第008話 遊戯開始

 ──始まった。

 ホール中央にあるテーブルで、回廊コリドールの上位版、天空回廊エア・コリドールが……開始。

 天窓から見える夜空には、星が瞬いて……。

 床一面に描かれた世界地図の上には、世界へ影響力を持つ政財界人や文化人が二十人前後……テーブルを中心に、まばらに立っている。

 天空回廊のゲームプレーヤー四人と、それぞれが従える清拭女四人の計八人は、巨木の幹をくり抜いて造られたテーブル……世界樹のいただきを囲む。

 その八人の中に……わたし。

 お偉方と美人清拭女に囲まれて、わたしいま自己肯定感人生最低だけれど……。

 高価な衣装のおかげで、ギリギリ場の空気に馴染めてる……と思おう、うん。

 ギャロン様は、このゲームでは北陣。

 使役するわたしが駒を拭くのは最後の局、すなわち北陣局の前。

 街で行われる回廊との違いは、自局ごとに己の清拭女に駒を拭かせることのみ……って、ギャロン様は言ってたけれど。

 即興の特殊ルールが提案されることも、たまにある……とか。


「東陣局、開戦──」


 一番手の東陣に座っているのは、口ひげをおしゃれに整えた壮年男性実業家。

 開戦の発声は、彼同行の金髪の清拭女。

 ギャロン様曰く──。


『彼は近年業績を上げている、貿易会社社長。機を見るに敏な人物で、国家間の需要と供給に聡く、安く買って高く売る……を、海を跨いで繰り返す小金持ちです。天空回廊への参加は初めてで、要求は一部輸出入品目の関税引き下げ。賭け品は、ある政治家への便宜と、美術品を少々』


 スーツ、ネクタイ、腕時計、靴……全身ブランド品で固めた

 従えている清拭女も、美人と言えば美人だけれども……。

 厚いメイク、悪目立ちの金色の染髪、露出の多い衣装、これ見よがしな巨乳……。

 あれではまるで、雇い主の趣味と虚栄の体現者。

 わたしの向かいに立つ清拭女……カリスマ大女優、ロミア・ブリッツ様の存在が、巨乳清拭女の付け焼刃な美を、まざまざと露呈させている──。


 ──カチャッ……タンッ。


 そのロミア様が付き従う南陣のプレーヤーは、映画界の巨匠とされる男性老監督。

 背もたれへ全体重をかけ、駒を握るたびに重そうに体を持ち上げて前傾姿勢になる、中肉中背のご老体。

 ギャロン様曰く──。


『女優・ロミアを「青すぎる」と一蹴し続けてきた老監督も、彼女の円熟を見て方針転換。起用に躍起。だが、いままで腐してきたことが災いし、ロミアはなかなか首を縦に振らない。しかしロミアは、回廊狂でもあった老監督へ「労働基準法改正案」の要求を通すのを条件に、出演のオファーを受けた。十八歳未満の少年少女の労働への制限強化。すなわち、撮影現場で夜遅くまで拘束される子役の保護……。彼女はそのために、自身を清拭女としてこの場に立った。映画界の女性蔑視排除を成し遂げた彼女の、次の目的は未成年演者の保護。このゲーム、老監督はロミアの代打ちと見るべきだろう』


 ロミア様は、映画界の膿の排出に尽力されている女性。

 そのことは、映画をちょくちょく嗜むわたしも知っている。

 ロミア様は己の映画出演を条件に、政界へ顔が利くこの老監督へ、天空回廊への参加を取りつけた。

 それもすべて、学業を棒に振り、深夜まで拘束され、飲酒、喫煙、果ては肉体関係を大人たちから強要される子役を守るために──。


 ──カチャッ……タンッ。


 西陣に座る、遮光グラスを掛けた、細身の男性。

 目元はグラスで隠れているものの、ほうれい線と手の甲の皺から見て、五十代くらい。

 ギャロン様は名前を教えてくれなかったけれど、この国の官僚だという。

 国の人事、予算、法案を陰から操る、いわば裏の権力者。

 連れる清拭女は、「美人すぎる議員」として一時期話題になった地方議員。

 ギャロン様曰く──。


『今夜のゲームの主役は、実質彼です。彼は法案成立の確約を賭け、他者には金品を賭けさせています。国政の内情を種銭に、小遣い稼ぎ……といったところでしょう。負けても懐の痛まない、いいご身分です。清拭女の女性議員と男女の仲にあり、彼女を国政へ送るための顔見せもしているのでしょう。今夜は駒を拭く彼女ですが、二年ほどのちには、プレーヤーとして座っているかもしれませんね』


 ──カチャッ……タン。


 そして北陣……ギャロン様とわたし。

 ギャロン様曰く──。


『わたしはこの回廊場の管理者。ギャンブルでいうところの胴元。本来プレーヤーではありません。ですが天空回廊開催時は緒戦のみ、参加者、観戦者の皆様へのあいさつとして、北陣固定で一ゲームのみ参加します。それからプレーヤーに欠席者が出た場合も、穴埋めで参加しますね。なにしろ多忙な方が多いので』


 聞いた限りでは、天空回廊の開催は定期ではなく、たまに。

 ギャロン様はこのホールの支配人で、ゲームに参加するのは開場後の一回のみ。

 それも、清拭女の出番が最後となる北陣固定。

 場の空気に慣れる時間があるのは、清拭女のわたし的に助かる。

 そして、賭け事の部分には、こう言った──。


『わたしが供するのは、美術品をいくつか。今夜のゲームメーカーである官僚は、法案の確約を賭けてきますから……そうですねぇ。最近の回廊ブームで生活が乱れている民が多いと聞きますので、風営法の強化でも要求しますか。ハハッ』


 ……風営法の強化。

 ギャロン様は日中、この回廊場で、わたしの手を握ってこう言った。

 「二人で世界を変えましょう」……と。

 世界を変えるにしては、なんだか地味な要求。

 わたしとしては、まだ見ぬ美術品が持っていかれるのは耐えられないから、ギャロン様に勝っていただかないと……。

 ……いや、勝たせないと。

 ギャロン様に駒を見透かせる力を与える、この清拭女の指で──。

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