第1話 女王様のお使い(その5)
扉の先には、まっすぐの通路が延びていた。
行き止まりの扉には“出発”の文字。
そして、今、通った扉を振り返ると、そこに書かれているのは“出発 進入不可 一方通行”。
さらに通路の中間あたり、右の壁には扉がひとつ。
その見覚えのある様子に“この通路は最初に通ったとこだな”と思いながら、足を踏み出す。
冬祐の少し前で浮かんでいる“妖精”は、さっきまで裸を見られることを頑なに嫌がっていたわりにはスカートの中が見えそうになることについてはあんまり気にならないらしい。
ふわふわと揺れるドレスの裾を手で押さえることもなく揺れるに任せている。
改めて見ると、その身長と、着衣と、整った顔立ちから“妖精”というよりも、アニメキャラの着せ替え人形かフィギュアが自立しているようにも見える。
どっちにしても非現実の存在に違いはないのだが。
その“妖精”が、不意に振り向いた。
「ところでさあ」
「うん?」
「冬祐は“冬祐”でいいよね」
一瞬、なんのことかと思うが、呼び方の話らしい。
答えて、問い返す。
「ああ、いいよ。で、そっちはなんて呼んだらいい?」
しかし、“妖精”は――
「いいよ、別に」
――そっけなく、返す。
その答えが、冬祐には意外だった。
「“別に”ってことはないだろ。名前はあるんだろ?」
「ないよ」
あっさり答えられて、冬祐は戸惑う。
「な、ないのか。本当に?」
「うん。私は“母上様”の一部だからね」
「“母上様”?」
眉根を寄せる冬祐に“いまさらなによ”という表情を向ける。
「さっきまで話してたでしょ」
鍾乳洞にいた“女王様”のことらしい。
「あー。あれが“母上様”か」
「なんだと思ってた?」
「“女王様”。いや、そんなことより“母上様”の一部ってどういう意味だよ」
「えっとねえ。私だけじゃなくて、ここにいるのは全部“母上様”の一部なの」
「ここって……他に誰かいたっけ?」
「カウンターの案内担当。あの子も“母上様”の一部だから、名前はないよ」
冬祐の脳裏に、カウンターで謎生物を撫でていた姿が浮かぶ。
だったら――と問い掛ける。
「カニとタコも?」
背中にイソギンチャクを背負った“カニ”と、アンドロイドから人間に変わった女をメンテナンスホールに連れ込んだ“タコ”である。
“妖精”が“は?”という表情で答える。
「あれは違う。あれは“母上様”が作ったものだから」
冬祐は、改めて頭に“女王様”と“案内担当”を思い浮かべて、目の前の“妖精”の顔と並べてみる。
確かにベースは同じ顔のようだった。
“妖精”“案内担当”、そして“女王様”の順に、ひとりの女性がストレートのセミロングから内巻きミディアムを経て縦ロールのロングヘアへ髪型を変えながら年を重ねていったと言われても違和感はない。
もっとも、冬祐自身は女性の顔の造作について詳しいわけではなく、ただの印象に過ぎないのだが。
それはそれとして、話を戻す。
「いや、でも、名前がないといろいろ不便だろ」
“妖精”は、不思議そうに冬祐を見る。
「不便かなあ?」
「呼べないし。ないより、ある方がいいだろ。よし、つけてやる」
「ちゃんとしたのにしてよね」
「“母上様”の一部で“母上様”が“女王様”だから……“ヒメ様”でどうだ」
“妖精”の表情が訝しげなものに変わる。
「どういう意味?」
“姫”という言葉に馴染みがないらしい。
「プリンセス、かな」
“姫”が通用しない世界で“プリンセス”が通用するとも思えなかったが、他に言い様を知らない冬祐としてはそう答える他ない。
しかし“妖精”はその言葉に表情を輝かせる。
「うん。いいねえ。それで許す」
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