、そうですっ」

 冬祐がつぶやく。

「遺棄申請が出てないってことは……不法投棄?」

「違います。まちがいなんです。オーナーのお薬を受け取りに行った帰りに、ここへ連れ込まれて……」

 ヒメが思案顔でささやく。

「野良とまちがわれたってことか」

 冬祐がヒメとメグを見比べる。

「じゃあ、早く帰らないと」

「その前に――」

 ヒメがメグに問い掛ける。

「――メイブ九二C六六四七Gって見なかった?」

 メグは即答する。

「あの……ショートヘアで、ブラウスとプリーツスカートの」

「そうそう」

 よかった、知ってる子がいた、この中から探さなくて済んだ――そんなことを考えてテンションの上がる怠け者の冬祐だが、続く言葉に息をのむ。

「ここにはいません。さっき工場棟の方へつながるベルトコンベヤに積まれて……」

 冬祐が慌てる。

「つつつつまり、解体工場の方へ運ばれたってこと?」

 メグが暗い目で頷く。

 冬祐がヒメを見る。

「急がないとっ」

「そーだね。急ごうっ」

 しかし、冬祐はすぐにメグの祈るような涙目に引き留められる。

 自分たちが急いでいるからといって、このまま放置していくのは後味が悪い。

 改めてヒメを見る。

「えと、メグさんのことは……」

 ヒメが“なんてことない”とばかりに答える。

「大丈夫だよ。とりあえず、倉庫ここと正門のセキュリティを殺してるから、今のうちに逃げられるよ。もちろん、ここにいる他のみんなも」

「ありがとうごさいますっ」

 表情を輝かせて深々と頭を下げるメグの背後で、それまで息を潜めて冬祐とヒメの話を聞いていた他のアンドロイドたちも歓声を上げる。

 逆にヒメは“喜んでばかりもいられない”と少しだけ渋い表情になる。

「でも……メグみたいに遺棄されてないのに連れてこられたアンドロイドは帰る家があるけど、遺棄申請が出てるアンドロイドには帰るとこはないんだよね。野良になって人間に追い回されるか、バッテリー切れで朽ちるか」

 冬祐も渋い表情で、出口へ向かって動き始めたアンドロイドたちに目を向ける。

「ううう。そっちも、なんとかならないものかな」

 ヒメがつぶやく。

「どこかの山の中に、非公認のアンドロイドの修復施設があって“隠れ里”とか“駆け込み寺”みたいになってるってうわさはあるみたいだけど」

「“カケコミデラ”ってなんだ?」

 “隠れ里”はゲームで見たことがあったが“駆け込み寺”は知らなかった。

「ん~。要するに捨てられたアンドロイドたちが暮らしてる生活共同体コロニーみたいな」

「なるほど。じゃあ、そこへ行けば安心なんだな」

「そだね」

「じゃあ、あとのことはそれぞれでなんとかしてもらおう」

 自分たちの迎えに来たアンドロイドがすでに解体工場へ送られたことがわかった以上は、いつまでも他人の心配をしている場合ではないのだ。

 冬祐はとりあえずの結論で思案を打ち切ると、アンドロイドたちとともに倉庫を出た。

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