第1話 女王様のお使い(その6)

 “出発”の扉の先にあるのは予想通りカウンターのある部屋だった。

 カウンターでは相変わらず“目玉inコールタール”ともいうべき“謎生物”を“案内担当”が穏やかな表情で撫でている。

 その“案内担当”に“妖精”――ヒメが声を掛ける。

「じゃ、行ってくるよー」 

 “案内担当”は、冬祐に一礼して正面の扉を手で促す。

 ――お気を付けて、いってらっしゃいませ――

 そんな声が聞こえた気がして、冬祐も頭を下げて応える。

「えと、いってきます」

 しかし、そこでヒメが声を上げる。

「ちょっと待って、冬祐」

「ん?」

 ヒメはカウンターまで引き返すと“案内担当”の正面で、うやうやしく頭を下げる。

「ヒメです」

 一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた“案内担当”だったが、すぐにヒメの真意を理解したらしく“ご丁寧にどうも”とばかりに笑顔で頭を下げる。

 そんな“案内担当”に、ヒメがドヤ顔。

「そーなの、名前つけてもらったんだあ。いーでしょ? いーでしょ?」

 その様子に冬祐は思う。

 やっぱり、名前がほしかったのか。

 “なくてもいい”とか言ってたのに。

 ヒメはさらに続ける。

「あ、そーだ。付けてもらえば?」

 冬祐を振り返る。

「名前、付けてあげてよ」

 なんだよ、それ――と思いながらも目が合った“案内担当”の期待するようなキラキラした目には勝てなかった。

「じゃあ、アン……いや、アニーで」

 “案内担当”は、表情を輝かせてヒメに何事か耳打ちする。

 ヒメが冬祐を見る。

「“気に入りました、ありがとうございます”だって」

「あ、ああ」

 冬祐は内心で恐縮する。

 “案内担当”だから“アン”――では安易すぎると“アニー”にしたていどであって、感謝されると逆に心苦しい。

 ヒメが改めて“案内担当”のアニーに手を振る。

「じゃあ、行ってくるよ。アニー」

 冬祐は改めて扉に向き直る。

 そして、思い出す。

 さっき開いたこの扉の向こうは、夜の高層ビル街だったことを。

 正面で扉が静かに開く。

 しかし、そこにあったのは“巨大な三日月が照らす夜”こそ同じではあったが“高層ビル街”ではなく“赤土の荒野”だった。

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