いつかきみの夜が明けるまで

@earth3103

第1話 禍福無門

「またダメだったか…」

と静寂を包んでいる夜空に向かって呟く。俺の目に映っているのは青白く光っている満月と数多の数にもわたる無数の星々だった。星座なんて何にもわからないが綺麗な星だってことは俺にもわかる。夜空はこんなにも綺麗なのに俺の心はちっとも晴れなかった。それどころか曇天とも言える厚い雲が俺の心を覆っているような感覚に陥る。どんなに強い光が来ようとも絶対に晴れることはないそんな雲。希望なんてものはなくあるのは残酷な現実と絶望…このニつだけだ。特に前者は俺にとって唯一の不幸と呼べるものだ。しかも感情を表す喜怒哀楽の【喜・楽】を失った原因の一つでもある。だが今はあまり思い出したくない。

「はぁ…」

と長く深いため息をつく。よくため息をつくと幸せが逃げるなんていうけど、俺の場合は、息をしているだけで幸せは逃げていく。いやそもそも俺に幸せが訪れたことなんてあっただろうか…。父はパチンコ中毒で、いつもギャンブルに明け暮れる日々。その後多額な借金を置いて家を出ていった。母は最初はまともだった…が、日頃の父の行動に嫌気がさしたのか、いつからか白い粉を吸い始めた。その頃は知識が乏しく、それが何かはわからないままだった。

…が、それが違法ドラッグ…つまり大麻や覚醒剤とわかった時の絶望感は今でも忘れない。突然警察が入り込んできて、家の隅々まで調べ出し、ジップロックに入ってた白い粉を片手に…そして母を連行していった。ほんの数分の間の出来事がきっかけに、俺の人生は天から地へ落ちた。いやそもそも最初から地だったのかもしれない。そのあとは田舎に住んでいる祖母に引き取られ多少マシな生活にはなったが、それも長くは続かなかった。祖母の死…祖母には余命があったのだ。本当なら入院した方が長く生きられたはず…なのに。しかし祖母には心に決めていたことがあったらしかった。これは病院の先生に聞いたことだ。今まで口を割るなと言われてきたらしかったが、死んでしまった今ではもういいだろうと判断したのか、先生は祖母のモットーを語り出した。先生は話が好きなのか、ちょっとのことを長々と話した。短くまとめるとこうだ。祖母は死ぬまで働き続ける…と。祖母は農家でいろんな野菜や果物を育てていた。お金のためって理由も少しはあると思うが、祖母は「みんなの笑顔を見たい」がための理由で農業を始めたらしかった。これは祖母の口癖で、ちょっとしか祖母と暮らせてない俺でも聞き飽きるぐらい聞いた言葉だ。祖母が小さい頃には第二次世界大戦があり、理不尽にそして無惨に殺されていく人々を何度も見たらしい。その頃は食べるものもあまりなく、飢えて死ぬ人もいたそうだ。その現場を見たことがゆえの思想なんだろうと思えば何もおかしくないしむしろ尊敬できる。

話を聞き終わった俺は病院の先生に礼を言いその病院を後にした。外は暗くなってきたせいか少し肌寒い。季節はもう秋にさしかかりそうだ。ところどころ紅葉があり季節の変わり目を表している。祖母を失ってから帰る家がなく野宿生活を強いられる思っていたが、祖母は自分の体に限界を感じてから死期が近いと判断し事前に引き取ってくれる家庭を探していたらしい。そして俺は優しい家族に引き取られることになった。祖母には本当に感謝の念でいっぱいだ。俺なんかのためにこんなことまでしてくれて…。本当だったら早く帰るべきだが今日はそんな気にはなれなかった。俺は近くの公園のブランコに腰をかけるそして

「はぁ…」

と一月ぶりにため息をつく。それは以前よりも深くそして長いため息だ。父も母もいなくなって挙げ句の果てには祖母さえもいなくなった。みんな俺から離れていく。そう思わずにはいられなかった。今は優しい新しい家族でさえもいつかは俺から離れていく。俺はもしかしたら世界一不幸な人間なのかもしれない。確かに住む家もなく食べ物もなく餓死する人からしたら俺なんか住む家もあって食べ物もある普通の人間と思うかもしれないが、人を失った時の虚無感はそれ以上だ。俺の場合その虚無感は3倍にもわたる。まぁ飢えて死ぬ人も親を失ったからなのかもしれなしもしかしたら虐待を受け餓死したのかもしれない。祖母はそんな餓死をなくすために働いていたと思うとそういう境遇にいる人からするとヒーローなのかもしれない。

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