第157話 お医者さんとして

 集落しゅうらくのみんなに、「あのトマークトゥスはおそってこない」と、伝えた。


 集落しゅうらくを襲わない理由も、きちんと説明した。


 だけど、誰も信じてくれなかった。


 そりゃ、そうか。


 だって、天敵てんてきだもん。

 

 どんなにおそってこないと言われても、怖いものは怖い。


 ぼくだって、怖いもん。 


 あのトマークトゥスには悪いけど、早くいなくなってくれることを願うしかない。




 翌日。


 戻って来た偵察部隊ていさつぶたいが、うれしそうな顔で報告ほうこくする。


「今日は、トマークトゥスの姿は見つからなかったニャー」


 それを聞いた集落しゅうらくの猫たちは、「良かった良かった」と喜んだ。


 みんなホッとした顔で、あったかい場所で猫団子ねこだんごになって、お昼寝し始める。


 どうやら、よっぽど眠かったらしく、すぐにスヤスヤと寝息ねいきを立て始めた。


 あのトマークトゥスは、集落しゅうらくおそうのをあきらめて、どこかへ行ったのか。 


 それとも、ついに力尽ちからつきたのか。


 何はともあれ、これでトマークトゥスにおびえる必要はなくなった。


 でも、これで良かったのだろうか。


 偵察部隊ていさつぶたいが、どこまで調べたのかは、ぼくには分からない。


 たぶん、集落しゅうらくの周りを、木の上から軽く見ただけじゃないかな。

  

 しげみの中や、動物の巣穴すあなの中までは、調べていないと思う。


 偵察部隊ていさつぶたい警戒けいかいして、どこかにかくれているかもしれない。


 やっぱり気になるから、『走査そうさ』あのトマークトゥスを探してっ!


走査開始そうさかいし


対象たいしょう:食肉目イヌ科イヌ属トマークトゥス』


症状しょうじょう齲蝕むしば、および、歯冠破折はがおれている飢餓状態おなかが空いて死にそうにより、意識不明気を失っている


位置情報いちじょうほう直進ちょくしん600m、右折うせつ90m、直進ちょくしん300m』


 見つけた!


 良かった、まだ死んでなかった。


 死んでたら、『〇〇により死亡』って出るはずだから。


 トマークトゥスは、おなかがきすぎて、死にそうになっているらしい。


 今すぐ助けに行けば、まだ間に合うかもしれない。


 いや、助けていいのか?


 相手は、天敵てんてきのトマークトゥスだぞ?


 どうしよう……助けるべきなのかな?


 助かる命を見捨みすてるのは、お医者さんとして間違っている気がする。


 助けられないとしても、とりあえず、トマークトゥスの様子だけ見に行きたい。


 だけど、みんなに言ったら、絶対止められるに違いない。


 仕方がない、だまって行くか。 


 みんなに見つからないように、コソコソとかくれながら、集落しゅうらくから飛び出した。

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