第194話 春の訪れと別れ

 森のあちこちで、色とりどりの花がき、すっかりはるめいてきた。


 グレイさんがタンポポの花を見つけて、うれしそうにぼくに伝えてくる。


『シロちゃん、黄色くてふわふわした花を見つけたぞ。これが、タンポポか?』


「そうミャ、これがタンポポミャ」


『シロちゃんは、この花がいたら、むかえに来てくれと言っていたな。そろそろ、一緒に旅へ行けるのか?』


 グレイさんは、「今すぐ旅立ちたい!」と言いたげな、ワクワクした顔をしている。


 ぼくだって、行けるなら今すぐ行きたい。


 でも、ぼくには、集落しゅうらくを出られない理由りゆうがあった。



 このところずっと、ミケさんが寝たきりなんだ。


 毎日、大きな葉っぱで作った皿に水を入れて、ミケさんの口元へ持って行くんだけど、あまり飲んでくれない。


走査そうさ』によると、老衰死ろうすいし前兆ぜんちょう前触まえぶれ)らしい。


 老衰死ろうすいしとは、年老としおいて、だんだんと体が弱ってくなること。


 だからぼくは、ミケさんの最期さいご看取みとるまで、旅へ出ないと決めた。


 でも、ずっと付きっきりだと、体力的にも精神的にも疲れてしまう。


 だから、集落しゅうらくの猫たちにも、「ミケさんは、もう長くない」と伝えて、みんなで交代でミケさんのお世話せわをしている。


 今は、お医者さんの茶トラ先生が、ミケさんに付きってくれている。


 ぼくは休憩中きゅうけいちゅうで、グレイさんと一緒にごはんを食べているところだ。


「ごめんミャ。もうすぐ、ミケさんがおくなりになりそうから、行けないミャ」

 

『そうか……オレに出来ることがあれば、なんでも言ってくれ』


「気持ちはうれしいけど、ぼくにもグレイさんにも、出来ることは何もないミャ。あとは、最期さいご看取みとるだけミャ」


『じゃあ、シロちゃんは、早く集落しゅうらくへ戻って、ミケさんの側にいるんだ。オレのことは、気にしなくて良い。オレはいつまでもずっと、待っているからな』


「グレイさん、ありがとミャ。じゃあ、またミャ」


『ああ、またな。オレも、ミケさんを看取みとることが出来たら良かったんだがな……』


 グレイさんはさびしそうに笑って、ぼくを見送ってくれた。



 それから1週間ほど、ぼくはグレイさんに会いに行くことなく、ずっとミケさんの側にいた。


 ミケさんは、ほとんど1日中、ねむっている状態が続いた。


 ぼくは、ただ側にいるだけで、何もしてあげられなかった。


 そして最期さいごに、ミケさんは目を覚まして、ぼくを悲しそうな目で見つめて、力なく笑った。


「シロちゃん……ワシは集落しゅうらく長老ちょうろうとして、集落しゅうらくを守らなくてはならなかったにゃ……グレイさんを受け入れられず、冷たい態度たいどを取ってしまって、本当にすまなかったにゃ……シロちゃんは、これからもグレイさんと仲良くにゃ……」


 そう言い残して、ミケさんは息を引き取った。

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