第1話 女王様のお使い(その7)

 所々に残る草むらから虫の鳴き声が聞こえる中、少し離れた所に高層ビルの林立する街のシルエットが浮かび、クルマのヘッドライトらしきものがまばらに行き来しているのが見える。

 冬祐は“あれがさっきの街なのか”と考えながら、出てきた扉を振り返る。

 そこにあるのは宅配ボックスだった。

 “女王様”がいた鍾乳洞のある世界への扉は、この世界のあちこちにつながっているらしい。

 それがこの宅配ボックスだったり、高層ビル街で見たコインロッカーだったりするのだろう。

 原理や理由を考えてもわかるわけもないし、そもそも興味もないと冬祐はそれ以上考えることをやめて周囲を窺う。

 宅配ボックスのすぐ裏には、高い塀に囲まれた工場のような施設が見える。

「こっちだよ」

 ヒメに従って塀伝いに歩く。

 塀が途切れて格子状の正門ゲートが現れた。

 ゲート脇のプレートには“默網塚もくあみづか解体工場”と“自治体指定事業者”の文字が、誇らしげに彫られている。

「連れて帰るアンドロイドがいる所って……」

 プレートを見たままつぶやく冬祐に、ヒメが頷く。

「そう。連れて帰るアンドロイド――メイブ九二C六六四七Gはこの中にいる」

 ゲート越しに覗く敷地内に、三棟の巨大な建物が外灯に照らされているのが見えた。

 冬祐が手を掛けたゲートは、当然のように施錠ロックされていて開く様子はない。

「どうやって入るんだ?」

「ちょっと、待ってて」

 ヒメはすいと空を滑るように正門ゲートの隙間をくぐりぬけると、ゲートの開閉操作盤に張り付く。

 そして、吸い込まれるように消えていく。

 ひとりになった冬祐が、不安を感じそうになったその瞬間“きゅらきゅら”とテレビで見たキャタピラが動くような音がして正門が開いた。

「セキュリティも遮断したから」

 不意に現れたヒメがささやく。

 冬祐は足早に正門を通り抜け、アスファルト敷きの構内へと侵入する。

 入ってすぐに守衛所らしき小さな建物があるが、就業時間を過ぎているのか窓の向こうにはブラインドが下ろされて人の気配はない。

 その前に掲げられている構内案内図を見上げる。

 三棟の建物のうち一番近いのが倉庫であり、倉庫からダクトのような通路でつながれているのが工場棟、そして、その向こうにあるのが車庫ガレージ

「倉庫の方から声が聞こえる――」

 ヒメがひとりごちたのと同時に、その声が冬祐の頭にも届く。

「――ね?」

 これが“女王様”の言ってた“ナビとの感覚共有”というやつなのだろう。

 ただ、その声はすすり泣きや悲嘆に暮れるうめき声のようで、聞いていてあまり気分のいいものではなかった。

「じゃあ、倉庫からだ」

 歩き出す冬祐に、ふよふよと着いてくるヒメが意地悪そうな笑みを浮かべる。

「大丈夫?」

「なにが?」

 もちろん、その意味はわからない。

「この工場って、けっこーやばい匂いするんだよねー」

「自治体指定事業者だろ? だったら、やばいわけないだろ」

 社会の仕組みなどわからない冬祐だが、異世界とはいえ“自治体指定事業者”である以上、やばい存在とは思えない。

 そんな冬祐にヒメが笑う。

「甘いねー、冬祐は」

「そうかな」

「そうだよ」

「じゃあ、なにがやばいんだよ」

 “言ってみろよ”とばかりに問い返すが、上から目線で言われて不快になったということではなく、単純にやばいのなら事前に知っておきたいだけである。

 ヒメが厳しい目で工場を見る。

「たぶん、違法操業やってる闇業者だね」

 しかし、冬祐はすぐに正門プレートの刻印を思い出す。

「いや、だから……自治体指定事業者なのに?」

「さっき、正門のセキュリティをいじった時に会社情報が見えたんだけど、ここって一般の家電解体業者なんだよね。つまり、アンドロイドの解体業者として届け出てない」

「アンドロイドの解体業者って、届け出がいるのか?」

「いる。一般の家電解体業者より適用法令が多かったり、税金が高かったりするから。一部の事業者は、それがイヤで届け出せずにアンドロイドの解体やってたりする。闇業者としてね」

默網塚解体工場ここが、闇業者そうなのか」

「たぶんね。あと、倉庫から声が聞こえるってことが、そもそも法令違反だよ。搬入時点で電源切って、バッテリーを抜いておかなきゃなんないの。解体作業前に暴れたりするから」

「でも――」

 まだ、納得いかないところがある。

「――そんなにまでして、アンドロイドの解体をやる理由ってなんだよ」

「単純にカネ儲け。解体して部品を密輸するの。輸出規制国相手だと市価の数百倍で売れるからね。そのために遺棄申請の出てるアンドロイドを、正規より安いリサイクル料金で引き取ったり、遺棄申請の出てない――例えば、不法投棄とか野良のアンドロイドを拾ってきたりして……」

「なるほどねえ」

 ようやく納得した冬祐はつぶやく。

「そうか。ここって“やばい所”なのか」

 少し、震えながら。

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