第162話 愛はすべてを越えるもの

『オレは、リビアヤマネコが大好きなんだ』


 グレイさんは顔をこちらに戻すと、ぼくを見つめながら、真剣しんけん口調くちょうで言った。


 それを聞いて、ぼくは首をかしげた。


「好き?」


 好きって、色んな意味があるよね?


 トマークトゥスから見たら、ぼくたちリビアヤマネコは獲物えもの


 そうか! 「食べて美味おいしい」=「大好物だいこうぶつ」の「好き」かっ!


 大好物だいこうぶつだけど、グレイさんは歯が痛くて、食べられない。


 そりゃ、大好物だいこうぶつが目の前にあったら、食べられなくてもずっと見ちゃうし、はなれられないよね。


 ぼくを見つめているのも、「美味おいしそう」と思っているからだろう。


 でも、ぼくも死にたくないから、ぼく自身を食べさせてあげることは出来ない。


 グレイさんが、歯が痛くて助かった。


 じゃなかったら、今頃いまごろ、グレイさんにパクリと食べられていた。


 ぼくがひとりで納得なっとくしていると、グレイさんがあきれたようなため息を吐く。


『シロちゃんは、何か勘違かんちがいをしているようだな』


「ミャ?」


捕食対象エサとしてじゃなくて、見るのが好きなんだ』


「見るのが好き?」


 聞き返すと、グレイさんは目をキラキラかがやかせて、しっぽをブンブン振りながら、熱くかたり出す。


『ああ、そうだ! だって、リビアヤマネコはめちゃくちゃ可愛いじゃないか! 全てが可愛くて、最高だっ! 初めて見た時は、あまりの可愛さに驚いた! こんな可愛いものが存在していていいのかと、目をうたがったっ! 目が離せなくなった! 見ているだけで、幸せになれる! 目と目が合った瞬間しゅんかん、オレはリビアヤマネコに恋をしたっ! あんな可愛いもの、食べられるはずがないっ!』


 しをかたる、オタクみたいなことを言い出した。


 グレイさんは、だい愛猫家猫好きだったのか。


 どうやら、猫が好きすぎるあまり、猫を食べられなくなっちゃったらしい。


 イチモツの集落しゅうらくの周りを、ずっとウロウロしていたのも、可愛いから見ていただけだそうだ。


 食べる気なんて、最初からなかったんだ。


 うんうん、その気持ちは良く分かるよ。


 ぼくも、愛猫家あいびょうかだからね。


 可愛い猫がいたら、時間を忘れてずっと見ちゃうもん。


 もし、ぼくがトマークトゥスだったとして、どんなにおなかがいていても、猫だけは絶対に食べられない。


 猫を食べるくらいなら、にしたって良い。


 出来ることなら、猫の為に死にたい。


 そう思っている愛猫家あいびょうかは、世界中に数えきれないほどいると思う。


 可愛いは、種族しゅぞくかべも越える。


 愛は、すべてを越えるもの。


 それから、ぼくとグレイさんは、「猫がどれほど可愛いか」「どれだけ猫を愛しているか」を、いつまでも話し続けた。


 そして、ぼくたちは、同じ愛猫家あいびょうかとして友達になった。

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