第9話 手合わせ
急に外へ出ろと言われ戸惑う二人に、ナダは、
「ちょっと試したいことがある」
と言って奥の工房へと消えた。
「なん……でしょうね?」
仮面を手に、エルフィが呟いた。
とても驚いた様子で仮面を見つめていたナダ。母からもらった形見だと告げると、小さく何度か頷いた。一体何を思ったのか。
「仮面を気にしていたようだったが」
傍らのリオンがエルフィの肩を抱き、不安を払拭するかのように優しく言った。
この旅行に来て、エルフィはリオンとの距離が大きく縮まったのを感じていた。それは物理的な距離だけではなく、心の方も、だ。こうして寄り添ってくれるリオンは、エルフィの心の中で、その存在を大きくしていた。
「お待たせ」
ナダが両手に長剣を持って出てくる。一本をエルフィに差し出した。
「仮面、ちゃんと被ってね」
「え? あの、私?」
「そ。手合わせしよう」
ナダは鍛冶屋……捕縛師だと言っていた。剣を振るうことも出来るということか?
エルフィは仮面をつけ、差し出された長剣を鞘から抜いた。
ふわり、と体が宙に浮くかのような浮遊感に襲われる。
「えっ?」
慌てて足元を見るが、浮いているわけではないようだ。しかし、ふわふわする感じはぬぐえない。
「どう? 扱えそうかな?」
少し離れた場所でナダが剣を構える。ナダの持つ剣は太くて長い。太さと長さから察するに、かなり重いものと想像できるのだが、軽々と持ち上げているように見える。
「ちょっと振ってみて」
ナダに言われ、軽く横に薙ぐ。
ザッ
何もない場所を
「えっ?」
辺りの霧が、消えた。ちょうど剣を薙いだところ一帯の霧が、まるで切られて果てたかのように綺麗さっぱりなくなったのだ。
「うん、いいねぇ。じゃ、ちょっと手合わせしよう」
そう言うと、ナダもスパン!という音を立て剣を振るった。ザッと周りの霧が、晴れる。
「どういうことだ、これ?」
リオンが眉をひそめる。
「ああ、そうだリオン。ブラックドッグは建物の中に入れておきたまえ。危険だからね」
「え? あ、わかった」
ナダの忠告に従い、シアヴィルドを建物内へ入れ、ドアを閉める。
「では、よろしくね、エルフィ」
改めて向き合い、構えを取る。
「よろしくお願いします」
向き合った刹那、ナダが動く。
寸でのところで剣を払うが、重心がずれた。
揺らぐ。危険!!
エルフィがパッと横に飛んだ。
さっきまで自分がいた場所に切先が刺さるのを視界の片隅で見た。
すぐに態勢を立て直すも、次の一手が放たれ、地面に転がり、避けるのが精一杯だ。
(冗談、だろっ?)
こんな相手と戦ったことはない。スピードが違いすぎる!
「どうした、エルフィ。この程度か?」
ナダは息一つ切れていないのだ。
「くっ、」
歯を食いしばる。
すぐさま立ち上がると、形勢を覆すべく駆け込む。相手の懐へ入る前に飛び退かれ、距離が縮まらない。
「なんだ、この二人はっ」
見ているリオンが呟いた。
エルフィの腕が立つのは知っていたつもりだ。だが、ナダは? そんなエルフィをまったく寄せ付けないのだ。あのエルフィが、剣を交えることすら出来ていない。
そしてもう一つ。
二人がそれぞれ手にしている剣だ。
初めは二人の周りの靄が消えてなくなったように見えたのだが、違う。あの剣は、ここら一帯を覆っているこの霧を吸い込んでいるように見える。
「視界が開けてきた」
大分遠くまで見渡せるようになっている。
改めて見渡すと、深い森の中にある、少し開けた川沿いの草原、といった感じの場所だった。遠くには山々が連なっているが、あれは大陸中央にあるネロム山脈。
二人は相変わらず、見たこともないようなスピードと技で対峙している。開始から比べると、キン、という金属音が増えている。
「エルフィ、すごいな」
剣を交えながら上達しているということなのだろう。実戦で力を付ける。考えて、行動に移して、その場で強くなっている。誰にでもできる話ではない。
「段々飲み込めてきたようだな」
ナダが余裕たっぷりの笑みで言った。エルフィは息も絶え絶えである。が、確かにナダの言うように、飲み込めてきた気がするのだ。
こんなに強い相手と剣を交えたことはないし、渡されたこの長剣も、何か変だ。その違和感が、もうすぐ消える。そんな気がした。
「よし、ここまでにしよう」
そう言うとナダが大きく剣を薙いだ。
カキーン、という高い金属音と共に、エルフィの手から離れた長剣が高く宙を舞う。何をされたのか、まったくわからなかった。
「……え?」
放心する、エルフィ。
「大分霧も晴れたね。君たちの赤竜も今なら見つかるんじゃないかな。
地面に刺さった剣を引き抜き、回収するナダ。エルフィが立ち上がり、ナダに詰め寄る。
「なぜ止めた! もう少しで掴めそうだったんだ! なぁ、もう一度手合わせしてくれないかっ?」
完全に男言葉になってしまう。
とにかく気持ちが高ぶっていた。女なのにと言われたこともあるが、才能を見出してくれた母と、剣を続けさせてくれた父や兄のおかげでここまで強くなれた。冒険者としてもAランクまで来ている。そんな自分が、生まれて初めてここまで追い詰められたのだ。
「焦るなよ、エルフィ。まずは体を整えて。心配ない。また明日、手合わせするから」
そう言うと、二本の剣を携え、工房へと姿を消した。
「エルフィ、大丈夫か?」
リオンが声を掛けると、ハッとしたように振り向く。ゆっくりと仮面を外し、頷いてみせた。
「すみません、不甲斐ないです」
「あ、いや全然! すごかったよ、うんっ」
言葉足らずにもほどがある。が、こんな時なんといえばいいのか、リオンには全く分からないのだ。こんな時は話題を変えるに限る。
「霧が晴れたな。アディを呼び戻してみるか」
そう言って魔法陣を描く。今度はちゃんと、描けた。
「アディリアシルよ、我の元へ戻れ!」
魔法陣が輝き、アディが…、
「え? でかっ」
パワースポットを満喫したのか、アディはブラックドッグ並みの大きさに成長して帰ってきたのである。
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