第011話 守り人

 今夜の清拭女の仕事が終わって、ほっと一息。

 スタッフルームのガラス越しに、ホールを観察。

 空いたテーブルには、新たなプレーヤー四人がゲームの準備を始めてる。

 肥満体のおじさんに、白くて長い顎髭のおじいさん、細身で厚化粧のおばあさん、スーツ姿でスキンヘッドの中年男性……。

 きっとこちらも、庶民には縁のない貴重なものを賭けているのね。

 それからやっぱり、お連れの清拭女が……みんなきれい。

 スラッとしてて、髪はツヤツヤで、物腰が柔らかくて、それでいて……駒を拭く動作がスムーズ、鮮やか。

 きっと日々、駒磨きと自分磨きを積み重ねているんだわ。

 ……わたしも、足を細くする運動でも始めようかな?

 でもやっぱり、いま集ってる清拭女よりもロミア様のほうが、数段美人。

 見かけの美しさだけでなく、内面の美しさ、元軍人にして現役女優の所作が、女としてだけではなく人間として美しいのだわ。

 生で見られて、それがよくわかった。

 美術品と同じで、生で目にするってすごく貴重な体験。

 できればロミア様を、もっと近くで見たいけれど……。

 バックヤードからは……見当たらない。

 お手洗いかしら?


「……あなたが、ギャロンさんの新しい清拭女ネ?」


「あ、はい……って。ロミア・ブリッツ…………様!」


 えっ、えっ?

 どうして世紀の大女優が、バックヤードへっ!?

 ううん、それはともかく、いまはあいさつ、自己紹介。


「はい。今夜からこの天空回廊の清拭女を務めます、クレディア・モンドールです。まだまだ至らぬところだらけですが、よろしくお願いします」


「ご丁寧に、どうも。わたしはロミア・ブリッツ。さっきはあなたのご主人様に、してやられたワ。ンフフフッ♪」


 うわぁ……近くで見たら、めまいがしそうなほどの美人。

 お肌すべすべで、見てるだけで指先に触れた感触が湧いてくる……。

 それにこの弾む高い声……やまびこみたいに、声がしばらく宙に残る!

 確か三十歳みそじを過ぎてるはずだけれど……年齢詐称してないっ!?


「あ、いえ……。実はわたし、回廊のルールをまだ覚えていないもので、主……ギャロン様が行ったことの凄さが、いまいち飲み込めていないんです。アハハ……」


「あら、そうなの。あれはギャラリーのだれかが評していたとおりの、度胸の塊のような、捨て身の攻めだったワ。あるいは、駒が透けて見えてるか……ネ。クスッ♪」


 ──ぎくっ!


「ロミア様のご主人様……監督様も、すごそうな役を成されてましたね」


「ンフフッ、そうネ。ご主人様から聞いていると思うけれど、西陣にいた官僚相手に、持ち掛けたい法案があったのよヨ。微差で負けちゃったけれど」


「そ、それは……。申し訳ありませんでした……と、言うべきなのでしょうか」


「いいのよ。勝者が敗者へ頭を下げる。勝負の世界で、これほどの無礼はないワ。それに勝者がギャロン様ならば、同じことですもの……ンフッ♪」


「えっ? ど……どういうことでしょう?」


「彼……官僚に対して、風営法の強化を求めていたでしょう?」


「はい」


「未成年の賭博場や酒場への立入禁止、遊興施設への夜間の入場規制……。これで映画業界から、子役への飲酒喫煙の強要、風俗店への連れ込みがなくなるワ。そういうシーンも、悪影響を及ぼすからと脚本から消えていくでしょうネ」


「あっ……!」


「監督が南陣局で、高得点の役を成したでしょう? あれは本当に偶然の産物なんだけれど、わたしや監督が不正を行ったと疑う人も、少なくなかったはず。その印象を拭うためにギャロン様は監督を負かせ、かつ、ほぼ同じ効果の法案を呑ませた。回廊場のマスターには、場の波風を鎮める役目があるのだけれど、その点彼は一流のマスターと呼べるワ」


「へええ~。そんな細かな駆け引きが……行われていたんですか」


「ほかにも、美術品の国外流出をここで阻止したり、悪徳画商が闇ルートで持ち込んだ絵画をあるべき国へ帰したり……も、しているらしいわネ。リッカちゃん情報だと」


「リッカさんと……お知り合いなんですか?」


「ええ、まあまあネ。きょうは後釜の子に、ちょっとだけご挨拶。じゃあ、またネ。ンフッ♪」


「あ、ありがとう……ございました」


 うわぁ……。

 大女優さんと、たくさんお話ししちゃった!

 あっと……女優じゃなくて俳優、俳優……と。

 そばで見ても粗がない……というより、そばで見れば見るほど美しい、均整の取れた全身のパーツに、それを彩る細部の飾り気。

 そして、まるで美術品のようにキラキラと輝きを放つオーラ、色香!

 ……で。

 あのロミア様と知り合いのリッカさんって……何者?

 まあそれは、おいおいわかるかもしれないとして……。

 ギャロン様も、やっぱりただ者じゃない。

 美術品を守る活動を……してる?

 この天空回廊と言う場を造って、権力者、お金持ちを集めて……。

 回廊勝負で、美術品のために……。

 時には民のための法案を通らせ、時には悪法の成立の阻止……などのために、戦ってる?

 わたしと一緒に世界を変えよう……と言ったのって、そういう意味?

 だったらギャロン様って、実はすっごい善人──。


「……クレディア。今夜はもう、清拭女としての出番はなさそうだよ。いま、最後のゲームの席が埋まった。急病人でも出ない限り、わたしのヘルプはないね」


「あっ、ギャロン様。はい、以後は来訪者ゲストへの気配りと、ゲーム終了時のお見送りに専念します」


「それから、来訪者ゲスト退場後の、後片付けと清掃」


「……はい。失念、すみませんでした」


 あうっ……それもありましたっ!

 まだどこか、お客様気分が抜けてない、わたしっ!


「ところで先ほど、ロミア様と話していましたが。なにを?」


「えっと。ギャロン様はすばらしいマスターだと……はい」


「フフッ。世界中の男たちから、反感を買いそうな話ですね」


「そ、それから。あの……」


「はい?」


 言って……聞いていいのかな、これって……。

 でも、でも……知りたいっ。

 わたしは優れた美術品に触れたくて、ここの清拭女になった。

 だったら……ギャロン様が美のびとか、そうでないのかは……。

 早めに確認しておきたいっ!


「あ、あの……あの……! ギャロン様が回廊を通じて、美術品を守る活動をされていると聞きましたが……。本当……なのでしょうか──!?」

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