第009話 不正
──短めの談笑と用語が交わされる中、ゲームが淡々と進む。
「……
──おおっ!
東陣局を制したのは、名無しの官僚。
きっと高得点の役が出たのだろう。
わたしは回廊のルールは、なんとなくしか知らない。
そのことを正直にギャロン様へ伝えたときの、返答はこう──。
『ルールは知らなくて結構です。天空回廊の清拭女はゲーム中、仕えるプレーヤーの背後に立って待機します。その際ルールに通じていると、わたしの手駒に反応して、クレディアが挙動を見せてしまうかもしれません。対戦相手はそういった要素からもわたしの手駒を読んできますから、クレディアはまっさらなほうが助かりますね』
──確かに。
仮にいまギャロン様が例の……国士無双という大役を作っていたならば、わたしはたぶん……ううん、きっとその驚きや緊張が表情に出る。
わたしはそういうタイプ。
だから、無理にルールを覚えようとしないほうがいい。
いずれはなんとなく、把握してしまいそうだけれど……。
それまでには専門大学の学費を貯めて、ここを出たい腹積もり。
「……南陣局、開戦」
東陣局の勝者が出て、勝負は次局……南陣局へ。
先ほどのざわめきの中、淡々と駒を拭いていた南陣の清拭女、大女優のロミア・ブリッツ様が開戦を宣言。
スクリーンを通して老若男女が聞いたあの声が、肉声でゲーム用語を発した。
気を良くしたのか、官僚が口を開いた──。
「監督もいよいよ、国民的……いや、世界的女優ロミア・ブリッツを起用なされますか。映画史に残る一作が生まれそうですなぁ」
「いやいや。彼女の出演は、今宵の勝負に勝てての話じゃ。わしのメガホンで演ずる彼女を見たくば、ちいとばかし加減してくれんかのう。ほっほっ」
「それとこれとは、話が別ですな。この天空回廊はクローズドな招待制。監督に勝ったところで、映画ファンに恨まれることもありませんし」
──カチャッ……。
映画界の巨匠にまったく忖度しない官僚。
ユーモアとは言え、官僚に手心を要求する映画監督。
ここがいかに、庶民のわたしにとって異空間かを痛感させられる……。
それにしても監督、場から駒を持ってきてから、ちっとも不要な駒を捨てない。
ご高齢だから、思考がゆっくりなのかしら?
「……おや? おやおやおや……。これは捨てる駒が、ないのぉ……」
──ざわっ……。
とぼけたイントネーションの監督。
それに、ギャラリーが短くざわついた。
監督が
「……
──ざわざわざわざわっ……!
……背後から喧騒が近づいてくる。
ギャラリーが驚きの声を上げながら、監督の手駒の確認に寄ってきてる。
天命という役……四点オールということは、さっきの官僚の倍の得点。
きっと、自陣のゲームで最初に持ってきた駒で役が完成するという、望外な天運に恵まれた勝利ゆえの高得点……。
……そう言えばギャロン様は、監督の説明のとき、こう言ってた──。
『監督の清拭女、ロミア・ブリッツですが。元軍人で、諜報活動に当たっていた経歴の持ち主です。駒を洗いつつ、いたずらを施す小技の一つも、身に着けているかもしれません。プレーヤーと清拭女が結託しているのは、なにもうちだけではない……ということですね。フフフッ……』
……となるといまのは、ロミア様が南陣局開始前の駒を拭いているときに、駒になんらかの細工をして、監督に戦わずの勝利をもたらした。
ロミア様の美貌と、大胆に胸元を開かせた蒼いドレスに視線が集まっていて、駒に細工をしやすかった……というのも、あるのかも。
でもそれって、不正……じゃないのかな。
だけど、わたしとギャロン様とでこのあと行う駒の透視も、不正と言えば不正。
そう言えばゼグが、うちを出禁になる前に、こんなこと言ってたっけ……。
『いいかクレディア。
気づかれなければ……不正じゃない。
そういう含みのある遊戯……。
じゃあいまの監督の勝利、みんな薄々不正を感じているけれど、証拠がないから騒ぎ立てない……ってこと?
軍隊、戦を模したゲーム……回廊。
清拭女は、駒……すなわち兵士の傷口を洗い清める衛生兵、聖女……。
その清拭女ですら、胸元に短剣を忍ばせているのかもしれない。
大きな利権や金品が賭けられた、この天空回廊。
わたしが思っている以上に、そのテーブルは欲に塗れ、血で染められているのかもしれない──。
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