第1話 女王様のお使い(その2)

 巨大な三日月を背に、ほとんど灯りの消えた高層ビルのシルエットがどこまでも続いている。

 それは冬祐にとって、初めて見る景色だった。

 生まれ育った小さな地方都市から出たことのない冬祐にとって、高層ビルとはテレビの中だけの存在なのだ。

 目の前を車道らしき広い道路が通っているが一台のクルマもなく、その両側に設けられた歩道に人影はない。

 静けさの中で、耳を澄ます。

 どこからか、あえぐような声が聞こえた。

 目を凝らす。

 這い寄ってくるモノが見えた。

 月光に照らされたそれは、若い女だった――上半身だけの。

 思わず身を強張らせる冬祐だが、女の裂けた胴からぱちぱちと小さな火花が散っていることに気付く。

 女は人間ではなかった。

 女が路面についた左手はヒジから先がないが、そこからは月光を反射する金属シャフトと血管や神経に相当するような数本のチューブが覗いている。

 冬祐は頭を整理するために、浮かんだ言葉を口に出してみる。

「ロボットとか、アンドロイドとか、いや、サイボーグかも」

 女は、そんな冬祐をすがるような目で見る。

 その目に引っ張られるように冬祐は扉から上体を乗り出し、改めて周囲を見渡す。

 やはり、他に人影はない。

 自分しかいないなあ――などと思いながら、覚悟を決める。

 そろそろと扉を出て、女の正面で身をかがめる。

 女は、冬祐には理解できない言葉を口にしながら手を伸ばす。

 不意に背後から現れた光球が、冬祐をかすめて女に触れた。

 同時に女の身体が一瞬だけ淡い光を放つ。

 少女の声が冬祐に告げる。

 ――彼女を運び込んで――

「は?」

 きょろきょろと見回す冬祐の頭上で、女に触れた光球が明滅する。

 ――早くっ――

「は、はいっ」

 この光球が声の主らしいが、その意図はもちろんわからない。

 わからないまま冬祐は――

「失礼しますっ」

 ――声を掛けて、上半身だけの身体を抱き上げる。

 機械部品の塊にしては拍子抜けするような軽さに戸惑いながら、背後の扉を振り返る。

「え?」

 そこにあるのは確かに扉ではあったが、ずらりと並んだ屋外設置のコインロッカーだった。

 そのうちのひとつ、自身の真後ろに立っているひときわ大きいトールサイズの扉をぽかんと見つめる。

 僕は、ここから出てきたのか?

 光球が急かす。

 ――開けて――

「う、うん」

 女の上半身を左腕だけで抱えなおして、右手で扉を開く。

 コインロッカーの中は、さっき通ってきた無人のカウンターがある小部屋につながっていた。

 ただ、ひとつだけさっきと違うところがある。

 無人だったカウンター越しに、ひとりの女性が冬祐に微笑んでいる。

 胸元を大きなリボンで飾ったブラウスとベスト姿はいかにも“案内担当”だが、内巻きのミディアムヘアで微笑む女性の手がカウンター上で撫でている“モノ”はネコサイズだがネコではない。

 それは真っ黒なコールタールかスライムのような物体に、ひとつの目が開いている“謎生物”である。

 ――早く入って――

「う、うん」

 光球に促されるまま、ロッカーの中へ身を滑り込ませる。

 背後でドアが閉じた。

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