第155話 厳重警戒

「寒い」とか「怖い」とか、文句を言っている場合ではない。


 ぼくたちの天敵てんてきであるトマークトゥス(オオカミ)が、イチモツの集落しゅうらくの周囲をウロついている。


 それだけで、心穏こころおだやかではいられない。


 話し合いの結果、木登りが上手な猫たちが、集落しゅうらくの周囲を偵察ていさつ(敵の動きをこっそり探る)することになった。


 狩りが上手なお父さんも、偵察部隊ていさつぶたいに入った。


 偵察部隊ていさつぶたいの猫たちは、高い木から木へと飛びうつって、周囲の見回りへ行った。




 集落しゅうらくに残った猫たちも、集落しゅうらくのまんなかに集まって、厳重警戒げんじゅうけいかい(危ない目にわないように、めちゃくちゃ注意すること)している。


 仲良く猫団子になってお昼寝なんて、気分じゃない。


 みんなイカ耳になって、落ち着きなくキョロキョロと周りをうかがっている。


 ぼくも不安と恐怖で、緊張きんちょうしっぱなし。


 サビさんが見たトマークトゥスは、一匹だけだったらしいけど。


 もしかしたら、トマークトゥスのれが近くにいるかもしれない。


 もし、れだったら、最悪、集落しゅうらくほろぼされる可能性かのうせいもある。


 一匹狼いっぴきおおかみだったとしても、油断ゆだんは出来ない。


 天敵てんてきねらわれたら、逃げるしかない。


 逃げ切れなければ、死あるのみ。


 思わず、仲良しの猫たちがおそわれて死ぬ想像をしてしまい、ゾッとする。


 可愛い猫が傷付けられるなんて、考えるだけでも胸が締め付けられる。


 野生の猫は、いつでも生きるか死ぬかのギリギリのところで生きている。


 ぼくが今まで生きてこられたのは、優しい猫たちが助けてくれたから。


 ぼくひとりだったら、とっくに死んでいる。



       

 しばらくして、偵察部隊ていさつぶたいの猫たちが集落しゅうらくへ戻って来た。


「サビさんの言う通り、トマークトゥスは一匹だけだったニャ。集落しゅうらくの猫たちを、じっと見つめていたニャ」


 お父さんが偵察ていさつ報告ほうこくをすると、みんなは「れじゃなくて良かった」とホッとした。


 だからといって、安心は出来ない。


 例え1匹でも、集落しゅうらくの近くにいることが問題なんだ。


 トマークトゥスが、じっと見つめていたということは、きっと、ぼくたちの動きをうかがっているんだ。


 猫は肉食動物だから、狩りをしなければ何も食べられない。


 狩りをするには、集落しゅうらくから出なくてはならない。


 集落しゅうらくから出てきたところを、ガブリとやられる。


 トマークトゥスにとって、猫の集落しゅうらく餌場えさば(肉食動物が美味おいしくごはんを食べられる場所)のようなもの。


 ぼくたちが全滅ぜんめつするまで、集落しゅうらくからはなれる気はないだろう。


 イチモツの集落しゅうらくほろんだとしても、トマークトゥスは困らない。


 次の獲物えものを探せば良いだけの話だから。

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