第186話 ババーンと推参

 突然、「ワオー……ン」と、オオカミの遠吠とおぼえが聞こえてきた。


 その声を聞いて、猫たちはおそれおののいて、ビクッと体をねさせた。


 いや、猫だけではない。


 岩壁がんぺきの下にいた、ヒアエノドンたちもおどろいた様子で、キョロキョロと辺りを見回している。


 まもなく、何かの足音が近付いて来る。


 ヒアエノドンたちの後ろから現れたのは、1匹のトマークトゥスだった。


 ヒアエノドンに続いて、トマークトゥスまでっ!


 いや、あれは……?


 そのトマークトゥスは、首から石のナイフを下げていた。


 あれは、ぼくがグレイさんとおわかれする時にあげた、最後のプレゼント。


 あのトマークトゥスは、グレイさんだっ!


 ぼくは、グレイさんに向かって大きく手を振る。


「グレイさん!」


『シロちゃん、待たせたな! 今、コイツらを追い払ってやるから、もうちょっとだけ、そこで待っていてくれっ!』


 グレイさんはこちらを見上げてニッコリと笑うと、ヒアエノドンたちに向きなおり、低いうなり声を上げる。


 ヒアエノドンたちは、途端とたん怖気付おじけづいて、なさけない鳴き声を上げながら逃げていった。


 あっという間に逃げ去ったヒアエノドンを見て、猫たちはおどろいている。


 それを見たぼくは、岩壁がんぺきからりて、グレイさんに飛び付く。


「グレイさん! ありがとうミャッ! でも、どうして助けに来てくれたミャ?」


『言っただろう? シロちゃんだけは、絶対に守ると』


「でも、新しいつがい縄張なわばりとれを作る為に、ここをはなれるんじゃなかったミャ?」


 確かに、グレイさんはそう言ったはずだ。


 グレイさんとお別れしてから、1ヶ月くらいっている。


 トマークトゥスが、どれだけ足が早いかは知らないけど、1ヶ月もあれば、かなり遠くまで行けるはずだ。


 どこにも寄り道せずに、まっすぐ走り続ければ、イチモツの森を抜けることも出来たはずだ。


 にもかかわらず、なんでまだこんなところにいるのか?


 めると、グレイさんは、気まずそうに言いよどむ。


『あ~……まぁ、それが、その。あんなカッコイイわかれ方をしたのに、なさけない話なんだが。シロちゃんを愛するあまり、どうしてもあきらめきれなくてな。このあたりを、ずっとウロウロしていたんだ』


「なるほどミャ。でも、グレイさんが来てくれたおかげで、助かったミャ」


『どういたしまして。あ、いや、すまない。オレがいたら、猫たちがみんな、おびえているじゃないか……可哀想かわいそうに。じゃあ、またな』


 グレイさんが岩壁がんぺきの上にいる猫たちを見ると、悲しそうに笑って、集落しゅうらくから出て行った。

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