第010話 透視

 ──ゲームは進んで、西陣局が終了。

 いまの局は貿易商が監督から、一点の安い役を討ち取る展開。

 監督は前局、四点オール……他のプレーヤーから四点ずつ得ているから、痛くもかゆくもない状況。

 次はこの回廊というゲームの最終局面、北陣局。

 その北陣局の前に、わたしの清拭女として出番が──。

 大物たちの衆人環視の中、いよいよ駒を磨く……。

 緊張で駒を落としたり、拭き残したり、しないように……。


 ──シャッ……サッ……スッ……。


 テーブル上の駒だけに、集中……集中……。

 周りにはいま、だれもいない、だれもいない……。

 きれいに、隅々まで、確実に拭いて、わたしの主であるギャロン様の目で、駒の図柄が透けるようにしなければ──。


 ──スッ……。


 ……よし、清拭終わり。

 あとは駒をすべて伏せて、整列させて…………。


「北陣局、開戦──」


 ……よしっ、声を上ずらせることなく言えた!

 これでわたしの仕事は終わり…………ほっ。

 以後はギャロン様の後ろで、ゲームが終わるまで待機。

 ギャロン様は、この勝負に美術品を数点賭けている……と言ってた。

 なにを賭けているのはわからないけれど、わたしが見る前に他人の手へ渡ってしまうのは絶対イヤっ!

 ですから……駒を見通すというその目で、勝ってください!

 だけれどギャロン様は、こうも言ってた──。


『わたしは回廊場のマスターなので、基本、場を荒らさない、波風を立てないプレーに徹します。ゲームに負けた来訪者ゲストにも、極力不快な思いをさせないように、配慮を……ですね。しかしクレディア、駒を透き通らせるきみの指と出会ってからは、少々欲をかきたくなりました。フフッ……』


 欲をかく……。

 駒を透かし見る能力で、世界を変える……と、ギャロン様は試験後に言った。

 まさかその能力で、ゲームの参加者からすべてを巻き上げるつもり……?

 けれどこのゲーム、西陣の官僚が高得点、南陣の映画監督が大量得点を獲得している。

 ここからギャロン様が勝つことって……できるのかしら?


 ──カチャッ……タンッ。


 このゲームの最終局である北陣局は、淡々と進行していく。


 ──カチャッ……タンッ。


 わたしはルールを把握していないから、憶測だけれど……。

 大量得点を得た映画監督は、作りやすい役を狙う。

 逆転したい他の陣営は、高い役を狙う。


 ──カチャッ……タンッ。


 ……けれど、現在二位の官僚はどうだろう。

 二位でゲームを終えれば、負け分を最低限に抑えることができる。

 わずかに勝ち分もあるのかもしれない。

 となると二位狙いで、官僚もスピード重視の作りやすい役を狙ってくるかも──。


「リーチ」


 ……来た。

 官僚からのリーチ……役完成直前の宣言。

 映画監督が、官僚の遮光グラスの奥にある目を睨んだ。


「ほっほっほっ。早いリーチじゃが、国政に携わる者が二位狙い……などと、みみっちいマネはすまいのぉ?」


「トップの座狙いは、政治家の仕事ですよ。われわれ官僚は万年裏方。実利さえあれば、二位だろうが百位だろうが一向に構いませんね」


「ほほっ。いまの一言、耳が痛い者がギャラリーにおりそうじゃのぉ」


 老獪と曲者の牽制トーク。

 ギャロン様が言ったように、まさに狐狸の集い。

 でも、このまま官僚が役を揃えたなら、ギャロン様は見せ場なしでゲーム終了。

 わたしたち二人での駒を見通せる能力は、なんの意味もなかったってことに……。


 ──カチャッ……タンッ。


 ──カチャッ……タンッ。


 ──カチャッ……タンッ。


 官僚の役が成立しないまま、ゲームが進行。

 たぶん……だけれど、大幅にリードしてる監督は、撃破ストライクの直撃を避けるために、安全そうな駒だけを捨てていく逃げ切り作戦。

 貿易商はときどき歯を食いしばって、追随したい気配を見せてるけれど……。

 捨てる駒の選別に、時間をかけてる。

 役を作れずにいるか、官僚に当たりそうな駒が、手の内に多いか……。

 ゼグが負けてるときに、よくああいうしぐさを見せてる。

 そしてわが主、ギャロン様は……。

 初めて出会ったときと変わらず、落ち着いた、涼し気な顔。

 場慣れしてるんだわ。


 ──カチャッ……。


 場から駒を持ってきたギャロン様が、一旦制止。

 そして、女のわたしですらうらやましくなる、薄く血色のいい唇を開いた──。


「リーチです」


 ──タンッ。


 いよいよギャロン様が、攻めに出た。

 場の雰囲気からして、ここはギャロン様と官僚の一騎打ち。

 でもギャロン様がトップを得るには、監督の捨て駒を撃破ストライクしないとダメ。

 逃げ切るつもりの監督の手から、ギャロン様の当たり駒が出るのかしら……?


 ──カチャッ……。


 その監督が、場から駒を取る番。

 場に並べられている駒の数は、あとわずか。

 ギャロン様の役が高いのか安いのかは、わたしにはわからない。

 でも、「二人で世界を変えよう」と言ったギャロン様のこと、安い役ではないと思う──。


「ふーむ……弱ったのう。安全な駒が尽きたぞい。強いて言えば……これかの」


 ──タン……。


 監督が捨てた駒は、横向きの軍馬が一頭、描かれた駒。

 同じ駒が、ギャロン様手持ちの十三枚の駒の中に、二枚ある。

 素人目には、撃破ストライクできそうな感じがするけれど……。

 あれではできないのかしら?

 やっぱり回廊の役、まだまだわからない。


「ほほー……これが通るか。どうやらこの局、流れるまでしのげそうじゃの」


 だれも役を作れなかった局は、流局りゅうきょくと言って勝者なしで終了。

 いまはゲーム最後の北陣局だから、流局になれば最高得点者の監督が勝利。


 ──カチャッ……タンッ。


 官僚から撃破ストライクの発声はなく、無言で駒が捨てられる。

 次は、ギャロン様が駒を持ってくる番……。


 ──カチャッ……。


 ギャロン様が持ってきたのは、横向きの軍馬が描かれた駒。

 さっき監督が捨てたのと同じ駒。

 つまり、役が完成しない駒。

 なのにギャロン様は、その駒を捨てず……。

 手駒十三枚のわきへそれを置いて、手駒を開示オープン──。


「──撃破ストライク三位四陣フォー・トリニティ。四点オールです」


 ──おおぉおおぉおおっ!


 一斉に沸き上がるギャラリー。

 思わず立ち上がり、声を失して口を開け、前のめりになる監督。

 ギャラリーたちのざわめきが、次々と耳に飛び込んでくる。


「監督の当たり駒を見逃しての三位四陣フォー・トリニティ!」

「僅差でマスター・ギャロンの勝利だ!」

「監督から当たったのでは、三位三陣スリー・トリニティ止まり! それでも先行リーチ者がいる中で見逃すとは、なんたるクソ度胸!」


 ……ギャラリーの驚きの声で、なんとなく察した。

 さっき監督が捨てた軍馬の駒で、ギャロン様の役は成立した。

 でもその役では得点が低く、逆転ができなかった。

 だからそこでの撃破ストライクをあえて避け、同じ駒を自分で持ってきた。

 たぶん……自分が引いた駒で役を揃えると、さらに得点が高くなる役だった。

 周囲からは、勝利を見逃しての大勝利という、大博打を成したように見えてる。

 でも、それは──。


「……クレディア、ゲーム終了の宣言を」


「あっ……は、はい。こほん。……終戦。勝者、北陣。ギャロン・ガーランド」


 ああ、そうそう!

 北陣の清拭女には、ゲーム終了を宣言するお仕事があるんでした!

 緊張のあまり、すっかり頭から飛んでましたっ!

 ふーっ……これで今夜のわたしのお仕事、ほぼほぼ終了。

 最後のうっかりを除けば、なんとかやりおおせた。

 あとは……このあと催される新たなゲームでの、ギャラリーへのお飲み物の提供や、閉場時のお見送り……と。

 それにしても……さっきのギャロン様の逆転勝利。

 軍馬の駒が、ゆえの……撃破ストライク

 やっぱりわたしが拭いた駒は……ギャロン様には、透けて見えてる。

 駒を拭くわたしの指と、ギャロン様の異眼……。

 この二つが揃えば、本当にこの世界を変えることが──。

 世界の運命に、干渉することが──。

 ……できるのかも。

 それって……いまは少しだけ、怖い。

 この先ゲームを重ねることで、もっともっと怖くなっていくような気がする。

 わたしの手に余る権利……力。

 でも…………。

 わざと相手の当たり駒を見逃すことで、勝利を得る。

 そんな場面、実家うちの回廊では見たことなかった。

 回廊というゲーム。

 わたしの想像以上に、面白いゲームなのかもしれない────。

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