第320話 猫の子一匹いない集落

 さて、イチモツの集落しゅうらくから一番近い集落しゅうらくといえば、イヌノフグリの集落しゅうらくだけど。


 イヌノフグリの集落しゅうらくの猫たちは全員、イチモツの集落しゅうらくで引き取ったから、誰もいないはずだ。


 今のイヌノフグリの集落しゅうらくがどうなっているのか、少し気になる。


 まずは、イヌノフグリの集落しゅうらくから様子を見に行ってみよう。


 

 数日後、イヌノフグリの集落しゅうらく辿たどいた。


 誰もいないことを、「猫の子一匹いない」と言うけど。


 本当に、猫の子一匹いなかった。


 イチモツの集落しゅうらくと同じ、高台たかだいにあるので、洪水こうずい被害ひがいを受けた様子も見られない。


 以前、おとずれた時のまま、何も変わっていなかった。


 静かな集落しゅうらくには、猫がんでいたあとだけが残っている。


 よし、イヌノフグリの集落しゅうらくは問題なしと。


 ここから近い集落しゅうらくは、キランソウの集落しゅうらくだけど……。


 お父さんとお母さんが、「もう二度と行かない」と、ブチキレていたからなぁ。


 もし、洪水こうずい被害ひがいって、たくさんの猫が死んでいたら大変だ。


 もちろん、困っている猫たちを助けたい気持ちはある。


 だけど、助けてしまったら、またぼくをたよってくるに違いない。


 あそこの猫たち、ぼくを自分たちの集落しゅうらくへ引き入れたいって気持ちが、見え見えなんだよ。


 お父さんとお母さんに相談したら、絶対ダメって言うに決まっている。


 でも、気になる。


 う~ん……どうしたものか。


 一応、話だけでもしてみるか。



 ぼくは、横を歩いているお父さんとお母さんに話し掛ける。


「ミャ」


 あの……お父さんとお母さんが大嫌だいきらいなのは、分かっているけど。

 

 キランソウの集落しゅうらくを、見に行っちゃダメかな?


 集落しゅうらくには、立ちらなくて良いから。


 洪水こうずい被害ひがいを、遠くから見るだけで良いから。


「シロちゃんの気持ちも、分かるけどニャー……」


「でも、猫たちが困っていたら、シロちゃんはまた助けちゃうニャ?」 


 懸命けんめいに言い聞かせるけど、ふたりともしぶい顔をしている。


 いつもなら笑顔で、「いいよ」って、言ってくれるのに。


 これだけは、絶対にゆずれないらしい。


 ふたりは、ぼくが便利べんりに使われることが、いやなんだ。


 ぼくだっていやだけど、苦しんでいる猫たちをほうっておけない。


 お母さんが言う通り、猫たちが困っていたら、ぼくは迷わず助ける。


 ぼくたち3匹が話し合っているのを見て、グレイさんが首をかしげる。


『どうしたんだ? 親子喧嘩おやこげんかとは、めずらしいじゃないか』


「グレイさん、実は……」


 グレイさんは、キランソウの集落しゅうらくおとずれたことがないから、何も知らない。


 ぼくはグレイさんに、キランソウの集落しゅうらくであったことを、簡単に説明した。


 ぼくの話を聞いて、グレイさんは「グルル……」と低くうなり声を上げながら、歯をき出しにする。


『オレの可愛いシロちゃんをこき使おうとは、許せん! そんな集落しゅうらくは、ほうっておけば良いっ! 次の集落しゅうらくは、どっちだっ?』


 ここまで怒っているグレイさんを見たのは、初めてな気がする。

 

 次に近い集落しゅうらくは、シロツメクサの集落しゅうらくだ。


「シロツメクサの集落しゅうらくは、あっちミャ」


『よし、分かった。さっさと、そちらへ行くぞ』


 ぼくがシロツメクサの集落しゅうらくの方向を指差ゆびさすと、グレイさんはぼくの首根くびねっこをくわえて走り出した。

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