第1話 女王様のお使い(その3)

 機械女の上半身を抱いたまま戸惑っている冬祐に“案内担当”が“到着”と書かれた扉を指差して小首を傾げる。

 ――どうぞ、お進みください――

 そんな声が聞こえた気がした。

 この部屋にある扉は三つ。

 ひとつは、今、入ってきた外に通じる扉。

 もうひとつは、最初にこの部屋に出てきた“出発 進入不可 一方通行”の扉。

 となると、勧められるまま“到着”の扉に進むしかない。

 そう判断した冬祐は“案内担当”に一礼して“到着”の扉に足を進める。

 自動で開いた“到着”扉の先へ一歩踏み込んだ冬祐だが、ぎくりと立ち尽くす。

 教室ほどの広さがある部屋は、四方の壁が真っ黒で調度品はなにもない。

 その部屋の中央で、じっと冬祐を見ているものがいる。

 それは、甲幅が一メートルほどの甲羅にイソギンチャクを乗せた大きなカニである。

 カニは冬祐にぶくぶくと泡を吹きながら――

「サカユメ処置は不要です。お通りください」

 ――そう告げて、向かいの壁にある“到着”と書かれた扉を鋏脚でくいくいと指す。

 “でかいカニに日本語で行動を指示される”という有り得ない状況を受けて、冬祐は混乱しながら足早に部屋を突っ切る。

 “なんだよ、サカユメ処置って”とか思いながら。

 本当は走りたかったが早足が精一杯だったのは、もちろん、機械女性の上半身を抱えているから。

 通り過ぎながら目を向けた壁には、自分のシルエットが映っていた。

 その様子に黒い壁はブラックアウトしている巨大スクリーンらしいことに気付くが、今の冬祐にとってはどうでもいいことである。

 たどりついた向かいの扉が自動で開く。

 しかし、その奥に広がる予想外の景色に、またしても立ち止まる。

 そこは天井からは鍾乳石、足元から石筍が何本も伸びた、鍾乳洞の行き止まりのような場所だった。

 ――なにやってんの、早く――

「あ? ああ……」

 ずっとついてきていたらしい光球に急かされて、おずおずと鍾乳洞の中へと進む。

 そして、中央に屹立しているひときわ大きな石筍に違和感を覚えて目を凝らす。

 違和感の正体は、すぐにわかった。

 ひときわ大きな石筍は、下半身が石筍と一体化した女だった。

 縦ロールのロングヘアと肩から下を宝石にも見える鉱物の結晶で覆われたその姿は、まるで“女王様”のようであり、石筍の上半分に女の上半身を彫りだした彫像のようにも見える。

 しかし、じっと冬祐を見つめるその視線は威厳に満ち、周囲の空気全体を支配しているようにすら思えた。

 冬祐は初めて体感する畏怖の感情に、動くことができず立ち止まる。

 その腕の中で、不意に機械女が“女王様”に手を伸ばした。

「え、ちょ……」

 機械女を落っことしそうになり、慌てる冬祐の頭に声が響く。

 ――ようこそ――

 さっきまで冬祐を急かしていたものとは明らかに違う声色に、冬祐はその声が“女王様”のものであることを直感する。

 声が促す。

 ――そこへ彼女を――

「は、はい」

 促されるまま“女王様”の前にあるベッドのような石台に機械女を横たえる。

 直後にその身体が部品ごとにばらけた。

 続けて、ひとつひとつの部品が輝き出す。

 そのまぶしさに、冬祐は目を閉じる。

 閉じたまぶた越しにもわかるほどの強烈な輝きは、やがて、鎮まり、冬祐は目を開く。

 石台の上にはなにもない。

 さっきの部品は?――そんなことを思った刹那、石台の上にぽつんと小さな染みが現れた。

 染みは見る間に広がって、人体骨格となる。

 そこへ次々と大小の臓器が現れ、筋肉と皮膚がそれらを包み、体毛が生えて――ひとりの女になった。

 女は石台で目を開き、上体を起こす。

 そして、自身の爪先から広げた両手まで全身を見渡すと“女王様”に歓喜と感謝の表情を向ける。

 その様子を見ながら、冬祐は目の前で起きたことを頭の中で反芻する。

 上半身だけの機械の女が分解して、光って、消えて――人間の女になった。

 ???

 そこへ不意に響いた“ごとん”という重い音に、冬祐は我に帰って目を向ける。

 鍾乳洞の地面には場違いなメンテナンスホールがあった。

 重い蓋が開いたそこから姿を現すのは、一匹の巨大なタコ。

 タコはずるずると鍾乳洞の地面を這い、石台に近づくと触腕を伸ばして女の手を取る。

 そして、メンテナンスホールへ女をつれて帰っていく。

 残された冬祐は、ぽかん状態で立ち尽くす。

 そして、いまさらながら頭の中でつぶやく。

 ここは、どこだ?

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