[Ⅱ] 転
あるいはその日も、と言うべきだろうか。
いずれにせよまあいつも通りの風景、というやつ。
「っすー」
気の抜けた挨拶(だろう、たぶん)をしながら向かいの席に座ったのは高校時代からつるんでいる
陰キャと陽キャ、オタクとパリピ、相反する属性を有する二人だったが、あるいはだからこそだろうか、妙に気が合ってつるんでいる。
つるんでいる、と言っても別に四六時中一緒に行動しているわけではない。
メッセージアプリやSNSでのやりとりが密だったり、夜中に(主に瑛太が啓介の)家に転がり込んで寝ていくとか、そのまま家庭用ゲーム機で日が暮れるまで遊ぶとか。
脈絡なくその場の勢いでお勧めのドラマだのアニメだのの鑑賞会をはじめたりだとか、限定販売のクソ不味いジュースだのカップ麺だのを持ち寄ってゲラゲラ笑ったりだとか、そういうことをする間柄だった。
そういった間柄であったから、こうして大学の学食でカチ合えば席を共にすることもある。別段、会話が発生する事もなく、適当にダルいだの今度の講義代返してくんね?だのと簡単なやり取りに終始する程度で終わる事が多いが、その日は違った。
「そういやまだ
何の脈絡もなく
コホコホと空咳を繰り返しながら周囲をそれとなく見回して、今の台詞を聞いた可能性のある誰ぞかが存在しない事を確認してからやっと
「――急になんだよ。いやまあその、なんだ、嫌いになるような出来事なかったし」
「そか」
どうにか平静を装って返事をする
なんだよ急に?と啓介が重ねて問う前に、瑛太が「ん」とあごをしゃくりながらスマホを滑らせて来る。反射的に片手で受け止めて画面を見る。
デリヘル〝
目に痛い極彩色の、節操のない角ゴシック体が乱舞していた。
店名もかなりギリというか、攻めている、それ訴えられない?大丈夫?
そんな感想が浮かんだが、いやまず平日の真っ昼間にこんなサイトを見せて俺にどうしろと言うんだ、と言いかける啓介。
瑛太はその先を制するように、言った。
「今月のお勧め、Fカップ美女大学生のミミカちゃん」
「は?」
間抜けな声が出た啓介を横目にラーメンのどんぶりを傾けて汁を飲む瑛太。
ぷは、と息継ぎをして、
「いや、今月のお勧めコーナーな。
それ、
「――はァ?」
あの
ただほとんど無意識にスマホの画面を人差し指がフリックし、スワイプし、スクロールさせてそのミミカちゃんを探していた。
いた。
横長の黒線が目元を隠していて個人の特定を極めて難しくしている。
だが、
薄く赤味がかった黒髪は長い、顎のライン、耳たぶの形、首筋から左鎖骨につながる位置にある
彼の知り得る
見間違うはずがなかった。
いわゆる
彼女は金に困っていただろうか? 特にそんなことはないように思う。実家は相応に裕福であったはずだ、少なくともそのように啓介は記憶している。あとFはないと思った、確かEだ。ほんとか?
混乱する。した。
あの
いやもう少女などという年齢ではないが。
中学は同じクラス、高校では生徒会副会長と書記として過ごしたあの加賀美が。
「金貸すか?」
瑛太はどんぶりを片手に立ち上がりながらそう言った。
スマホを滑らせて返しながら、首を横に振る。
――
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